第19話『兄の眼差し』
校舎の上空。
ミカガミ・ジンは風を切り裂き、魔術で強化した脚で屋根へと降り立った。
眼下に広がるのは、黒い霧に覆われた学び舎――そして泣き叫ぶ子供たちの声。
「……やはり、呪具商人の仕業か」
冷ややかな声で呟きながらも、胸の奥にざわつくものを感じていた。
妹から「アレク達が学校にいる」と聞かされたからだ。
(……レン。こんな場所に行かせるんじゃなかった)
窓を蹴破って中へ飛び込むと、廊下は影の軍勢に占拠されていた。
狼の影、蛇の影、黒い鳥。
子供たちは教室の隅で泣き叫び、教師は必死に守ろうとしていたが、歯が立たない。
ジンは指先を弾いた。
「《雷槍》」
稲妻が走り、影の群れを一掃する。
だがすぐにまた霧から新しい魔獣が生まれる。
「……厄介だな」
その時だった。
別の廊下の向こうから響いたのは、子供の声――いや、勇者の叫びだった。
「こっちは通さねぇ! 俺が相手だ!」
赤い瞳の少年が影に飛び込み、拳と足で次々と砕いていく。
アレックス・ホーク。
ジンは柱の陰に身を潜め、その戦いを見つめた。
(……やはり化け物か)
子供の体では到底出せない動き。
鋭い勘、無駄のない攻防。
かつて幾多の修羅場を潜り抜けた戦士にしか持ちえない気配がそこにあった。
しかし同時に――。
「ぐっ……!」
敵の爪を受けて吹き飛ばされたアレクが、痛みに顔をしかめながらも立ち上がる。
小さな肩が震え、呼吸は荒い。
(……身体は紛れもなく十歳の子供。それでも立ち上がるか)
ジンの胸の奥に、鋭い棘のような感情が突き刺さった。
「レンを泣かせる存在だ」と切り捨てたいのに――その背中は、確かに仲間を守ろうとする戦士のものだった。
「ミユ! 今だ!」
アレクの声に応じて、少女の光魔法が炸裂する。
その隙を突いて、アレクが敵の核を砕いた。
影が霧散し、生徒たちの歓声が上がる。
「すごい……!」
「助かった!」
ジンは唇を噛んだ。
(……あれは確かに英雄だ。だが、英雄は必ず人を不幸にする。俺はその末路を嫌というほど見てきた)
屋根の梁に立ち、ジンは冷ややかに呟いた。
「……認めはしない。だが、利用はしてやる」
眼鏡の奥で瞳が光る。
妹を守るためなら、たとえ憎む存在でも。
それが、ミカガミ・ジンという男の決意だった。




