第10話『兄と勇者』
呪具カード事件の後、生徒に身の危険があっては困るということで、生徒たちはすぐさま帰宅を余儀なくされた。
水鏡屋の空気は重苦しかった。
アレクはソファに腰を下ろし、腕を組んで黙り込んでいた。
レンは隣で落ち着かない様子で視線を揺らし、ジンは作業机に立ったまま沈黙を続けていた。
やがて、ジンが低い声を放つ。
「……説明しろ、アレク」
「説明って……今日のカードのことか?」
「そうだ。小学校で呪具が暴走したと聞いたから、慌てて学校に駆けつけてきたんだ。――お前が止めたのは確かだが、そのせいで生徒たちは危険に晒された」
アレクは目を見開き、すぐさま言い返す。
「違ぇよ! 俺がいなかったら、もっとひどいことになってた! 被害は確実に広がってたはずだ!」
「それは結果論だ」
ジンは冷徹に言い放つ。
「問題は、危険が“お前の周囲”で発生しているということだ。今日はクラスの生徒だった。次は――レンかもしれない」
レンが息を呑んだ。
「お兄ちゃん……」
アレクは立ち上がり、ジンを睨みつける。
「ふざけんな! 俺は誰も巻き込む気なんかねぇ! でも呪具は確かに人を狙って広がってるんだ。止められる力があるなら、俺がやるしかねぇだろ!」
「英雄気取りか」
ジンの眼鏡が鈍く光る。
「だがこの世界にお前の居場所はない。お前の魂は異物だ。いつか制御を失えば――レンを泣かせることになる」
アレクは拳を強く握り、声を張り上げた。
「泣かせねぇ! 俺は英雄アレックス・ホークだ! ガキの体でも関係ねぇ、人を守るために剣を振るう――それが俺だ!」
「資格があるとでも思っているのか」
「資格じゃねぇ! 必要だから戦うんだ!」
緊迫した空気の中、レンが慌てて二人の間に割って入った。
「お願い! 二人とも、やめて!」
必死な声に、アレクもジンも動きを止める。
レンは涙をにじませながら言った。
「お兄ちゃんは私を守ろうとしてるのもわかる。アレク君が子供達を守ろうとしたのも、本当だってわかる。
だから……ケンカしないで。二人とも間違ってないんだよ」
しばし沈黙。
ジンは眼鏡を押し上げ、冷ややかに言葉を残した。
「……いいだろう。だが覚えておけ、アレク。次にお前が誰かを危険に巻き込めば、俺は容赦しない」
アレクは悔しげに唇を噛み、だが力強く答えた。
「望むところだ。俺はもう決めてる――守るってな」
その夜。
レンは机に向かい、卒業研究の資料を広げていた。
「……ホムンクルスに人の魂が宿った事例は、やっぱり見つからない……」
ノートの余白に、自分でも気づかぬうちに書き殴っていた。
――アレク君は何者なの?
窓の外、夜風に結界が揺れた。
闇の奥から、誰かの囁きが確かに響く。
「……呪具はまだ始まりにすぎない」
レンは気づかない。
その闇が、確実に彼らの世界を侵し始めていることを――。




