第22話『一時休校、束の間の日常』
一時休校と、束の間の平穏
学校全体を呑み込んだ呪具暴走事件から三日後。
市の教育委員会はついに「安全が確保されるまで」という名目で小学校を一時休校にする決定を下した。
子供たちの安全を守るため――という表向きの理由はもちろんだが、裏では「原因不明の超常現象をどう扱うか」という大人たちの困惑が渦巻いていた。
その知らせが伝えられた日の朝。
水鏡屋の居間には、アレクの歓喜の叫び声が響き渡った。
「……つまり! 俺はしばらく学校行かなくていいってことか!」
ランドセルを放り投げ、両手を天に突き上げる。
英雄の魂を宿すホムンクルスの少年は、無邪気な子供そのものだった。
「そんなに嬉しそうにしなくても」
レンが呆れ顔で笑い、腕を組んだ。
「いや、だってよ! もともとあそこは“冒険者ギルド”みたいに依頼が来るわけでもねぇし! 俺からしたら遊びに行ってるみたいなもんだろ!」
「違うよ! 学校はちゃんと勉強するところなの!」
レンは声を張り上げる。
「戦いの勉強なら俺は一流だぞ!」
アレクは小さな胸を張る。
「はいはい。この前の算数テストで三十点しか取れなかった人がよく言うよ」
「ぐっ……! あれは計算が細かすぎただけだ! 実戦なら一撃で片がつくんだ!」
そのやり取りに、隣で新聞を読んでいたジンが小さくため息をついた。
眼鏡の奥の瞳は冷めた光を宿したまま、新聞紙を一枚めくる。
「……賑やかだな」
「お兄ちゃん、聞こえてるよ!」
レンがじろりと睨むと、ジンは無言で視線を逸らした。
午後。
休校の暇を持て余したアレクは、レンの卒業研究を手伝うことになった。
「ほらアレク君、そっちの器具押さえて!」
「お、おう!」
フラスコの中で光の粒子が舞い、白煙が立ち上る。
アレクは興味津々で覗き込み、思わず声を上げた。
「おぉ……なんか冒険者時代のポーションづくりを思い出すな」
「へぇ、アレク君の世界にも薬づくりがあったんだ」
「もちろん! 俺の特製ドリンクはな、飲めば二日酔いも吹き飛ぶやつだった!」
「……それって役に立つような立たないような……」
レンは吹き出し、笑い声が工房に響いた。
作業の合間、アレクは何度もフラスコや器具を倒しそうになり、そのたびにレンが慌てて支えた。
「こらっ、真面目にやって!」
「いやぁ、つい手が勝手に……」
笑い合う二人の姿を、ジンは奥の机からじっと見ていた。
その眼差しには複雑な色が混じっていた。
夕方。
買い物袋を提げて歩くレンの横で、アレクは商店街の新しいものに目を輝かせていた。
「おぉっ! これが自動販売機か! 金を入れると飲み物が出るのか!」
「そんなに驚くこと?」
レンはくすりと笑う。
「俺の世界じゃ酒場のオヤジに頼むしかなかったんだぞ! すげぇ文明だ!」
彼はまるで初めて冒険に出た子供のようにはしゃぎ、ジュースの缶を両手で掲げていた。
駄菓子屋ではさらに大興奮だった。
「うわっ! なんだこの小袋のチョコは!? 一口で食えるのか!」
「これは“うまい棒”っていうんだよ」
「一本で飯になるのか!? いや、これ十本食えるだろ!」
レンは笑いながら、ふと胸が温かくなるのを感じた。
(……こうして笑ってるアレク君は、ただの普通の男の子みたいなのに)
その光景を見守るカズマとユウタの姿もあった。
「おーい、アレク! また変なもん買ってんな!」
「アレク君、それ食べ過ぎるとお腹壊すよ……」
笑い混じりの声に、四人の距離が少しずつ縮まっていく。
休校になったことで、近所の子供たちもそれぞれ家に閉じこもるか、商店街をうろつくかしていた。
ある日、ミユが水鏡屋を訪ねてきた。
「アレク君、勉強してる?」
「し、してる……つもりだ!」
慌ててノートを隠すアレクに、ミユは苦笑しながら数学の解き方を教えた。
横でレンが嬉しそうに見守り、ユウタが小声で「なんか姉弟みたい……」と呟いてカズマに小突かれる。
その何気ない日常が、事件の後だからこそ一層尊いものに感じられた。
夜。
作業を終えたレンは、自室で日記帳を開いていた。
――アレク君がいてくれて、嬉しい。
――でも、また戦いに巻き込まれてしまうんだろうか。
ペンを止め、窓の外の夜空を見上げる。
あの黒いローブの商人の姿が、まだ瞼に焼き付いていた。
(お願い……どうか、これ以上アレク君を危険な目に遭わせないで)
そう祈りながら、レンは電気の明かりを消した。
だが闇の中で、別の場所では影が動いていた。
――呪具商人。
彼は街外れの廃ビルで新たな儀式を準備していた。
無数のカードを円形に並べ、赤黒い霧をまとわせている。
「芽は順調に広がっている。あとは――彼が折れるかどうか、だ」
低い声が夜に溶けた。




