第14話『兄と創造主の誓い』
戦いを終えた後、アレクとレンは、ミユ、カズマ、ユウタと別れて帰路に着いた。
駅前の広場には、いまだ煙のような瘴気が漂い、遠巻きに人々のざわめきが聞こえていた。
だが彼らが立ち止まる暇はなかった。呪具商人は逃げた。次にいつ、どこで現れるかも分からない。
水鏡屋の工房に戻ると、アレクは重い足取りで椅子に腰を下ろした。
小さな体は汗と煤で汚れ、手のひらはまだ震えている。
レンは心配そうに隣に立ち、濡れた布で彼の額を拭った。
「……アレク君、大丈夫?」
「平気だ……大した傷じゃねぇ」
強がる声は掠れていた。
その様子を見ていたジンは、机から顔を上げ、鋭い目で二人を射抜いた。
灯火に反射する眼鏡の奥で、冷たい光が揺らぐ。
「……何があった」
低い声が、工房の空気を凍らせる。
アレクは唇を噛み、悔しそうに答えた。
「駅前に、呪具をばらまく商人がいた。俺と戦ったが、あいつ……ただ遊んでいただけだ。全力じゃなかった」
「遊んで……?」
レンが青ざめ、布を握る手に力を込めた。
ジンの目が細まる。
「つまり、その男はまだ余力を残しているということか」
「そうだ。次に来たら本当に危険だ」
アレクは机に拳を叩きつけた。木目が軋む。
しばしの沈黙。やがてジンは吐き捨てるように言った。
「……だからこそ、余計にお前は危険なんだ」
「はぁ!?」
アレクが立ち上がる。赤い瞳が怒りで燃え上がった。
「お前の周囲で呪具が現れる。妹を危険に晒す可能性が高すぎる。……アレク、出て行ってくれないか?」
その一言に、工房の空気が一気に張り詰めた。
「出て行けだと!? ふざけんな!」
椅子が倒れ、床に大きな音が響く。
レンが慌てて間に入った。
「やめて! アレク君がいなかったら、私もミユちゃん達も今頃……」
「……だから心配なんだ」
ジンの声は静かだが冷たい。
「お前は力を持っている。だが制御できなければただの凶器だ」
アレクは拳を震わせ、声を張り上げた。
「俺は凶器なんかじゃねぇ! 英雄だ! この世界だって守ってやる!」
「英雄? 笑わせるな」
ジンが眼鏡を押し上げる。
「自分をそう呼ぶ者ほど、破滅を招く。……俺は何度も見てきた」
赤と黒、二つの視線がぶつかり合い、工房の空気が重くなる。
棚に並ぶフラスコがカタカタと震え、蝋燭の炎が揺れた。
レンは両手を握り締め、声を振り絞った。
「お願い! 二人とも……もうやめて! 私だって、守りたいんだよ!」
涙声に、ようやく二人は沈黙した。
アレクは深く息を吐き、ジンは視線を逸らす。
しばらくして、ジンが背を向けながら言った。
「……レンがそう言うなら、今は引こう」
だが最後に振り返り、低く告げる。
「アレク。次に妹を泣かせたら、本当に追い出す」
「……上等だ」
アレクは睨み返し、唇を吊り上げた。
「その時は、力で証明してやる」
夜。
レンは自室の机に向かい、卒業研究のノートを広げていた。
インクの染みた紙には、ホムンクルスの構造や魂の理論が書き連ねられている。
「ホムンクルスの魂……未知の存在……」
小さく呟き、ペンを握る指が止まる。
ノートの余白に、アレクの笑顔が浮かんで消えた。
(私は創造主。……でも、ただそれだけじゃない気がする)
窓の外では、夜風がカーテンを揺らしていた。
月明かりの下、街の影は静かに広がる。
だが、その闇の奥底では――。
呪具商人が再び指を鳴らし、黒い霧を操っていた。
「……異界の勇者・アレックス・ホーク。次こそ、その魂を喰らってやろう」
不気味な笑い声が夜に溶け、街のどこかへと消えていった。




