第13話『前哨戦』
赤黒い霧が渦巻き、駅前の空気を押し潰すように重くする。
人々の悲鳴が遠くでこだまし、足を止めた群衆は逃げ惑うことさえ忘れ、ただ立ち尽くしていた。
呪具商人は机の後ろに立ったまま、楽しげに指を鳴らした。
「さぁ、我が仔どもたちよ――」
宙に浮かぶカードが次々と割れ、中から獣の影が這い出す。
狼、蛇、カラス……どれもが黒い瘴気をまとった魔獣の形を取っていく。
「なっ……こんなに!」レンが青ざめる。
「ずるい! 反則だろこれ!」
アレクは声を張り上げた。
「戦場にルールはない」
商人の声が低く響く。
「異界の勇者よ……お前の力、試させてもらおう」
「……おもしれぇ」
アレクは小さな拳を握り、前に出た。
「やってやろうじゃねぇか! 俺は英雄アレックス・ホークだ! ガキの体でも関係ねぇ!」
その時だった。
「おいおい! 面白そうなことやってんじゃねぇか!」
乱暴な声が飛び込んできた。
「カ、カズマ君!?」
ミユが振り返ると、クラスメイトのカズマが走り込んでくる。その後ろに、気弱そうなユウタも必死に続いていた。
「ミユ! こんな時こそ力を合わせるんだろ!?」
「うん……でも危ないよ!」
「危ないからって逃げられるか!」カズマが拳を握る。
その横でユウタは震えながらも、小さく頷いた。
「ぼ、僕も……逃げない。アレク君が一人で戦うなら、僕らも……!」
その言葉にアレクは口角を上げた。
「へっ……いい仲間じゃねぇか。よし、行くぞ!」
最初に飛びかかってきたのは狼の影だった。
アレクは反射的に身を沈め、机の脚を蹴り飛ばす。
「せいっ!」
机は宙を舞い、狼の影を叩き潰した。霧のように消えるが、すぐに新たな影が現れる。
「きりがねぇ……!」
その隙を突いて蛇の影がレンへ襲いかかる。
「きゃっ!」
「させるかよ!」
カズマが割って入り、拳に青白い魔力を纏わせて殴り飛ばす。
「やるじゃねぇか!」アレクが叫ぶ。
「当然だ! 俺はクラスの最強だからな!」
得意げに胸を張るカズマの後ろで、ユウタが震える声で詠唱を始める。
「ひ、光よ……集まって……!」
淡い光球が生まれ、カラスの影にぶつかる。闇を嫌う影は怯み、飛行を乱した。
「ナイスアシストだ、ユウタ!」
「う、うん……!」
「アレク君!」
ミユが咄嗟に手を掲げ、光の魔法を放つ。
「ライト・フラッシュ!」
閃光に目をくらませた蛇の影を、アレクが一気に拳で砕いた。
「ナイスだ、ミユ!」
「う、うん!」
だが敵は数を増すばかりだった。
商人が余裕の笑みを浮かべ、カードをさらに砕く。
「もっと踊れ……もっともがけ。お前たちの“絆”とやらが、どこまで通用するか見せてもらおう」
瞬く間に影の群れが四方八方から押し寄せる。
「囲まれたっ!」レンが叫ぶ。
「なら突破口を作るまでだ!」アレクが構える。
「カズマ! 右を任せた!」
「上等だ! 任せろ!」
カズマが右の狼影に飛びかかり、全力のパンチで吹き飛ばす。
「ユウタ! 後ろに光を!」
「は、はいっ!」
ユウタの光球が背後の蛇影を弾き、進路を塞ぐ。
「よし、抜けるぞ!」アレクが前方に飛び込み、影を突き破った。
しかし、その瞬間。
商人が一歩前へ進み出た。
「……やはり面白い。小さな器に収まりきらぬ魂……」
男は手を掲げ、残ったカードをすべて砕いた。
次の瞬間、霧がひとつに集まり、巨大な影を形作っていく。
「グォォォォォォ!」
それは翼を持つ獣――《シャドウドラゴン》だった。
「ドラゴン!? おい待て、反則もいいとこだろ!!」
「ふふ……これでもまだ戯れよ」商人の笑みは狂気を帯びていた。
ドラゴンの咆哮に、広場の窓ガラスが次々と砕け散る。
レンは思わず耳を塞ぎ、ミユも膝をつく。
「くっ……」
アレクは歯を食いしばる。
ガキの体では力もリーチも足りない。だが、退くわけにはいかない。
「レン、ミユ! 逃げろ!」
「えっ、でも!」
「俺が時間を稼ぐ!」
赤い瞳がドラゴンを睨み据える。
小さな体に宿る勇者の魂が、再び戦場に立った。
カズマが隣に立つ。
「バカ言うな! 俺もやる!」
「僕も……逃げない!」
震えながらもユウタが拳を握る。
「お前ら……」
アレクは一瞬だけ驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「いいだろう、勇者の仲間にしてやる!」
だが――。
アレクが飛び出そうとした瞬間、商人の指が弾かれた。
「今日はここまでだ」
ドラゴンの影は一瞬にして霧散し、周囲の気配も消え失せた。
「なっ……逃げたのか?」
「いや、違う……」レンが震える声を出す。
「遊ばれただけ……」
商人は口元を歪め、アレクを見つめていた。
「次はもっと楽しい舞台を用意してやろう。……英雄よ」
その言葉を残し、霧とともに姿を消す。
残されたのは荒れ果てた駅前と、震える二人の少女。
アレクは拳を握りしめ、悔しそうに唇を噛んだ。
「……チッ、ふざけやがって」
「アレク君……」
レンが駆け寄る。
「大丈夫?」
「平気だ……。だけど、あいつ……俺の正体を知ってる」
赤い瞳が夜空を睨む。
その隣で、カズマが拳を握りしめた。
「次は俺のパンチでぶっ飛ばしてやる!」
「僕も……ちゃんと戦えるように練習する!」
アレクは苦笑しつつも、二人の肩に手を置いた。
「おう、頼もしいぜ。これで勇者パーティはますます強くなるな」
ミユとレンも頷き合う。
五人の間に、確かな絆が芽生えつつあった。
呪具商人との本格的な戦いは、まだ始まったばかりだった。




