第18話『暴走、学び舎を呑む』
その日の朝。
教室に入った瞬間、アレクは嫌な気配に全身の毛が逆立つのを感じた。
(……濃い。昨日までとは桁が違う)
教室のあちこちで、生徒たちが机の中や鞄からカードを取り出しては「お守りだ」と自慢している。
だが、その一枚一枚が赤黒く脈打ち、不穏な気配を撒き散らしていた。
ミユが小声で囁く。
「……もう、半分以上の子が持ってる」
「クソッ、完全に学校ごと狙われてやがる」
アレクの拳が震えた。
午前の授業中。
突然、黒板に書かれた文字が燃え上がり、炎の模様が教室中に広がった。
「きゃああっ!」
「先生! 黒板が!」
教師が慌てて消火器で鎮めるが、炎は消えず、やがて床や机にまで移っていく。
アレクは即座に立ち上がり、黒い霧の発生源――教卓の下に潜むカードを掴み出した。
「やっぱりこいつか!」
力任せに握り潰すと、炎は霧散した。
だが次の瞬間、隣のクラスからも悲鳴が響いた。
「化け物が出たぁぁ!」
廊下に飛び出すと、そこには異様な光景が広がっていた。
何十枚ものカードが一斉に暴走し、教室から黒い霧を噴き出している。
霧の中からは狼や蛇、鳥の形をした影がぞろぞろと出現していた。
「数が多すぎる……!」ミユが息を呑む。
アレクは赤い瞳を光らせた。
「だからこそ止めるしかねぇ! ここでやらなきゃ、全員やられる!」
彼は机を蹴って跳び上がり、影の群れに飛び込んだ。
「りゃあああっ!」
拳で狼の影を砕き、蹴りで蛇を吹き飛ばす。
しかし、敵は次から次へと湧いてくる。
「ミユ! 援護頼む!」
「うん!」
ミユの光魔法が閃き、カラスの影を焼き払った。
だが彼女の魔力は小学生レベル、長くはもたない。
(このままじゃ……!)
その時――背後から叫び声が飛んだ。
「おいアレク! 一人で突っ走るな!」
振り返ると、腕まくりしたカズマが飛び出してきた。
「カズマ……!」
「お前が英雄気取りしてんのは気に食わねぇけどよ、ここで逃げたら男が廃る!」
彼は教室のほうから拾ってきた竹ぼうきを構え、影に突っ込んだ。
「こっちは任せろ!」
次いでユウタが、震えながらも必死に声を張り上げた。
「ぼ、僕だって……逃げない! 算数はダメでも、友達を守るぐらいならできる!」
彼は理科室から持ち出した試薬瓶を影に投げつける。
中身の薬液が霧を一瞬はじき、動きを鈍らせた。
「よし! やれるじゃねぇかユウタ!」
「ひぃっ……で、でも怖いよ!」
「泣きながらでも戦え!」カズマが吠える。
アレクは一瞬驚き、だがすぐに笑った。
「いいぜ! これで三人だ! 負ける気がしねぇ!」
体育館へ避難してきた生徒たちは、恐怖で泣きじゃくっていた。
カズマが叫ぶ。
「お前ら、下がってろ! こっちは俺たちに任せろ!」
しかし敵の数は減らず、むしろ増え続けている。
ミユの顔が青ざめる。
「アレク君……本当に、みんな守れる?」
「守る!」
アレクは即答した。
「俺は英雄だ! たとえガキの体でも、ここは絶対に通さねぇ!」
その声に、生徒たちの怯えた目がわずかに希望を帯びる。
カズマが苦笑して呟いた。
「……ムカつくほどカッコいいじゃねぇか」
「だろ?」
アレクがニヤリと返す。
だが――空気が一変した。
廊下の奥から、先日の呪具商人がゆっくりと現れたのだ。
黒いローブに身を包み、冷たい笑みを浮かべながら。
「ふふ……良い。小さな英雄よ。学び舎ごと、墓場に変えてやろう」
その声に呼応するように、影の軍勢が一斉に咆哮した。
学校全体を呑み込む大混乱が、いま始まろうとしていた――。
同じ頃、高校
レンはノートを広げて授業を受けていたが、ふいに胸の奥にざわめきを感じた。
(……なに、この感覚? アレク君が……危ない?)
スマホが震え、机の上で光った。
先生に気づかれないようにこっそりと画面をのぞくと、『春日井ミユ』の名前が表示されている。
『アレク君が戦ってる! 学校が危ない! 助けて!』
レンは血の気が引き、迷うことなく立ち上がった。
「すみません! トイレに行っても良いですか!?」
と嘘を吐いて、すぐさまスマホを持ったまま教室を飛び出した。
廊下を駆けながら、彼女はジンに電話を掛けた。
「お兄ちゃん! アレク君とミユちゃん、それにカズマ君とユウタ君も……学校で危ないの! 私もすぐ行くから!」
電話の向こうで、ジンの瞳が鋭く光る。
「……やはりか」
彼は外套を掴み、静かに扉を開け放った。
「待っていろ、レン。――俺も行く」
レンは祈るように手を握りしめた。
(お願い……どうか無事でいて。みんなを守って)
校舎では、アレクとカズマ、ユウタ、そしてミユが肩を並べ、影の群れに立ち向かっていた。
勇者の魂を宿すホムンクルス、意地っ張りのガキ大将、臆病だが優しい秀才、そして光を放つ少女。
それぞれの力は小さくても、合わせれば大きな炎になる。
「行くぞ!」
アレクが叫ぶ。
「おう!」
カズマが吠える。
「ぼ、僕だって!」
ユウタが震えながらも頷く。
「私も!」
ミユが光を掲げる。
黒い波が押し寄せる。
その中心で、呪具商人の笑みが不気味に浮かび上がっていた。
決戦の幕は、すでに上がっていた――。




