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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

おとぎ話の姉のようには…

作者: 津籠睦月

 おとぎ話を読むたびに、納得(なっとく)のいかなかったことがある。

 どうしてヒロインはいつでも“妹”なのだろう。

 どうして“姉”はいつでも意地悪(いじわる)な悪役か、(おろ)かな引き立て役なのだろう。

 たまに“()い姉”がいても、弟妹(ていまい)のためにその身や命を犠牲(ぎせい)にする役ばかり。

 姉はいつでも“脇役(わきやく)”。

 妹の人生の物語を(ころ)がすためにしか存在していない。

 

 世の人々はそんなにも、年下好きばかりなのだろうか。

 一歳でも二歳でも年の若い方を贔屓(ひいき)したくなるのだろうか。

 ――そうとでも思わないと、やりきれない。

 ただ先に生まれただけでヒロイン失格(しっかく)なんて、あまりにも残酷(ざんこく)だ。

 

 自分で選ぶこともできず、気づけば“姉”にさせられていた(・・・・・・・)私は、我慢(がまん)ばかりの人生だった。

 親は我慢を()いる言い(わけ)に、あまりに理不尽(りふじん)な理由付けをする。

お姉ちゃん(・・・・・)なんだから我慢しなさい」「あなたは、お姉ちゃん(・・・・・)でしょ」

 なりたくてなったわけでもないソレが、我慢の理由になるなんて、あんまりだ。

 だったら妹の方にだって我慢をさせなきゃ不平等(ふびょうどう)だ。

「妹なんだから、お姉ちゃんの言うことを聞きなさい」「お姉ちゃんに生意気(なまいき)言っちゃ駄目(だめ)」――そう言ってくれなきゃ、不公平(ふこうへい)だ。

 

 妹が生まれてから、家の中は全て妹中心になった。

 母は妹の泣き声や癇癪(かんしゃく)()り回されて、私の方を見なくなった。

 私には「お姉ちゃんなんだから」と我慢をさせて、()聞いて欲しい話も「後で」にされた。

 妹が赤ちゃんのうちなら、それも仕方(しかた)なかったとは思う。

 だけど妹が成長してからも、何となく出来上(できあ)がってしまった“妹中心”の形は(くず)れなかった。

 

 妹が生まれるまで、幼い私への声かけは「可愛(かわい)いわね」が定番(ていばん)だった。

 容姿(ようし)美醜(びしゅう)と関係ない“小さい子”に対するお世辞(せじ)だと、今では分かっている。

 だが妹が生まれてから、そんな「可愛いわね」ですら、妹だけのものになってしまった。

 姉の私に対する声かけは「可愛いわね」ではなく「(えら)いわね」に変わった。

「妹の面倒(めんどう)を見て偉いわね」「ちゃんとお姉さんしていて偉いわね」――私は「偉いわね」より「可愛いわね」が欲しかったのに……それは“姉”がもらえる()め言葉ではないのだ。

 

 親や世間(せけん)は姉に“責任感(せきにんかん)”や“(えら)さ”を求める。

 ただ可愛いだけの存在でいることを(ゆる)してくれない。

 姉の立場を放棄(ほうき)してマイペースに()()うと「だらしない」と思われる。

 だからと言って、(のぞ)み通り“姉らしく”しても、評価(ひょうか)されるわけじゃない。

 姉が“姉らしく”するのは“当たり前”で、()めることでも何でもないのだ。

 大人たちは()める気もない“姉らしさ”を人に押しつけて、その分自分がラクをしたいだけなのだ。

 

 世間(せけん)では「“妹”は姉のお(ふる)ばかりなのに“姉”は新品がもらえてズルいじゃないか」という声も聞く。

 だけどそれは、親戚(しんせき)や近所や知り合いに“年の近いおねえさん”がいなかった場合の厚遇(こうぐう)だ。

 実際、私は母の友人の娘だと言う、顔も知らない“おねえさん”のお()がりをずっと身に()けさせられた。

 学用品も何年か()つと、デザインや生地(きじ)微妙(びみょう)に変わっていく――それなのに、私だけ周りと(ちが)うものを使わされて、()ずかしい思いもした。

 ただでさえ中古のソレが、私の代でボロボロになるから、逆に妹は新品を買ってもらえていた。

 世間なんて、そんな風に“姉”の実情(じつじょう)を知らないものだ。

 

 おとぎ話の姉たちが意地(いじ)の悪い性格になってしまう理由が、私には何となく想像できる。

 可愛がられる“妹”を眼前(がんぜん)で見せつけられながら我慢(がまん)ばかりを()いられてきたら、性格がねじ()がりもするだろう。

 妹のために“犠牲(ぎせい)”になることを、当たり前のように周囲から望まれれば、自棄(やけ)になりもするだろう。

 だけど世間はそんなどうしようもない“ひねくれ”すら(ゆる)さず「妹にキツく当たるなんてとんでもない」と悪役に仕立(した)てるのだ。

 妹の苦労を見出(みいだ)してくれる魔法使いはいても、姉の苦しい胸の内を見抜(みぬ)いてくれる魔法使いなんて、どこにもいない。

 

 おとぎ話の姉たちが嫉妬(しっと)深く妹を(いじ)める役なら、おとぎ話の妹は心清らかにそれを許す主人公(ヒロイン)だ。

 だけど現実に、そんなことがあるものか。

 実際うちの妹は昔から、些細(ささい)なことで私を(ねた)んだ。

「お姉ちゃんだけ先に小学校に入れてズルい」「お姉ちゃんのスカートの方が可愛い」「お姉ちゃんの(いちご)の方が大きい」

 年齢(ねんれい)やサイズの関係でどうにもならないこともあったし、ただのひどい言いがかりもあった。

 だが、何かにつけてあの子は私と()り合おうとするのだ。

 成長するにつれ、あからさまに文句(もんく)を言われることは少なくなったが――今でも何となく、対抗意識(たいこういしき)を持たれているのは感じる。

 ロクに言葉も(しゃべ)れなかった(ころ)は“可愛い妹”と思えることもあったのに……今ではとても「可愛い」なんて油断(ゆだん)していられない。

 うっかりしていると何もかもを横取りされてしまいそうな、そんな気の()けなさを感じる。

 

 妹だったら無条件(むじょうけん)に「いい子」だなんて、そんなことはあり()ないのに――どうしておとぎ話は、妹を聖女のように描きたがるんだろう。

 本当に嫉妬(しっと)深くて底意地(そこいじ)が悪いのは、果たしてどちらの方なんだろう?

 

 おとぎ話を読むたびに、胸に(ちか)ってきたことがある。

 ――私は絶対“意地悪な姉”になんて、なってやらない。

 妹の役に立つためだけの“脇役(わきやく)”にも、なってやらない。

 おとぎ話が望むままの、妹に(みにく)嫉妬(しっと)して、意地悪して、断罪(だんざい)される役なんて、(だれ)がなってやるものか。

 妹のために犠牲(ぎせい)になって、(はかな)く退場していくだけの役なんて、誰が()ってやるものか。

 悪役も脇役も()(ぴら)だ。

 おとぎ話に望まれない“姉”だって、人生のヒロインになりたいのだ。

 

 (みにく)嫉妬(しっと)するのが“悪役”なら、私はそんな感情(もの)で自分を(けが)したりしない。

 嫉妬するくらいなら、(はな)から気にしない(・・・・・)

 (あの子)の存在なんて、私の脅威(きょうい)でも何でもない――そんな顔をして、生きていく。

 妹が私に張り合って()っかかって悪役気取り(ムーブ)()ますなら、私はそれに乗っかって“心清らかなヒロイン”としてあの子を()なそう。

 おとぎ話が“生まれた順番”で正邪(せいじゃ)を決め付けるとしても、現実はそんなことで配役が決まったりしない。

 自分がどんな役柄(キャラ)を演じるのか――決めるのは、自分自身だ。

 私は、あの子の“姉”というだけの私で終わったりしない。

 ――そう、心に言い聞かせて生きている。

 

 現実にはまだまだ、そんなに人間が出来(でき)てはいない。

 親の無神経(ノンデリ)失言に心がピリついたり、妹の生意気発言に胸がザワついたりはする。

 だけど私はヒロイン気取り(ムーブ)で「許してあげる」と上から目線で微笑(わら)う。

 その方が、怨嗟(えんさ)(あえ)ぐ悪役より、ずっとずっと気持ちが()い。

 

 他人(ひと)は「自分を(いつわ)るな。心に正直に生きろ」なんて無責任(むせきにん)に言う。

 だけど、その“偽りなき正直さ”が、ドロドロの醜悪(しゅうあく)(ねた)(そね)みだと言うなら、私はそんな感情(もの)(とら)われていたくない。

 人間(ひと)には、自分を“高め”に偽ってでも、強がりたい時があるんだ。

 

 人間(にんげん)、油断するとすぐ他人(たにん)嫉妬(しっと)してしまう。

 あの子が私よりずっとずっと優遇(ゆうぐう)されている気がして、(うらや)ましくて(くや)しくて(たま)らない――そんな時も、しょっちゅうある。

 だけどそんな時には、意地とプライドと強がりで、無理矢理()()る。

 “お姉ちゃん”だから我慢(がまん)するわけじゃない。

 私の嫌いな私になりたくないから、踏ん張るだけだ。

 結局“我慢の種類”が変わっただけで、何かを我慢していることに変わりないとしても――幼い頃に絵本で読んで心底軽蔑(しんそこけいべつ)した、あの“悪役”と同じになることだけは、絶対に嫌なんだ。

Copyright(C) 2025 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.


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