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4話 きらきら、がやがや

「お嬢、そろそろ森を抜けるがね。びっくりして、落ちんように気ぃつけね」


「うん!」


 私はポロクルさんに肩車されたまま、大きな頭にギュッとしがみついた。

 岩のような見た目の皮膚は固く、でも力を入れると奥に弾力がある。

 細かい毛がちくちくと刺さって、くすぐったかった。


「ありがとう、ポロクルさんのおかげであっという間に森を抜けちゃったわ!」


「お礼を言うのはあきしの方よ、お嬢。近道だと思んて森に入ったは良かけんど、あのまま一人だったら出られんかったかもしれんけん!」


 ポロクルさんは街を回って歩く商人というお仕事をしていて、今回もその道中だったらしい。

 地図を見ると道が森をぐるっと迂回するようになっていて、近道をしようとしたら迷ってしまったみたい。


「じゃあ私達は、運命の出会いをしたってことね!」


 んっはっは、とポロクルさんが大きく笑うのが伝わってくる。

 ポロクルさんは力持ちで、大きなカバンを背負った上で私を肩車しても、軽々と進んでいってしまう。

 もし一人だったら、私は森を抜けるのに何日かかかってしまっていただろう?

 ポロクルさんのおかげで、大変な森の道のりも一晩で超えてしまった。

 おばあちゃんが聞いたら、きっとびっくりするだろう。


 さぁ、っと私の頬を風が撫でた。

 今までの森の青臭い風とは一味違う、乾いてすっきりした風。

 閉じた瞼の向こうが、明るくなったのを感じた。


「お嬢、目を開けてごらん」


 目を開ける。

 景色があまりにもまぶしくて、よく見えないまま思わずもう一度瞼を閉じてしまった。

 今度は慎重に、瞼を開いていく。

 まず初めに飛び込んできたのは、一面の緑。

 明るく太陽に照らされた、背丈の低い草が地面をずっと覆っていた。

 高いところにいるわけでもないのに、ずっと遠くが見渡せる。

 空を見ると、太陽は私たちの真上に迫っており、朝を食べてから時間が経ってお腹がペコペコなことに気づく。

 空高く飛んでいる鳥が真っすぐ飛んでいく先の、地平線。

 そこに一際目立つ物があった。

 山とも森とも違うそれは、目を凝らすと壁の向こうにいくつもの建物が集まったものだとわかる。


「ポロクルさん、あれって!」


「そう、あれが商いの街、ドレスベルだに」


 あれが、街。

 私たちの村よりも、ずいぶんと建物が密集しているように見える。

 目線を下にやると、私たちの元からあの街まで、道がずっと続いていた。

 胸いっぱいに、息を吸い込む。


「行こう! ポロクルさん!」


************


 遠くからでは手のひらに乗ってしまいそうなほどの大きさだった門は、近くで見ると見上げてしまうほど大きい。

 ペタペタと壁を触ると、硬くて重い岩がずっと高くまで積み上げられているのがわかる。


「どうやって作ったんだろう」


「おんやま、石造りを見るのも初めてなんね?」


「うん! 私たちの村ではね、家は膨らませて作るんだよ」


「そっちのほうが、あきしらには想像ができんがよ」


 門の影が空を覆って、私達に覆いかぶさってくる。

 こんな大きなものがすべて重たい石でできているんだ、と思うと思わず首がすくんだ。


「あんらら、そんなに急がなくても何も逃げんき」


 急ぎ足で門を潜り抜けると、慌ててポロクルさんが追いかけてくる。

 そういう訳じゃないんだけど、怖くってというのが照れ臭くて、本当の理由は内緒にすることにした。

 

「そこの嬢ちゃん、どいたどいた!」


 びっくりして振り返ると、私の目の前を馬の顔をした人が駆けていくところだった。

 背中に荷物を背負った大きい影が通り過ぎると、目の前の世界がふわっと広がる。

 道はずっと先まで続いているが、行き交う人々で先が全く見えない。

 端に寄ると、道の脇にはずらりと物が並べられていた。

 カウンターの奥に立つ人や地面に座り込んだ人が、歩く人々に声をかけている。

 果物の香りにつられてみてみると、ずらりと並んだりんごやぶどうに見たこともない果物もいっぱい。

 上につるされた黄色い果物が甘いにおいを放っていた。


「こらこら、お嬢。まずは買ってからにするね」


 私の伸ばした手を、ポロクルさんがやさしく遮った。

 買うってなんだっけ? たしか、ママやおばあちゃんがしてくれたお話の中で出てきたことがある気がする。

 私が首をかしげていると、ポロクルさんが何かに気づいたようにうんうんと頷いた。


「そうか、まずはそこからだに。懐かしか、あきしが初めて故郷を出た日も、初めてがいっぱいだったね」


 ポロクルさんは懐から小包を出すと、じゃらじゃらと丸くて平べったいものを取り出した。

 それはいくつか種類があるみたいで、銅色だったり銀色だったりしている。

 よく読んでもらったおはなしに出てくる、お宝に似ていた。


「知ってる! きんかでしょ?」


「惜しい、これは銅貨と銀貨ね。金貨はこれが金色になったものだんけど、そうそうお目にかかれない代物だに」


 ふんふん、と頷いてみたりしたが、やってみないことにはわからない。

 私も似たようなものをおばあちゃんに持たせてもらったのを思い出して、カバンを漁ってみた。


「これもそう?」


 私はカバンに入っていた袋を開けてポロクルさんに見せてみる。

 すると、目を見開き慌てたポロクルさんが急いでカバンの中にしまうよう言った。


「いいねファレファ、これをやすやすと人前にだしたらいかんよ。これはとっても貴重な純金貨で、さっき見せたのとは比べ物にならないくらいの価値を持ってるき。後で信頼できる貨幣商を教えるに」


 頷きながらカバンの一番奥のほうにしまうと、ポロクルさんはほっと胸をなでおろしていた。

 お金というものについて、ひとしきり教えてもらってうーんと頭を悩ませる。

 全部教えてもらった後で申し訳ないけれど、なんていうか。


「めんどくさいね」


「んっはっは! でもこのめんどくささがあきしら商人を作って、人と人とをつないでいるだに」

 

 ポロクルさんは自分の包みから銀貨を取り出して、私の掌に乗せてくれた。

 それからさっき私が見ていた黄色の果物を指さして、奥にいるおじさんに声をかける。


「大将、この子にバナナを一房!」


「お! こりゃかわいらしい子が買いに来てくれたじゃねえの、一番デカいの持ってきな!」


 奥から威勢の良い声が帰ってくる。

 手が伸びて私の掌から銀貨を受け取ると、大きな黄色い果物の束を私の手に乗せた。


「これが買うってことなの? 楽しいね!」


「おうい、嬢ちゃん! 釣りがまだだぞう!」


 ポロクルさんを見上げると、奥から慌てた声が返ってくる。

 私の代わりに灰色の大きな手が受け取って、銅貨を見せてくれた。


「ここまでやって、買う。なんだに」


 これが買うなんだ、と私の心の中で反芻した。

 私は深く頷いた。

 頷いたときに鼻が果物に近づいて、甘い香りがふんわり漂う。

 たまらずに私のお腹がぐうと鳴った。


「おっと、長く話しすぎてしまったき。つい商人魂に火がついてうっかり、うっかり」


「ううん、とても大事なことだもん。ありがとう!」


「んっはは! そう言ってくれるとうれしいがね。よし、それじゃああきしのとっておきの場所でお昼にするね!」


 ポロクルさんはにっこりと笑うと私の手から果物を受け取り、自分の荷物の中に入れた。


「これはデザートに取っておくね。今はあきしが持っておくき」


 私は頷くと、歩き出したポロクルさんの後を追った。

 ポロクルさんの大きな体は人ごみを分けて進んでいく。

 そして私に振り向くと、白くて綺麗な扉を開いた。


「ここがあきしの行きつけの店、カンパーナだに」

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