第9話『呪具カードの咆哮』
翌日の休み時間。
アレクは教室の隅で居眠りを決め込んでいた。ランドセルを枕にして、机に突っ伏す姿はどこにでもいる小学生そのものだ。
だが彼の赤い瞳が薄く開いたのは、異様なざわめきが耳を突いたからだった。
「おい、見ろよ! 俺のカード、光ってる!」
はしゃぐ声。
数人の男子が机を囲み、例の《魔導カード》を振りかざしていた。
アレクの眠気は一瞬で吹き飛んだ。
目を凝らすと、カードの模様が赤黒く脈打ち、表面にひび割れのような紋様が広がっている。
(……やっぱり来やがったか。俺の勘は間違ってなかったな)
「やめた方がいい!」
真っ先に駆け寄ったのはミユだった。
机に身を乗り出し、必死に声を張る。
「それ、普通のカードじゃない! 危ないよ!」
「へっ、大丈夫だって! これを使えば魔力が強くなるんだ!」
持ち主の男子は得意げに笑い、周りの友達も興奮していた。
アレクは歯噛みした。
(あの光、魔力の流れ方……完全に呪具だ。ほっときゃ危険すぎる!)
次の瞬間。
男子がカードを掲げた瞬間、教室の空気が凍り付いた。
赤黒い霧がカードから噴き出し、耳を劈く咆哮が響いた。
「うわぁぁっ!?」
「な、なんだよこれ!」
生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。机や椅子がひっくり返り、教室が一気にパニックに陥った。
黒い影が膨れ上がり、霧の中から姿を現す。
狼のような輪郭。しかし毛並みはなく、煙と闇が凝縮したような存在。
口からは黒炎を吐き、目は血のように赤く輝いていた。
呪具に憑依した魔獣――《シャドウウルフ》。
「来やがったな……!」
アレクは椅子を蹴って飛び出した。
「アレク君っ!」
駆け寄るミユに、アレクは手を振り払うように叫ぶ。
「下がってろ! こいつは俺が――」
言いかけて、踏ん張った足が机に引っかかり、盛大に転んだ。
「ぐはっ!? ……クソ、やっぱガキの体は不便すぎる!」
「大丈夫!? アレク君!」
「問題ねぇ! 俺の魂は英雄だ!」
強がって立ち上がるが、心臓は早鐘を打っていた。
(ちっ……反射神経は生きてるのに、身体が追いつかねぇ……! こんなガキの体じゃ力もスピードも足りねぇ!)
シャドウウルフが吠え、炎を撒き散らしながら突進する。狙いは――ミユ。
「危ない!」
アレクは瞬時に前に飛び出し、体当たりで進路を逸らす。
衝撃で吹き飛ばされ、背中を机に強打した。肺の空気が抜け、視界が一瞬白くなる。
「がはっ……ぐっ……! だが、この程度で倒れるかよ……!」
赤い瞳が鋭く光った。冒険者としての勘が蘇る。
「アレク! 俺も加勢する!」
机を蹴飛ばしながらカズマが飛び出した。
「お、おれは水魔法で援護する!」
ユウタが震えた声で叫び、必死に水の玉を放つ。炎の飛沫が弾かれ、ミユにかかる危険を防いだ。
「よし! ナイスだユウタ!」アレクが叫ぶ。
「へっ、俺を誰だと思ってんだ!」カズマは椅子を盾代わりにして獣の突進を受け止める。
「ぐおぉぉっ!」
シャドウウルフの咆哮に押され、カズマの腕が震えた。
「くっそ……重すぎるだろコイツ……!」
「無茶すんなカズマ! 時間を稼げばいい、倒すのは俺だ!」
アレクは前に飛び出し、仲間の背に言葉を投げた。
「ミユ! 合図をくれ! あいつの動き、読めるだろ!」
「うん!」
ミユは震える膝を押さえ、狼の動きを必死に目で追う。
「次は左! その後、上から来る!」
「カズマ! 正面を塞げ!」
「任せろぉ!」
カズマが勇敢に飛び出し、狼の足にしがみついた。獣の動きが一瞬鈍る。
「今だ、ユウタ!」
「う、うおぉぉっ!」
ユウタの水弾が狼の顔面に直撃し、黒炎が途切れた。
「よしきたっ!」
アレクは机を蹴り、宙を飛ぶ。黒板の前で、シャドウウルフの頭を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐおぉぉぉっ!」
影の身体がぐらつき、胸元に赤い核が浮かび上がる。
「そこだっ!」
アレクはチョーク入れを掴み、核めがけて全力で投げつけた。
パァン! 乾いた音と共に核が砕け、シャドウウルフが霧散する。
教室は静まり返った。
煙が薄れ、ただ机と椅子の倒れた音だけが残る。
呆然と立ち尽くすクラスメイトたち。
その中で、ミユが駆け寄り、カズマとユウタもアレクのそばへ集まった。
「アレク君……すごい……!」ミユが震える声で言う。
「へっ、俺にかかればこんなもんだ!」アレクはドヤ顔を作った。
「でも俺が足止めしてなかったら危なかったろ?」カズマがニヤリと笑う。
「ぼ、僕の水魔法も……ちょっとは効いた?」ユウタがおそるおそる口にする。
アレクは息を切らしながらも笑った。
「おう。お前らがいたから勝てたんだ。ありがとな」
三人とミユの間に、不思議な一体感が生まれていた。
だが安心したのも束の間。
アレクの膝がガクンと崩れた。
「アレク君!」
「だ、大丈夫だ……ちょっと力を使いすぎただけだ……」
その時、教室のドアが乱暴に開いた。
教師と数人の大人が駆け込んできて、騒然とする。
「何があった!?」
「怪我人は!?」
大人たちが慌ただしく生徒を誘導していく。
だが――その背後に、冷たい視線があった。
眼鏡の奥で光を宿す青年――ジン。
水鏡屋の主にしてレンの兄。
彼は誰にも気づかれないように立ち、アレクを睨みつけた。
「……またお前か」
小さく吐き捨てる。
アレクは立ち上がり、赤い瞳で睨み返した。
(あぁ、わかってる……お前は俺を信用しちゃいねぇ。けど俺は――この仲間を守るためなら何度だって戦う!)




