第21話『英雄と呼ばれる日』
決戦から一夜が明けた。
校舎は修繕の魔導士たちが出入りし、黒焦げの廊下や砕けた窓ガラスには応急処置が施されていた。
生徒たちは登校したものの、どこか浮き足立ち、ざわついた空気が消えない。
「昨日の……夢じゃなかったんだよな」
「カードが燃えて、化け物が出て……」
「でも最後、アレクたちが倒したんだろ?」
噂話があちこちで飛び交い、教師たちは必死に「落ち着け」となだめていた。
教室に入ったアレクは、みんなの視線が一斉に集まるのを感じた。
赤い瞳をした小さな体。昨日の戦いの姿が、まだ誰の目にも焼き付いていたのだ。
「……なんだよ」
わざと不機嫌そうに吐き捨て、机に腰を落とす。
だがその空気を破ったのは、ガキ大将カズマだった。
「おい! こいつに感謝しろよ! 昨日、俺たちが全員無事だったのはアレクのおかげだろ!」
声は教室中に響き渡った。
子分のユウタも慌てたように頷く。
「そ、そうだよ! 僕らも手伝ったけど、最後に決めたのはアレク君なんだから!」
ざわついていた空気が静まり、生徒たちの目に感謝の色が浮かぶ。
その中で、ミユが小さな声で続けた。
「……アレク君は、みんなを守るために戦ったの。だから、疑ったり怖がったりしないで」
しばしの沈黙の後、誰かがぽつりと呟いた。
「……ありがとう、アレク君」
「すげぇよな……」
「勇者みたいだった」
アレクは顔を真っ赤にして、机に突っ伏した。
「やめろやめろ! 調子狂うだろ!」
だが、心の奥がほんの少し温かくなるのを否定できなかった。
体育館には教師と保護者が集められていた。
今回の騒動は「不審な露店で売られていた危険な玩具による事故」と説明され、当面は学校全体で警戒を強める方針が取られた。
「でも……実際に怪物を倒したのは誰なんです?」
一人の保護者の問いに、教師たちは口ごもった。
その場にいた子供たちが一斉に口を開く。
「アレク君だよ!」
「それからカズマとユウタ、それにミユちゃん!」
大人たちは驚きの表情を見せるが、教師は咳払いして言った。
「生徒を危険にさらす行為は決して許されません。ただし、勇敢に行動したことは事実です。私たちも責任を持って守ります」
その言葉に、レンが安心したように胸を撫で下ろした。
彼女は兄ジンと共に体育館の後ろから見守っていた。
夜。
アレクは水鏡屋の工房でソファに寝転がり、全身に湿布を貼られていた。
「いってぇ……ガキの体は無茶が利かねぇな」
レンが隣で心配そうに覗き込む。
「でも、みんなアレク君のおかげで助かったんだよ。本当にありがとう」
その言葉にアレクは顔を逸らし、耳を赤くする。
「べ、別に俺が勝手にやっただけだ……」
だがジンは冷ややかな目で二人を見下ろしていた。
「……無茶だな」
「またそれかよ! 俺がいなきゃ全員やられてたんだぞ!」
アレクが反発する。
「だとしても、お前が妹の隣にいること自体が危険だ」
ジンの声は冷徹だった。
「お前の力は制御不能だ。呪具の騒ぎも、お前を誘うように起きている。偶然では済まされん」
「だからって俺を追い出す気か?」
「その方が安全だ」
工房の空気が一気に張り詰める。
だがレンが机を叩き、涙声で叫んだ。
「もうやめてよ! 二人とも! 私は……アレク君を信じたい!」
ジンは一瞬言葉を失い、そして吐き捨てるように言った。
「……好きにしろ。ただし次に妹を泣かせたら、本当に許さん」
アレクも悔しそうに拳を握りしめる。
「その時は力で証明してやるさ」
翌日。
放課後の校庭で、アレクはカズマ、ユウタ、ミユと並んでいた。
「なぁ……昨日はマジで死ぬかと思ったぜ」
カズマが頭をかく。
「でも、アレクがいなかったら俺たち、もう……」
ユウタがしぼり出すように言う。
アレクは少し照れながらも、にっと笑った。
「お前らもよくやったじゃねぇか。あの竹ぼうきと消火器、役に立ったぜ」
カズマは鼻を鳴らし、拳を突き出す。
「次も一緒にやろうぜ、勇者サマ!」
アレクも拳を合わせた。
「おうよ!」
ユウタも恐る恐る手を重ね、ミユも微笑んで手を伸ばした。
四人の拳が夕焼けの中で重なる。
「……これからも、みんなで」
ミユの言葉に、誰もが無言で頷いた。
しかし――。
その光景を遠くから見つめる黒いローブの影があった。
呪具商人は口元を歪め、不気味に囁く。
「ふふ……絆が芽生えたか。だが、それもまた絶望を深める養分になる」
風に揺れるローブの裾が闇に溶けていく。
不気味な囁きだけが、夕暮れの校庭に残った。




