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転生のホムンクルス-最強勇者は魔法が存在する現代日本に転生しました-  作者: エア


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第24話『黒刃、来訪』

 夜の水鏡屋は、いつもより静かだった。

 台所からはシチューの名残りの匂いが薄く漂い、工房ではレンが卒業研究のノートを閉じてあくびをひとつ。アレックス・ホークは机の上に頬杖をつき、テレビのバラエティを半開きの目で眺めていた。

 最初にテレビを見たときは、思わずテレビに映っている人に話しかけてしまったが、今はすっかりテレビという娯楽を楽しんでいる。


「……平和、だなぁ」


「いいことじゃない」

 レンが笑う。

「このままずっと平和でいてほしいよ」


 そのときだった。

 ふと、家全体を包む結界が、髪一本ほどの幅で“鳴った”。ギィ、と硬い硝子の縁を爪で引いたような、不快で細い音。


 アレクの赤い瞳が即座に鋭くなる。

 レンも身を固くし、壁の魔導計器に視線をやった。薄青の円環が一瞬だけ歪む。


「……今の、結界の共鳴?」

「うん。でも、ほんの一瞬……」


 返答に被るように、二度目の“鳴り”が来た。今度はさっきよりも深く、重い。


 アレクは跳ね起き、玄関へ向かう。

「レン、離れてろ」


「待って、アレク君。お兄ちゃん呼んでくる」


 レンが工房の奥へ駆けるのと同時に、天井裏で瓦が軽く鳴った。

 コン、という控えめな音。だが、それは熟練の狩人が獣道に置く踏み木のように、戦いの合図としては十分だった。


 玄関戸の前で、アレクは深呼吸をひとつ。

 (……気配はひとつ。だが、重い。“影”の匂いが濃い。あの商人の眷属か?)


 戸を開ける前に、彼は自分の小さな足を見下ろして苦笑する。

「……ガキの足じゃ、飛び道具が欲しいんだよな。本当は」


 そこでレンが戻ってきた。両手には短い金属棒――水鏡屋特製の簡易術杖が二本。


「これ、持っていって。魔力増幅用の簡易杖。叩きつければ、衝撃波が出る」


「助かる!」


 アレクは一本を手に取り、扉の閂を引いた。


 冷えた夜気と共に、漆黒が立っていた。

 屋根の上から音もなく降りたのだろう、黒い軽鎧に身を包み、鞘に納まった細身の刃を腰に。月光が銀髪の一房を撫で、無機質な瞳が二人を測る。


「……水鏡屋。対象、確認」


 低い、温度のない声。

 “黒刃のヴァイス”。


 アレクは半歩、前に出た。

「てめぇが側近か。黒刃……ヴァイス」


「名乗る必要はない。命を果たすだけだ。――アレックス・ホークを連行、抵抗あらば排除」


「連行だぁ? 悪いが、俺はお前らのオモチャになる気はねぇ」


 アレクが一歩踏み込み、ヴァイスの前で腰を沈める。

 目にも留まらぬ速さで、軽杖の先端が縁側の板を弾き、反発力と小さな衝撃波で加速した拳打ちが走る。

 ヴァイスは首だけを僅かに傾け、それを紙一重でかわす。刹那、鞘走り――。


 キィン、と乾いた火花。

 アレクの頬の横、空気が裂けた。抜刀ではない。鞘で打っただけで、この切れ味。


(速ぇ……!)


「アレク君、下がって!」

 背でレンの声。アレクは応えず、前に出る。足元で軽杖を地に叩く。


「《ショック・パルス》!」


 床を這う低い衝撃波が扇状に広がり、門前の石畳を鳴らす。

 ヴァイスのコート裾が揺れた、その刹那にアレクは懐へ飛び込むが――


 ガィン!


 軽い金属音。ヴァイスの鞘打ちが、アレクの手首と杖の間の“隙”を正確に撃ち抜いた。痺れが走り、杖が弾かれる。


(読まれてる……! 動きの初速と癖、全部見切られてる!)


 ヴァイスの足が、音もなく木の縁にかかる。

 そこに、鋭い破裂音。


「《雷鎖》」


 乾いた稲光が庭に走り、ヴァイスの両足首へ絡みつく――はずだった。

 足元の影がふっと濃くなり、鎖は空を掴むようにすり抜ける。


 玄関脇、長杖を手にしたジンが立っていた。

 眼鏡越しの視線は、氷のように冷たい。


「妹の家に土足で上がり込むな、影法師」


 ヴァイスの無機質な瞳が、初めてわずかに揺れた。

「……干渉、確認。優先順位を更新――障害排除」


「望むところだ」


 ジンの靴底が石畳を打つ。

 アレクは一瞬だけ振り返り、レンを庇う位置へ身体をずらした。


「レン、屋内に。結界強度を上げろ。外壁陣に“反転”を組み込め」


「う、うん!」


 レンは玄関の札を握り、詠唱を駆け足で繰る。

「《第二層結界・反転起動》《符丁二一・二三、魔素流路逆相接続》!」


 家を包む薄青い膜が、音もなく反転する。外からの圧へ“返し”を作る特殊構成だ。

 その途端、庭石の影が水のようにざわめき、ヴァイスの足首に絡みつこうとしていた影が、逆に押し戻された。


 ヴァイスの瞳がわずかに細まる。

「……解析。結界、反転型。創造主の補助を優先」


「させるかよ!」


 アレクは落とした一本目の杖を足の甲で跳ね上げ、空中で掴み直すと、真横から打ち込む。

 ヴァイスは鞘で受け流し――そのまま刃へ手を滑らせた。金属音が一段低くなる。


「抜いた――!」


 銀の線が、月を割る。

 アレクの頬を掠め、後ろの庭木の枝が静かに落ちた。


 ジンの《雷槍》が、間髪入れず落ちる。

 ヴァイスは影に沈んで避け、刃で雷そのものを“裂いた”。槍は二つに割れ、空気が焼ける匂いがする。


(雷を……斬った? 呪具の刃か!)


「観測。対象二名――アレックス・ホーク:機動型、打撃/変則術併用。ミカガミ・ジン:高出力・直線術式。優先度、創造主阻害」


 目標は最初から決まっていた。

 ヴァイスの視線が、レンへ向く。


「やらせるかっての!」


 アレクは地を蹴り、縁側の柱を踏み台にしてヴァイスの肩口へ落ちる斬撃を杖で“受けた”。

 軽杖と呪具刃が嚙み合い、火花が散る。圧。小さな腕がきしむ。


(刃の圧が重い……! この体じゃ、真正面からは押し負ける!)


「アレク君、右に二歩!」

 背から飛んだレンの声。創造主とホムンクルスの微細なリンクが、アレクの視界に“線”を描く。

 アレクは押し負ける力を敢えて右へ流し、その勢いで転がる。空いた空間へジンの《風刃》が走り、ヴァイスの頬に初めて浅い傷が刻まれた。


 血に、夜が混ざる色。


 ヴァイスは傷に触れもしない。むしろ、その無機質な瞳に、ごく薄い熱が宿った。

「評価更新。――面白い」


「笑うなよ、鉄面皮」


 アレクは息を吐き、足裏で縁板を感じる。

 (押しても斬られる。受けても削られる。なら――“ずらす”。)


 軽杖の石突きを板に点で置き、腰と肩、首の角度を落とす。

 勇者時代、巨躯のオーガの棍棒を子供でも捌けるようにと、身体に叩き込んだ“遊び”の角度。

 彼は踏み込む。


「はああぁっ!」


 甲高い金属音が一拍遅れて鳴った。

 ヴァイスの刃がアレクの肩口を狙った瞬間、軽杖は刃元の“節”を滑り、力の芯を一寸だけ外へ逃がす。

 刃が空を切り、その下へアレクの足が潜る。石突きが地を叩く。《ショック・パルス》。

 至近距離の重い衝撃がヴァイスの体幹を僅かに浮かせ、その“わずか”にジンの雷が重なる。


 白光。

 今度は影すら“裂け”ない角度で落ちた雷が、ヴァイスの肩を灼いた。


 ヴァイスは初めて一歩退く。

 だが、表情は変わらない。ただ、観測結果だけを更新する機械の目。


「……二名同時の連携、要注意。学習完了」


 低く呟くと、彼は空いた左手の指をひねった。

 音もなく、屋根の鬼瓦に差し込んであった何かが“抜ける”。

 アレクは即座に反応した――が、遅い。屋根から滑り落ちたのは、薄い札板。呪具化された符が夜気に触れ、紅い紋が走る。


 レンの貼った補助符だ。


「しま――」


 爆ぜた。

 鈍い衝撃が縁側を弾き、家の膜がきしむ。反転結界がなければ、外壁が吹き飛んでいた。


 レンが尻もちをつき、目を見開く。アレクが反射的に庇い、背中で断片を受ける。


「っつ……!」


 ヴァイスは無造作に一枚の黒札を放った。

 空中で札は刃の形に変わり、蛇のようにレンへ走る。


「させるかぁぁっ!」


 アレクが飛ぶ。小さな身体が空間を切り裂き、黒刃の前に腕を差し出す。

 軽杖の石突きで“刃”の根を弾き、軌道を逸らす。

 黒刃は柱に突き刺さり、木が悲鳴を上げる。


「判断。――本命は奪取ではない。破壊で十分」


 ヴァイスがわずかに首を傾けた、その時だ。

 家全体の膜が、低くうなりをあげた。反転結界に、レンの新しい陣式が重なる。


「《第三層・追尾鎖陣 起動》!」


 レンの声が震えながらも凛として響く。

 庭先に光の環が三つ、同心円を描き、そこから糸のような鎖が伸びた。

 鎖は“影の濃い場所”を嗅ぎ分けるように、ヴァイスの足元を囲い、間合いを切る。


 ヴァイスの瞳が、今度ははっきりと狭まる。

「……創造主。優れた術者」


「当たり前でしょ」

 レンは立ち上がった。膝が震えているが、視線は逸らさない。

「アレク君は、私が守る」


「俺も守る側だけどな!」


 アレクは笑ってみせ、じり、とヴァイスとの距離を詰める。

 刃と杖、雷と鎖。

 三者の呼吸が、夜の庭に重なる。わずかな風の動きさえ、戦況を変える重さを持っていた。


 ヴァイスは唐突に、刃を鞘へ戻した。

 カチリと静かな音。


「――本命は果たした」


 その声に、ジンの眉がぴくりと動く。

 ほぼ同時、工房の奥から小さな破裂音が連続して響いた。

 レンがはっと振り向く。


「研究室……! 私のデータ庫!」


 いつの間にか、屋内に“影の虫”のような微小の呪具が忍び込み、棚のいくつかの封緘札を焼いていた。

 レンの卒業研究――ホムンクルス・リンクの観察記録。


 ヴァイスは一歩だけ下がると、屋根の影へ溶けるように飛んだ。

 追撃しようとしたアレクの前に、黒い小札が十枚、無音で降る。

 彼は歯を食いしばり、軽杖を回してすべてを叩き落とした。その瞬間には、もう敵の気配は遠い。


 夜が、元の暗さに戻る。


 荒い呼吸の音だけが残った。

 アレクは軽杖を下ろし、振り返る。レンが奥へ駆け、ジンがその背を見守る。


 しばらくして、レンは真っ青な顔で戻ってきた。

「……一部、抜き取られてる。アレク君の“魂の波形”に関するページ……」


 アレクは拳を握り、歯を噛んだ。

 (狙いは最初から俺、そして“リンク”の情報……!)


 ジンは静かに眼鏡を押し上げる。

 声は低いが、刃のように鋭い。


「……次は、こちらから行く」


 アレクは頷いた。

 小さな胸の奥、赤い火が静かに燃え上がる。


「上等だ。連れてけ。――終わらせよう。あの商人と、黒刃と、呪具の流れを」


 夜の水鏡屋に、三人分の決意が固く刻まれた。

 次の戦いは、もう“迎え撃つ側”ではない。こちらから踏み込む番だ。

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