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5話 オムライス

「さあ、入った入った」


 中に入ると、おいしそうなにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。

 カウンターの向こうに立った、真っ赤な肌の大きなお姉さんが出迎えてくれる。

 

「あら、久しぶりだねえポロクルさん。行きつけだなんて、あんたは口がうまいから、どこでも言ってるんでしょ?」


「んっはっは! パルアさん、そんな意地悪言わんでね。今回は新しいお客さんもつれてきたがよ」


 ポン、と私の背中が押されて一歩前に出る。

 黄色のぎらぎらとした瞳と目が合って、私はお辞儀をした。


「私ファレファ、初めまして」


「あら! これまたかわいいお客さんじゃないの! んもお、早く言ってよぅ!」


 お姉さんはどたどたとカウンターから身を乗り出して、長い腕で私の頭をわしわしと撫でまわした。

 大きな手は乱暴そうに見えて、本当は私を気付つけいないよう細心の注意を払ってくれていることを感じる。


「お嬢、パルアさんはね、鬼人オーガって言ってとっても力持ちな種族けん。怒らすと、こわいんよぉ!」


「ちょっとお! 子供にそんなことしないっての! もう、さっきのことはサービスするから許して!」


 ぽんぽんと肩を叩かれて、指で差されたテーブル席にポロクルさんと座る。

 暗い木の色をそのまま使った椅子は、ポロクルさんが座るときぃと、音を立てた。

 パルアさんがお水を私たちの前において、カウンターの上にあるボードを指し示す。


「あれがメニューだけど、リクエストがあったら何でも作るよ! ファレファちゃん、食べれないものはある?」


「私、なんでも食べるよ!」


「おー! 好き嫌いない子は好きだぞ~! 安心して、なんでもおいしいから! ポロクルさんはいつもの?」


 パルアさんが聞くと、ポロクルさんはうんと頷いた。

 いつもの、と指さした場所はオムライスと書いてある。


「私も、同じのがいい!」


「おっけ~! 待っててね、うんとおいしく作るから!」


 私の頭をひとしきり撫でたパルアさんは、カウンターの裏に戻る。

 ほどなくして、ジュージューという食欲をそそる音に、香ばしいにおいがついてきた。

 パルアさんが持ってきてくれた水を口にすると、喉を冷たい水が通ってすっきりと心が落ち着く。

 押し寄せていたわくわくが少しづつ落ち着いて、やさしく私を見つめているポロクルさんと目が合った。


「ポロクルさん、ありがとう。ここまで連れてきてくれて、いろんなことを教えてくれて」


「いんや、いいんよ。お嬢、外は楽しいがね?」


 ポロクルさんの問いかけに、私は何度も頷いた。

 そして、ずっと閉まっていた言葉を口にする。


「ねえ、ポロクルさんはどうして私を外に連れ出してくれたの?」


「んっはっは、ちゃんとした大人だったら、お嬢を村に連れ戻すべきかもしれんね」


 私が言いたかった言葉の先を、ポロクルさんはわかってくれた。

 その優しい瞳は私の向こう、きっと懐かしい昔を見て続ける。


「あきしも、おんなじだったき。十年くらい前に、村を出て。そこから商人として、転々としてここまで来たんよ」


「ポロクルさんも、私と同じ……」


「そう。理由はきっと違うがね。象人は戦士の種族、あきしの故郷の村も、大人になったらみんな戦士になるだに。でも、あきしは違うことがしたかったき」


 ポロクルさんは荷物の中から、先ほど買った果物を取り出した。

 丁寧にそれを机の上に置くと、話を戻す。


「商人は、遠く離れた場所にいる人にいろんなものを届ける仕事だに。この果物も、ドレスベルでは取れないもの。誰かを傷付けて成り立つ戦士よりも、笑顔を運ぶ商人に憧れたね」


 まあ、戦士も誰かの笑顔を守る仕事だって気付いたのは、最近の話なんがね、とポロクルさんは頬を掻いた。

 ポロクルさんも、私と同じだったんだ。


「ありがとう、あの……」


 ありがとう、の先に続ける言葉が見つからずに、口をパクパクさせてしまう。

 ここまで話してくれたのに、それしか言葉が出ない自分にもやもやした。

 無理やり何とか言葉にしようとしたところで、目の前に二つの皿が並べられる。


「はい、おまちどお! 中は熱いから、やけどしないようにね!」


 私はポロクルさんを見つめると、つぶらな瞳がにっこりと笑う。


「さあ、食べようね」


 私はこっくり頷いて、お皿に目を下ろした。

 山盛りになった何かの上に、黄色い卵のヴェールがくったりと垂れ下がっている。

 おっきい、と目をぱちぱちしていると、テーブルの向こうのポロクルさんのお皿はもっともっと大きな山盛りになっていて、思わず口を開けてしまった。


「どう? 山盛りになった形が、鐘みたいでしょう?」


 パルアさんに言われてみると、確かにそう見える。

 スプーンをまっすぐ卵の膜に入れると、中からとろーりとチーズがあふれ出た。

 さらにその下には、真っ赤ないろのつぶつぶが顔を出す。


「この中のお米はね、あきしが運んできてるものなんよ。もとは白くてもちもちなんだに」


 テーブルの向こうで、ポロクルさんが得意げに鼻を持ち上げた。

 すくってみてみると、綺麗に染まっていて気付かなかったが薄く白っぽさもある。

 卵のヴェールにチーズもすくって、ふうふうと息を吹きかけた。

 我慢ができなくなったところで、そのまま食いつく。

 炒められたお米が香ばしくて、甘酸っぱいトマトのような味が混ざっている。

 濃い味のあとに、卵がやさしく包みこむ。

 よく溶けたチーズがじゅわっとひろがり、ほふほふと言いながら食べるのを二人は楽しそうに見ていた。


「どう、おいしい?」


 もう二口目を口にしていた私は、何度も何度も頷いた。

 あつあつで山盛りなのに、口へ運ぶ手が止まらない。

 山はみるみるうちに崩れて、あっという間に食べきってしまった。

 パンパンになったお腹にポンと手を置くと、何とも言えない満足感が私を包み込む。

 こんな幸せな気持ちを、言葉にしきれない感謝を、なんて伝えたらいいんだろう。

 そうだ、笛人の私にできる、一番のこと。


 両手を合わせて、右手の親指に口を付ける。

 ふぅっと息を吹き込むと、私の手の穴を通って言葉にならない思いが音楽に変わった。

 ご飯がおいしかったこと、初めて見た街の大きさ。

 ポロクルさんへのありがとうって気持ち。

 その先の言葉にできなかった、今の商人として生きるポロクルさんは素敵だよってこと。

 感謝の言葉も全部乗せて、心を吹いた。

 ポロクルさんもパルアさんも、私に耳を傾けてくれた。

 思いがどんどん深くなり、音楽に力がこもるのを感じる。


 ぶわ、と私の視界が広がった。

 私は私の頭の上にいて、体の大きな二人よりも高いところにいた。

 天井からお店を見下ろしているような感覚。

 お店全体が見渡せて、耳を傾けてくれているお客さんに、何かを小声で話している人、お店の端っこで寂しそうにしている、黒い頭巾をかぶった人。

 その中で、黒い頭巾の人に向かって私の心は吸い込まれていった。


 ぼんやりとした視界の中で、自分の手が細長い棒を持っているのがわかる。

 違う、これは槍だ。

 目の前には大きな大きな獣が口を開いて迫っていて、それをたくさんの視界で見つめていた。

 ガブ!

 いくつもの視界のうち一つが真っ赤に染まって、消える。

 じくじくとした痛みが頭に響く中、死に物狂いで槍を突き刺し獣は動かなくなった。

 熱い痛みが支配するのを、寂しさがざばざばと埋め尽くしていく。

 その寂しさの海で何かを言おうとしたとき、私は私の体に引き戻された。


「いんや、初めて笛人の音色を聞いたね、すんばらし! すんばらしかよ!」


「あたしも音楽はさっぱりだけど、しっかり響いたよ! 音楽を聴いて涙が出たのは初めてだよ!」


 拍手の海が私を覆って、思わず戸惑ってしまった。

 思えば山や花々以外に聞かせたのはいつぶりだろうか。

 いつものように、オーディエンスに向かっておじぎをする。

 顔を上げると、黒い頭巾の人はいなくなっていた。

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