第20話『決戦、呪具商人』
黒い霧が校舎全体を覆い尽くしていた。
窓ガラスが震え、廊下には不気味な影が這い回り、子供たちの悲鳴があちこちでこだまする。
「さぁ、小さな英雄どもよ。――存分に足掻いてみせろ」
呪具商人はローブの袖を広げ、赤黒いカードを空中に散らした。
割れたカードの破片から、再び獣の影が湧き出す。狼、蛇、カラス……その数は数十、いや百を超えていた。
「うわっ……多すぎるだろ!」
ユウタが震え声で叫ぶ。
「ひっこんでろユウタ! ここは俺が……!」カズマが前に出る。
だがアレクが手を挙げて制した。
「いや、全員でやるんだ! 一人じゃ押し潰される!」
赤い瞳が鋭く輝く。
アレクの声は子供のものだが、そこに宿る気迫は歴戦の勇者そのものだった。
体育館に避難してきた生徒たちが怯えきった目でこちらを見ていた。
「怖いよ……」「もうやだ……」泣き声が響く。
アレクは振り返り、叫んだ。
「俺たちが絶対守る! だから泣くんじゃねぇ!」
その言葉に、カズマも鼻を鳴らす。
「お前ら、俺の仲間がいる限り誰も通さねぇ! ガキ大将ナメんなよ!」
ユウタも小さな声で続ける。
「ぼ、僕も……逃げない。だから大丈夫だよ……!」
その必死の声が、生徒たちの心に火を灯した。
ミユが最後に微笑んで言った。
「みんなは私たちを信じて。光は、絶対に闇に負けないから」
影の軍勢が一斉に突撃してきた。
アレクは机を蹴り上げ、宙を舞いながら狼の影を拳で粉砕する。
カズマは竹ぼうきを大上段から振り下ろし、蛇の影を地面に叩きつけた。
「ほらどうだ! 俺だってやれるんだ!」
ガキ大将らしい豪快さで次々と敵を吹き飛ばす。
ユウタは震えながらも、理科室から持ってきた試薬瓶を影の群れに投げつける。
液体が煙を上げ、動きを鈍らせる。
「い、今のうちに!」
「ナイスだユウタ!」アレクが叫んだ。
その隙にミユの光魔法が炸裂する。
「ライト・アロー!」
光の矢が連続で放たれ、カラスの影を空中で消し飛ばした。
「よし……押してるぞ!」カズマが息を切らす。
だが、商人は不気味に笑った。
「まだまだだ。闇の本性を見せてやろう」
商人が残りのカードをすべて砕いた。
黒い霧が渦を巻き、廊下の天井を突き破るほどの巨体が姿を現す。
「グォォォォォォッ!」
翼を広げ、炎を吐き出す――《シャドウドラゴン》。
その一撃で壁が崩れ、生徒たちの悲鳴が再び上がる。
「ドラゴン……!?」
カズマが青ざめた。
「で、でかすぎる……」
ユウタが腰を抜かす。
アレクは歯を食いしばった。
「ビビんな! 俺が前に出る! お前らは援護しろ!」
小さな体でありながら、勇者の魂は臆さない。
赤い瞳が巨竜を真っ直ぐ射抜いていた。
アレクが突撃し、ドラゴンの爪をギリギリでかわす。
カズマが後ろから竹ぼうきを投げつけ、ユウタは勇気を振り絞って消火器を噴射し、炎を一瞬押し返した。
「今だミユ!」
「うん!」
ミユが光の矢を集中して放ち、ドラゴンの片翼を撃ち抜いた。
竜が呻き声をあげてのたうつ。
アレクはその隙を見逃さなかった。
「ここだぁぁぁ!」
全力の拳を、胸元に浮かぶ赤い核へ叩き込む。
ドンッ――衝撃が走り、巨体が揺らいだ。
だが核は砕けきれず、ドラゴンは再び咆哮する。
振り払われた衝撃でアレクの小さな身体は壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「アレク君!」ミユが駆け寄る。
その瞬間――校舎の窓ガラスが割れ、風が巻き起こった。
光の結界が張られ、影の軍勢が次々と霧散する。
「……遅れてすまない」
冷たい声と共に現れたのは、眼鏡の青年――ミカガミ・ジンだった。
後ろから駆け込んできたレンも、必死の顔で叫ぶ。
「アレク君! みんな! 無事!?」
「レン……! ジン!」
アレクは歯を食いしばりながら立ち上がった。
「ちょうどいい! こいつ、俺たちだけじゃ倒しきれねぇ!」
ジンは無言で頷き、鋭い魔力を解き放つ。
レンも震える手で錬金術の符を広げ、仲間に防御の障壁を展開した。
ドラゴンが炎を吐き出す。
だがジンの結界がそれを受け止め、レンの障壁が生徒たちを守った。
「アレク君、今だよ!」
「おう!」
カズマとユウタも歯を食いしばって前に出る。
「俺の竹ぼうき、最後まで役立ててやるぜ!」
「僕も……もう逃げない!」
二人の声に背を押され、アレクは飛んだ。
真紅の拳が、仲間の想いを背負って再び核を狙う。
「うぉぉぉぉぉ!」
轟音と共に拳が突き刺さり、赤い核が粉々に砕け散った。
シャドウドラゴンの体が悲鳴をあげ、霧散していく。
静寂が戻った教室。
子供たちは涙を流しながらも拍手を送り、誰もが安堵の息をついた。
「やった……のか?」カズマがへたり込む。
「は、はぁ……もう心臓止まるかと思った……」ユウタが床にへたり込む。
アレクは小さく笑い、膝をついた。
「フッ……俺たちの勝ちだ」
ミユが彼を抱きしめ、涙をにじませる。
「ありがとう……本当に勇者みたいだった」
だが――。
霧の中に残った商人の姿は、まだ消えていなかった。
彼は愉快そうに手を叩き、冷ややかに言う。
「実に見事だ。小さな英雄たち。だが、これは序章にすぎん」
そう言い残すと、商人は影に溶けて姿を消した。
残されたのは廃墟同然となった校舎と、疲れ果てた子供たち。
だが彼らの瞳には、確かな絆と誇りが宿っていた。
その夜、水鏡屋の工房。
アレクはソファに倒れ込み、レンが慌てて毛布をかけた。
ジンは窓際に立ち、沈黙を守っていた。
「……お兄ちゃん」
レンが小さな声で呼ぶ。
「アレク君がいなかったら、本当にみんな危なかったんだよ」
ジンは眼鏡を押し上げ、冷たく答えた。
「認めたわけじゃない。ただ……いつかあいつの力が必要になる時があるかもしれん」
アレクは薄く笑った。
「その時は、必ず証明してやる。――俺が英雄だってな」
夜風が工房を揺らし、静かな決意だけが残った。
呪具との戦いは、まだ始まったばかりだった。




