第16話『呪具、広がる』
朝の教室。
窓から差し込む陽光はいつも通りだったが、空気はどこかざわついていた。
「なぁ、見てみろよ」
「俺も昨日、駅前の露店で買ったんだ!」
数人の生徒が机を囲み、赤黒い模様の《呪具カード》を誇らしげに掲げている。
光にかざすと模様が蠢くように見え、子どもたちは「カッコいい!」と口々に騒いでいた。
その数は以前よりも明らかに増えていた。
(チッ……もうここまで出回ってやがるのか)
アレクは唇を噛み、苛立ちを隠せなかった。
昨日までの噂は本物だった。呪具商人は本気で学校を狙っている。
その時、後ろから乱暴な声が飛んできた。
「おいおい、そんなもんに喜んでんじゃねぇ!」
カズマだった。机を拳で叩き、にやりと笑う。
「くだらねぇカードより、俺のパンチの方が百倍強ぇぞ!」
「……そ、そうだよ」
ユウタが恐る恐る続いた。
「そんな変なカード、持ってても危ないだけだよ……」
だが男子たちは笑って取り合わない。
「何だよ怖がってんのか?」
「これさえあれば、俺たちも強くなれるんだ!」
アレクは二人の姿に思わず口角を上げた。
(……こいつら、ただのガキじゃねぇな。少なくとも、呪具の恐ろしさを直感で理解してる)
午前の授業中。
教科書を開こうとした女子生徒の机が、突然ガタガタと揺れだした。
「きゃあっ!?」
教師が慌てて止めようとするが、机はまるで意思を持ったかのように暴れ続ける。
机の引き出しからは、赤黒いカードの光が漏れていた。
「まさか……」アレクが立ち上がろうとしたその時――
ミユがすばやく手をかざし、光魔法を放った。
「ライト・フラッシュ!」
閃光に晒され、机の動きはぴたりと止まった。
引き出しの奥で、カードが炭のように崩れて消える。
「ミユ!」アレクが小声で叫ぶ。
「すげぇ、今のはナイス判断だ!」
「……でも、これで終わりじゃないよね」ミユの顔は真剣だった。
クラス中がどよめき、教師は「ただの誤作動だ」と言い張ったが、誰も信じていなかった。
休み時間。
別の教室では、生徒のノートが勝手に燃え上がる騒ぎが起きた。
廊下では、ロッカーの扉が勝手に開閉を繰り返し、金具の音が校舎に響き渡る。
「こわい……」
「ぜ、絶対に呪いだ……」
「また怪物が出るんじゃないか?」
教師たちは混乱し、「イタズラでは?」と首を傾げるが、原因を突き止められない。
子どもたちは怯え、口々に噂を広げた。
アレクは窓際に立ち、腕を組んで呟いた。
(これはもう“点”じゃねぇ。……学校全体が呪具に侵食され始めてる)
その横でカズマが椅子を蹴飛ばし、声を荒げた。
「クソッ! こんなの放っといたらヤベぇだろ!」
ユウタも震えながら、それでも前を見て言う。
「……僕たちで、止められるのかな」
「止めるしかねぇだろ!」
アレクが振り返り、二人を見据える。
「俺一人じゃ無理かもしれねぇ。けど――お前らがいるなら話は別だ」
三人は無言で頷き合った。
放課後。
ミユと一緒に帰ろうとした時、昇降口で小さな悲鳴が上がった。
「あっ、それ落としたの?」
女子生徒の一人が、床に落ちていた《呪具カード》を拾い上げていた。
「やめろ!」
アレクが駆け寄る。
だが彼女は首をかしげ、笑顔でカードを差し出した。
「これ、お守りなんでしょ? 持ってたら運が良くなるんだって」
赤黒い光がカードから滲み出し、彼女の手に絡みついていく。
「……っ!」
アレクの瞳が鋭く光った。
(間に合わなかった――!?)
ミユが震える声で囁く。
「アレク君……この学校、もう呪具の巣になっちゃってるよ……」
その瞬間、女子生徒の腕を後ろから掴んだのはカズマだった。
「バカ! 離せ!」
「えっ!? カズマ君!」
ユウタが慌てて駆け寄り、光の魔法を必死に唱える。
「ひ、光よ……闇を裂け!」
小さな光の粒がカードに降り注ぎ、赤黒い光が一瞬だけ弱まった。
その隙にアレクが飛び込み、少女の手からカードをもぎ取る。
「このガラクタが……!」
力任せに床へ叩きつけると、カードは黒煙を上げて崩れ落ちた。
少女はその場に座り込み、泣き出した。
カズマが彼女の肩を叩き、ぶっきらぼうに言う。
「泣くな。次はちゃんと俺が守ってやるから」
ユウタは顔を真っ赤にして頷き、ミユは安堵の息をついた。
昇降口の外。
人混みに紛れて、黒いローブの商人が冷たい笑みを浮かべていた。
「……よい。恐怖と疑念は、やがて芽吹く。英雄気取りの小僧も、周囲の視線に耐えられるかな?」
その瞳には、アレクとその仲間たち――そして学校全体を覆う影が映っていた。
闇は確実に広がっていた。
それはもう、一人や二人の問題では済まされない規模にまで迫っていたのだ――。




