第15話『広がる不安』
数日後。
小学校の教室は、普段より落ち着かないざわめきに包まれていた。
「なぁ聞いたか? この前のカードの件……」
「うん、またどこかで見つかったって……」
「持ってたやつが、行方不明になったらしいぞ!」
噂は瞬く間に広がり、子供たちの顔から笑顔が消えていた。
机の間を飛び交うのは、恐怖と好奇心が入り混じった声。まるで怪談話を囁き合うように、クラスの空気は不穏な重さを帯びていく。
アレクは机に座りながら、眉をひそめた。
(チッ……やっぱり呪具は広がってやがる。あの商人、ただの気まぐれじゃねぇな。計画的にばらまいてやがる)
「アレク君……」
隣の席で、ミユが心配そうに声をかけてきた。
「また事件になったら……どうするの?」
「決まってんだろ」
アレクは小声で返す。
「俺が止める」
ミユは俯き、ノートの端を指でなぞった。
「……危ないよ。前も、すごく無理してた」
「へっ、俺は英雄だぞ? これくらい――」
強がって笑った瞬間、机の下でミユの手が彼の袖をぎゅっと掴んだ。
「英雄だからって、一人で抱え込まなくてもいいよ」
アレクは一瞬言葉を失った。
顔を赤くして、そっぽを向く。
「……ありがとな。でも、俺はやっぱり前に立たなきゃ気がすまねぇんだ」
休み時間。
クラスの男子たちが集まって騒いでいた。
「おいアレク! お前、あのカード事件の時、何か知ってるだろ?」
「そうそう、なんであんな化け物すぐ倒せたんだ?」
アレクは肩をすくめて誤魔化した。
「たまたまだ。俺、運がいいんだよ」
だが男子の一人が、不安げに呟いた。
「……でもさ、もしかしてアレクが呼んでるんじゃないのか? あの怪物」
教室の空気が凍る。
「なっ……!」
アレクが睨むと、男子は慌てて目を逸らした。
「べ、別に責めてるわけじゃ……でも、なんか怖くて」
ざわめきが広がる。
「そういえば、アレク君の周りでばっかり……」
「関係あるんじゃ……?」
不安は伝染する。子どもたちの目が、無意識にアレクへと向いた。
「やめろよ!」
机を蹴って立ち上がったのはカズマだった。
「アレクがいなきゃ、俺らはとっくにやられてたんだぞ!」
彼の声は怒りで震え、拳は固く握られている。
「そ、そうだよ!」
ユウタも勇気を振り絞るように叫んだ。
「アレク君が戦ってくれたから、僕たち助かったんだ……あの時だって、一緒に……!」
二人の声は拙くも真剣で、教室の空気に割り込むように響いた。
だが、なおも誰かが呟く。
「……でも、やっぱり普通じゃないよ」
「英雄とか言ってるし……」
その時。
「やめて!」
ミユが立ち上がり、机を叩いた。
「アレク君は私たちを守ってくれたんだよ! 疑うなんて間違ってる!」
教室は静まり返った。
誰もそれ以上言えなくなり、アレクは無言で窓の外を見つめた。
(……結局こうなるのか。俺は異物。世界に馴染むなんて、無理なのかもしれねぇ)
その横顔を見て、カズマが歯ぎしりをした。
「チッ……バカどもめ。俺は信じるからな、アレク」
そしてユウタは震えながらも、小さな声で囁いた。
「僕も……友達だから」
放課後。
帰り道を歩くアレクの背に、ミユの声が届いた。
「……ごめん。私、何もできなかった」
「何言ってんだ。お前が庇ってくれただろ?」
アレクは振り返り、笑ってみせる。
「正直……ちょっと救われた」
ミユの頬が赤く染まる。
「じゃあ……よかった」
その横で、カズマが拳を突き出した。
「お前は一人じゃねぇ。俺もユウタもいる。次に何か出ても、今度は一緒にぶっ飛ばしてやろうぜ!」
ユウタもこくりと頷く。
「うん……僕、逃げないって決めたから」
アレクは目を細め、拳を突き出してカズマの拳にぶつけた。
「へっ、頼もしい仲間が増えたもんだな」
三人の拳が重なり、ミユが思わず笑みをこぼす。
レンが見たら呆れるかもしれない。でも、確かにここには新しい絆があった。
だが、その絆を遠くから見下ろす者がいた。
通りの影。
黒いローブの商人が人混みに紛れ、冷たい笑みを浮かべている。
「……よい。恐怖と疑念は、やがて芽吹く。英雄気取りの小僧も、周囲の視線に耐えられるかな?」
不気味な低声が風に紛れ、誰にも届かない。
呪具商人は、確かに次の一手を準備していた。
そしてその夜。
学校に置き去りにされた机の影で、ひとりの子供がこっそり取り出したカードが、赤黒く光を帯び始めるのだった――。




