第12話『呪具商人の影』
休日の午後。
澄み渡る青空の下、駅前の広場は家族連れや買い物客でにぎわっていた。甘いクレープの匂い、焼き鳥の煙、風船を抱えてはしゃぐ子どもたちの笑い声。通りには楽団が奏でる軽快な音楽まで流れている。
そんな平和な喧騒のただ中で、ミカガミ・レンは落ち着かない心持ちで歩いていた。
隣にはカスガイ・ミユがいて、そのさらに後ろから二人の少年――カズマとユウタが小声で言い合いながらついてきている。
「おいユウタ、歩くの遅いぞ!」
「わ、わかってるよカズマ君……でも、人多すぎて緊張する……」
どうして彼らが一緒にいるのか。
きっかけは数日前、アレクの口から飛び出したひと言だった。
「なぁレン! 今度、ミユを紹介するから!」
そして、アレクに半ば引きずられるようにして、レンはミユと顔を合わせた。
それが意外にも意気投合し、今日、改めて「お茶でもしよう」と誘ったのだ。
ただし――ミユが「カズマとユウタも一緒に行っていい?」と頼み込んできたのだ。
彼らにとっても、レンは「アレクを預かる不思議なお姉さん」であり、どんな人物なのか知りたかったのだろう。
カフェで軽く自己紹介を済ませた四人は、街へと繰り出していた。
「えっと……私はミカガミ・レン。高校三年で、錬金術を研究してるの。よろしくね」
「れ、錬金術って……本当にあるんだ……」ユウタが目を丸くする。
「当たり前だろ! 俺も将来は格闘術と魔法を極めて“冒険者”になるんだ!」カズマが胸を張る。
「冒険者……ふふ、アレク君と気が合うかもね」レンが柔らかく笑った。
和やかな空気が流れたのも束の間だった。
ふと、レンの視線が鋭くなった。
駅前の広場の一角、華やかな屋台に混じって、異質な露店があった。
黒いローブをまとった男が机の後ろに座り、無言で通行人を見ている。
机の上には、赤黒く光る《魔導カード》が整然と並べられていた。
「……っ」
レンは反射的に足を止め、吐き気に似た不快感を覚えた。
「どうしたの、レンさん?」
ミユも同じ方向を見て、顔を強張らせる。
「また……呪具……」
カードから漂う魔力の気配は、間違いなく普通の玩具とは異質だった。
背筋をぞくぞくと冷たいものが走り、レンは拳を握り締める。
「へぇ~、なんかカッコいいじゃん!」
無邪気に近づこうとしたのはカズマだった。瞳が輝き、露店へ駆け寄ろうとする。
「だ、だめっ!」
ミユが慌てて腕を掴む。
「カズマ君、それは危ない!」
「はぁ? ただのカードだろ? 俺が手に入れれば、もっと強くなれるかも!」
「違う! あれは人の心を蝕む呪具なんだよ!」
ミユが必死に叫ぶ。
そのやり取りを聞いていたユウタは顔面蒼白になり、声を震わせた。
「ま、まさか……この前、学校で暴走したあのペンダントと同じ……?」
黒衣の男がゆっくりと顔を上げた。
フードの奥で、ぎらりと赤い光が瞬く。
「……おや。よくわかっている少女がいるな」
低く湿った声が、まるで耳の奥を撫でるように響いた。
「これはただのカードではない。持ち主に“力”を与える特別な品だ」
その一言に、カズマの瞳が揺れる。
「力……」
「ダメだってば!」
ユウタが必死に袖を引き、今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「そんなものに頼ったら、また……!」
レンが一歩前に出た。
「あなた……何者? どうして子供を狙って、こんな危ない物を売るの!」
黒衣の男は答えず、指先で一枚のカードを弾いた。
カードはふわりと宙を舞い、そこから黒い靄が溢れ出す。
「う、動いてる……!」ユウタが後ずさる。
靄は形を変え、赤い目を持つ影獣――黒いネズミのような魔獣が姿を現した。
「きゃあっ!」
ミユがレンを庇い、一歩退く。
「こいつ……!」カズマが歯を食いしばり、構えを取る。
「ユウタ、後ろに下がってろ!」
「ぼ、僕だって……逃げない!」
ユウタは震えながらも必死に声を張った。
レンは二人を見て、強く頷く。
「わかった。一緒に戦おう。アレク君がいない今、止められるのは私たちしかいない!」
影ネズミはカサカサと床を這い、近くの親子連れに飛びかかろうとした。
「行かせるかぁっ!」
カズマが飛び出し、机の上に飛び乗って拳を振り下ろす。
だが相手は影。拳はすり抜け、空を切った。
「な、なんだよコイツ!」
「カズマ君、魔力を拳に集中して!」
ミユが叫ぶ。
「実体がない相手には、魔力で殴るしかない!」
「言われなくてもっ!」
カズマが再び構え直し、拳に青白い光を宿す。
その間にユウタは両手を合わせ、震える声で呪文を唱えた。
「ひ、光よ……小さな灯を……!」
ぽん、と手のひらに淡い光球が生まれる。影ネズミはギラリとそれを睨み、動きを鈍らせた。
「今だっ!」
レンが飛び出し、錬金術で作った小瓶を投げつける。
瓶が割れ、爆ぜる閃光が闇を照らした。
怯んだ影ネズミの横腹に、カズマの魔力拳が炸裂する。
「おりゃあああっ!」
影の体がぐにゃりと歪み、赤い核が胸に浮かび上がった。
「ユウタ君!」ミユが叫ぶ。
「核を狙って!」
「わ、わかった!」
ユウタが光球を投げ放つ。
光が核に直撃し、バチィッと音を立てて弾けた。
影ネズミは甲高い悲鳴をあげ、靄となって消え失せた。
広場に、沈黙が落ちた。
人々は呆然と立ち尽くし、やがて安堵の息が漏れた。
「や、やった……?」ユウタが膝をつき、額の汗を拭う。
「ふっ……俺のパンチのおかげだな!」カズマがドヤ顔で拳を振る。
「カズマ君、ユウタ君……ありがとう。おかげで助かったよ」
レンが微笑むと、二人は顔を真っ赤にして俯いた。
だが――。
「ほぅ……なかなかやるではないか」
低い声が再び響いた。
黒衣の男は動じることなく、ただ冷たい笑みを浮かべていた。
「だが、これはほんの小手調べにすぎん。子供たちの勇気……それもまた、試す価値がある」
そう言うと、彼の姿は黒い靄となり、露店ごと掻き消えた。
「逃げた……!」ミユが悔しげに声をあげる。
レンは拳を握りしめ、瞳を細めた。
「必ず……正体を突き止める」
その隣で、カズマとユウタも無言で頷いていた。
こうして――子供たちとレンの、初めての共闘は幕を閉じた。
だが、呪具商人との因縁は、ここから始まったばかりだった。




