表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤果の報せ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩は、赤いレモンを見たことありますか?

 あ、そうそう姫レモンとも称されるもので、メジャーな黄色のレモンに比べると、日本じゃさほど数は多くないとされています。

 香りはサンショウのそれに強いとされ、いかにもかんきつ類な黄色レモンとは、ちょっと異なる印象があるとされているんですね。


 ――ん? なんか伝聞ばかりで信頼性のない言い方?


 そうなんです。私も話に聞くばかりで、まだ姫レモンなるものにお目にかかったことはないんです。

 けれども、赤いレモンそのものになら出会ったことはあります。

 いえ、ちゃんと成ったものばかりか……というと、微妙かもしれませんけれど。これも私にとっては昔にあった、確かな思い出。

 そのときの話、先輩好みの不思議な話だと思うんですけど……聞いてみません?



 私の家は、果物類を日ごろからストックしていまして。すぐに使う野菜類と一緒に入れる棚に、段ごとに分けてすぐ取り出せるようになっています。

 冬になると、みかんやゆずを入れるものでかぐわしくなるんですが、そこにレモンが入ってくるものだから、お鼻にとってはぜいたくなものだったかと。


 で、小さい時の私の特技は、果物の丸かじりだったんです。

 リンゴやキウイとかは、もうガブリンチョのえじきでありまして。みかんやゆずだっていけちゃいます。レモンもばっちりですよ。

 いや、おいしい、おいしくないはこの際、たいした問題じゃないですね。


「自分はこんなことができるんだ。あんたたちにはできないでしょ、へへーん!」


 といったように、「えばる」ことに力を入れていたんですよ。

 どのようなバカらしいことだって、やったもの勝ち、できちゃったもの勝ちですからね。

 いくら煽ってこようが、やらない限りは負け犬で、言葉は遠吠えにすぎません。

 気持ちよさを覚えませんか、その優越感?

 そのプライドを確固たるものにするべく、日々修行を行っていたのですね。


 その日は、レモン特訓のターン。

 学校帰りも早い時間だったこともあり、お母さんも居間でリラックスタイム。台所の棚付近には誰もいません。

 私は、いつもレモンが入っている引き出しを開けます。

 予想と手ごたえの重さどおり、どっさりとした黄色い皮たちが並んでいました。うちは家族そろってレモン風味が好きですからね。補充しそこねによって、底をついたことはあまりありませんでした。


 が、ぽんぽんとお手玉しながら、テーブルへ向かうとちゅうで。

 ほんの少し、指先へしびれがあって、私は手を止めてしまいます。

 握り込んでしまったレモン。その表面は先ほどの明るい黄色から、イチゴを思わせる赤色に変わってしまっていたんです。

「血?」と、目をぱちくりさせる私ですが、その間にレモンは元の色に。念のため、手のひらをあらためても、どこか新しくケガを負った様子はありませんでした。


 見間違いにしては鮮やかすぎる。当然、そのようなものをかじる気にはなれず、引き出しの奥深くへ再封印。

 別のを手に取ってみると、なんともありませんでした。

 それでも警戒は怠らず、いつもは豪快にかぶりつくところを、少し歯を立てる程度にコントロール。用心深く味を見ていきます。

 レモンは、果汁は酸っぱいですが、皮はなんとも「にんがい」ものでしてね。それだけを慎重にかじるわけですから、顔をしかめちゃいますよ、ええ。


 ――え? それは表面に農薬とか、ワックスみたいなものを塗布しているからで、絶対に身体に悪い?


 ふっふーん。こうして私の命がある限り、その手の脅しなど屁でもありませんね。

 仮にお薬天国だったとしても、それに打ち勝つ私、最強伝説ということです! はっはっはっは!


 ――あ、痛い、痛い。猫パンチ痛いです〜。イキってすいませ〜ん。生きていてすいませ〜ん。


 ふうう、先輩からこづかれたのは久しぶりです〜。彼氏にだってこづかれたことないのに〜。これも生きているってことでしょうか。

 まあ、しかし。ひょっとしたら、このレモンの一件で命を落としていたかもしれない恐れに気づくことができたのは、確かですかね。


 このレモン事件以来、私はふとした拍子に触れた果物が、ほんの少しの間だけ朱に染まる現象に出くわすことになります。

 元から赤いリンゴなどは目立ちませんが、他のストックしてある果物たちとかだと、顕著でした。私の触る、ほんのちょっぴりの間だけですけどね。例のちょっとしたしびれと一緒に。

 おかげで、家族に目撃してもらい、信じてもらうのにだいぶ時間がかかりましたよ。

 うっとおしがられるくらい、私が果物たちを手に取るのを見てもらい続けてもらいましたから。


 それにくわえて、もう一点。

 最初に刹那の変色をしてくれた、あのレモンです。

 料理とかにも使われることがないように、と奥へ突っ込んでいたんですが、手前のものを取り出すおりに、ころりと転がってきたんですね。

 その瞬間は、ちょっとしたパニック状態でしたね。なにせ、レモンの表面に黒い「こぶ」のようなものが引っ付いていまして。

「なんだろう」と手に取るや、触れてもいないのに、それが勝手に弾けたんですよ。


 カマキリが葉に植え付けたりする卵嚢のようなものと、すぐに知れました。

 ただ中から出てくるのは、白くて細いカマキリの子供らしき形に限らず、黒ずみながらいかにもおうちに存在を許されない、種々の虫たちの形をした、小粒なものがぞろぞろと……。

 盛大にはたきが振り下ろされ、殺虫剤をまかれた結果、台所出禁の期限一時間といった惨状に。いやはや混乱しましたが、まだ完全に落ち着いていません。


 私の口のことでした。

 果物たちを赤く染めた時のように、指先がかすかにしびれたかと思うと、その感触がたちまち肩を駆けあがってきます。

 勢いのまま、ぐっと私の口をつき、こぼれ落ちてくるのはかの卵嚢から出てきたのと、同じような虫の子供たちだったんです。

 とたん、口内に広がる血の味と強い痛み。

 虫たちを処理してから見る鏡の中では、口の下に並ぶ歯たちのほとんどが血に濡れていたんです。

 ゆすぐと、飛び跳ねたなるくらい痛んで、涙と一緒に新しい血がたちまちにじんでくるほどの深手でしたよ。


 歯医者さんに駆け込んだら、歯茎の血管がやたらめったら傷ついているばかりか、何本かの歯にごくごく小さな穴が開いていたといわれましたよ。

 しかも外から溶けたとかじゃなく、内側からこじ開けたような感じだったとか。

 考えたくもないですが、あの手のしびれと虫たちのあふれ出る様子からして……つまりは、そういうことでしょうね。


 原因ははっきりとはしていませんが、それ以降、私は丸かじりを控えるようにしています。

 レモンたちが犯人なのか、命の恩人なのかはかりかねるのもありますしね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヒェッ、寄生されてたってことですかね……。 その時の感触とか、一生忘れられないトラウマになりそうです。その後、加工品とかなら大丈夫かもですが、生食は避けちゃうかもです。 姫レモンなんてあるん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ