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10話 木漏れ日のソリスト

「じゃあ、達者でな!」


 御者さんと馬さんにありがとうと言って、見えなくなるまで手を振った、

 ナハトムジーク領はヴォルガフ湖のほとりに位置していて、その周りをぐるりと囲むように壁があるみたい。

 ドレスベルよりも大きな通りが門からずっと伸びていて、その先に大きな大きな建物がどっしりと構えていた。


「ねえ、あれなんだかわかる?」


 ケフラは首を横に振った。

 もしかしたら、ケフラもあんまり世間の事情とかには詳しくないのかもしれない。


「ケフラはさ、これまで初めて来た場所ではどうしてたの?」


「困ってそうな人を助けて教えてもらう、とか?」


 むむ、と難しい顔をして帰ってきた答えは、あまりあてにならなさそうなものだった。

 一応困ってそうな人がいないかあたりを見回してみるけど、幸か不幸かみんな困ってはいなさそう。

 路地を覗くと、あんたとはこれっきり! そんな、許してくれジェリーナ! 僕が悪かった! というやり取りが聞こえてきた。

 ケフラと顔を見合わせてみるけど、これは思っているものとは違いそう。

 私たちは当てもなく、道をまっすぐ歩くことしかできなかった。


「お前たち、ここはナハトムジーク様の御屋敷だぞ。何用だ」

 

 鉄格子の門前まで来てしまった私たちは、鎧を着たお兄さんに呼び止められる。

 二人してよくわからずに首をかしげていると、反対側に立っていたおじさんが見かねて助け舟を出してくれた。


「坊ちゃんにお嬢ちゃん、何か用かね? ここはこの国の貴族、偉い人の御屋敷なんだ。あんまりうろうろしてると怪しまれてしまうよ」


 お屋敷というと、お城の次に大きな建物のことだ。

 うんうんなるほど、と一人で納得してからごめんなさいと謝った。

 そこでふと、お母さんに読んでもらったお話を思い出す。

 旅をして街に着いたら、必ずみんな宿を探していた。

 宿には食事もあれば物も売っていて、掲示板にある依頼を受けたらお金がもらえるってお話で言ってた。


「私たちドレスベルから来たの、近くにある宿を知らない?」


「そうか、旅をしているのか。なるほどなるほど、だったら、ここを真っ直ぐ行って曲がった所に小さな夜のジャスミンという宿屋がある。ご飯が美味しくてね、私も時々食べに行くんだ」


 お礼を言って、手を振って、ケフラを引っ張っていく。

 お屋敷に沿った道はドレスベルの道よりはちょっと狭い。

 この街の風景に少しは慣れてきたのか、思いの外歩みがすいすい進む。

 大きくてすごいのはともかく、住みたいかといわれるとそんなにかな、というのが二人の総意だった。

 隣を歩くケフラが、首を失って力なく垂れた蛇をいじっている。


「傷が痛むの?」


 ケフラは傷跡を自分の目の前に持ってきて確認すると、少しと答えた。


「術師のお姉さんに見てもらえばよかったね」


「いいよ、ジェミーの首がもう一回生えるわけでもないし。それにそのうち抜けるから」


「ジェミーって、その蛇の名前?」


 ケフラは頷いた。

 それからティムとフラミーと、と紹介が始まり、だんだんと私の頭に内容が入ってこなくなる。

 やがてケフラの声が呪文のように聞こえてきたころで、ひときわ個性的な建物が目に飛び込んできた。


「もしかしてあれかな?」


 ぎっしりと隙間なく建物が並んでいる通りの中で、建物二つをそのままくっつけたような建物が目立つ。

 近づいてみるとそれは勘違いではなく、色こそ揃えられているがそれぞれ別の建物の一階を強引につなぎ合わせただけのものだった。

 大きな建物に不釣り合いな、小さな夜のジャスミンという看板が下がっている。


「いらっしゃい!」


 扉を開けると気持ちの良い声に迎えられた。

 二軒分の広さを確保しながらも、テーブルはほぼ満席だ。

 ちらりとテーブルの上を見てみると、いろんな料理が並んでいて目移りしそう。

 カウンターの隣にいろんな紙が貼りつけられている掲示板があったので、二人で物色する。

 内容は本格的な求人や物件の売り出しなんかが混ざってはいるが、思い描いた通りのものもちゃんとあった。

 大きなイノシシに畑を荒らされるから追い払ってほしい、という胸が躍る物もある。


「どう!?」


 早速大イノシシの依頼をケフラに見せるが、断固として拒否される。

 ケフラならできると思う反面、自分が何か力になれることはなく、余り深く押しはしない。

 結局、壁の外に広がる森にある薬草を取ってきてほしい、という依頼を受けることに決まった。


「おお、この依頼を引き受けてくれるのね。助かるよー! いつもこれを頼みに来るのは足を悪くした婆さんなんだけど、それくらい自分でやればいいって誰も見やしなくてね。たまにあたしが休みを返上して行ってるんだよ。これで次の休みはゆっくりできるわ!」


 快活なおばちゃんがカウンター越しに笑う。

 私たちの依頼をささっと処理し、喋りながら飲み物を作ってカウンターの上を滑らせた。

 すーっと滑っていったお酒は手を挙げたお客さんの前でピタリと止まり、お客さんは親指を立てる。


「あんたたちここの人じゃないだろう。どうする? 今日は泊っていくかい? 一部屋でも二部屋でも空いてるよ」


 お客さんに親指を立て返しながら、おばちゃんは私達に向き直った。

 そのつもりだった私達は当然首を縦に振る。

 一部屋か二部屋で意見が割れたが、同じ部屋のほうが何かと安心押すと、ケフラは観念したように小さな声で一部屋でと頷く。


「あらあらまあまあ!」


 若いって素敵ね、と付け加えたおばちゃんの意図がいまいち理解できぬまま値段を確認する。

 二人で合わせて、一部屋一日銀貨一枚でいいという話だ。

 私は自分のカバンの中を漁ろうとして、ポロクルさんが言っていたことを思い出した。

 私の持っている金貨は貴重で、あんまり人前で出しちゃいけない。

 交換できる場所を教えてもらおうと思っていたんだけど、いざこざがあってすっかり忘れてしまっていた。

 手を止めてケフラのほうを見てみると、穴の開いた袋に銅貨が十枚入っている。

 ポロクルさんが、銅貨十枚で銀貨一枚になると言っていたのを思い出した。


「ん?」


「あれ?」


 安堵して取り出してみてみると、銅貨は八枚。

 あとの二つはただのどんぐりだった。


「なんでお金と一緒にどんぐりが入ってるの?」


 恥ずかしそうに顔を背けたケフラは理由を答えてくれない。

 おばちゃんは腹を抱えて大笑いしていた。


「あっはっは! あんたたち、ほんと面白いね! わかった、今日泊る分はおばちゃんが立て替えておいてあげるよ。その代わり、依頼の報酬から引いておくからね」


 頼んだよ、と念を押されて私達は何度もお礼を言った。

 私達は早速薬草を摘みに出発した。


**************


 ぐるりと都市を囲う壁にはいくつか門があり、私たちが出たのはその中で一番小さい門だった。

 門の外はうっそうとした森に囲われている。


「何か出てきそう」


「おばちゃんが言うには、危ないのはいないって話だったけど?」


 戦いには臆病だけど、こういう時は平気そうな顔をしているケフラがちょっと不思議。

 ただ今は、その落ち着きが安心できる。

 薬草は小さな白い花を咲かせていて、それが目印だと教えてもらっている。

 あちこち探す必要もなく、白い花は思いの外簡単に見つかった。

 

「待って」


 取りに行こうとした私をケフラが手で制す。

 彼が人差し指を唇に当てるのを見て、私も口を手で押さえた。


「誰かいる」


 深く暗い森の奥から、影が一つ現れる。

 背はケフラと同じくらいで、肩幅が広めの若い男の人。

 短めのくすんだ金髪が、右目の上あたりで分けられている。

 彼は周りを見回して誰もいないことを確認すると、木のうろに隠していたケースから何かを取り出す。

 楽器だ。

 ケフラのナギラによく似たものが握られている。

 楽器自体の形や大きさが少し違うのと、右手にもう一本棒を持っているのが大きく違う。


 ピンと張った糸の上に棒が乗って、演奏が始まる。

 小刻みに、小さく風に負けてしまいそうな音色が流れた。

 指先だけで弾いているようなそれは、見方によっては自信がないのかとも思ってしまう。

 じれったくて、もっと聞こうと耳を傾ける。

 でもそれは、聞き手の耳を奪うため。

 次の瞬間、音の表情が大きく変わった。

 膨れ上がった音色はまんまと聞き入った私たちの耳から頭の中に入って、あっという間に心まで奪われる。

 お腹周りのボタンが少し苦しそうな彼の、繊細な動き一つ一つから目が、耳が離せない。

 動きは激しく移り変わり、顔でも楽器を弾いているのかと思うほど表情豊かだ。

 服の袖が大きく揺れ、髪の毛が乱れる。

 でもそんなことはお構いなしに、彼は音との対話を心から楽しんでいた。

 音楽が、大好きだ!

 言葉なんかにしなくても、そう聞こえてくる。

 その気持ちは最高潮を迎えて、今、すべての感情を空高くに打ち上げるようにして演奏が終わった。

 肩で息をして、余韻に浸っているのが遠くからでもわかる。

 木々の隙間から空を見上げて、彼は一礼した。


「すごかったね……あれ?」


 私の隣にいたはずのケフラが、気付けばどこかへ消えている。

 幸いにも、すぐにその姿を見つけることができた。

 演奏が終わった彼の前で、ケフラが頭を下げている。


「僕に、楽器の弾き方を教えてください」

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