六話 ダンジョンでのサプライズ
買い物を済ませ帰宅していると、ファルンがふと思い出したかのように「ダンジョン」と言った。気になった俺は追求してみることにした。
「ダンジョン?」
「そうだ。ここの外れから怪物が出て来ているのは知っているだろう? 時にはそいつらを討伐することも必要だと思うが」
ダンジョン。ハイネストの外れにある洞窟に潜ると、階層が分かれた広い空間があることからそう呼ばれることになった場所。“天”と“地”に分かれており、上に行くか下に行くかでモンスターもドロップアイテムも大きく違う。
「中には縛りプレイなる物を楽しんだり、逆の装備で立ち向かう猛者もいるみたいだ」
縛りプレイや逆装備でのダンジョン攻略はギルドが上級者向けに設定したクエストである。なんでも、「俺は怖くない階層以外は全て攻略したぜ!」という冒険者が現れたためだとか。
「マスターしてないくせによくそんなふざけた口聞けるぴょん」
レイルの言う通り。だが、そんなこと初めて聞いた俺はなんだか興味が湧いてきた。
「昼食べたら行ってみるか」
「いや、このまま行くぞ」
ファルンは食欲を無視して行動する気だ。そんなファルンにレイルは文句を言った。
「一日三食は原則ぴょん。あと」
レイルは息を長く吐いてファルンに訴えた。
「荷物の一つや二つくらい持ってくれませんかねぇ!」
「お前仲間出来たのか!? よかったじゃねぇか真っ黒野郎!」
「痛いって。まあ、そうだな」
エイシャに頭を強く叩かれた。
「で、今日はなんだ」
「ダンジョンに行こうと思ってる」
その言葉にエイシャは目を丸くして驚いたと思うと、台を叩きながら笑い始めた。
「なにがおかしい」
「なにって、お前がダンジョン行くのかよ。だって、ははっ、前じゃ役立たずって言われてたのに……ふはっ」
勇者パーティーにいた時のことだ。あまり思い出したくないことをエイシャは平気で思い出させてくる。
カッとなったが、レイルの冷たい目線がヨイヤミの高ぶった心を落ち着かせた。
「それで。行き方とか分かるのかよ?」
「わかる」
そう言って前に出たのはファルンだ。
「……専門家さんよ。初心者に教えてやってくれ」
「心得ている。生きて返すよう尽力する」
互いに見知ったかのようなやり取りをしたあと、そのままダンジョン攻略の受付を済ませる。
「装備くらい整えて行けよ。行った奴が死んで帰って来ることだってまれじゃねぇから」
エイシャなりの警告だろう。口は荒っぽいが、心配している様子もある。それだけ危険な場所に足を踏み入れるということなんだと、俺は理解した。
「行ってくる」
「おう。……ちゃんと帰って来いよ。寂しいから」
最後の言葉は聞こえなかったが、レイルだけは手を振り返していた。
「ここだ」
いかにも、といった感じの入口。ファルンは俺達を無視してダンジョンに入る。俺達も慌てて追いかける。
「おお……!」
「きれいぴょん……!」
ダンジョンの中は水晶や宝石と見間違えるほどきれいな輝きを放っていた。だがファルンは迷わず上の階段を上っていく。どうやら天を選んだようだ。
「なあ、せめて内容くらい教えてくれよ」
ファルンは緒の言葉を無視して上り続ける。
「ダンジョンの中で油断は禁物だ。一階層だからといって甘く見ていると死ぬぞ」
死。その一言が、俺の気持ちを引き締めた。
「着いたぞ、一階だ」
広々とした空間が目の前に広がる。“天”の一階に到着した。ヨイヤミはナイフを構え、レイルはハンマーを、ファルンは刀を引き抜いて周りを警戒する。
しばらく経っても何も起こらず、ヨイヤミの気が緩んだ瞬間
「シャアアアアアッ!」
「……!」
陰からヨイヤミに飛びかかるウサギに気づいたレイルは、ハンマーでウサギの頭を殴る。ウサギは動かなくなった。
「ファルンの言う通り、油断したらどうなるかわからないぴょん!」
「気を抜いたな。男なら少しは役に立つと思ったが」
辛辣な言葉が俺の胸を抉る。改めてナイフを構え周囲を見渡す。
(俺だってやれるんだよ。俺だって。でも、あのウサギどこにいやがる……!)
愚痴をこぼしながらも周囲の警戒を怠らないように気を付ける。だが、下を見ていなかった。ファルンの刀が俺の陰に刺さると、
「グギャアアアアッ!!」
黒い煙のようなモンスターが俺の陰から出て来た。
「はあ!? そんなのありかよ!」
「あるに決まってるぴょん。大体、サポートされて戦うなんておかしいぴょん!」
「兎の言う通りだ。あの冒険者のようになりたくなければ、お前は私達の後ろにでも隠れていればいい」
ファルンの目線の先にあるのは骨になった冒険者。下手をすれば自分も仲間もあのようになるという恐怖が俺を襲い、動きが止まる。
がら空きの俺を狙うようにウサギと煙のモンスターが襲いかかる。
「小さいのは任せろぴょん!」
「ああ! 私は煙の方を!」
レイルがウサギを叩きファルンの刀が煙を斬る。ウサギは動かなくなったが、煙はあざ笑うように動いている。
「ファルン! 名前くらい教えて欲しいぴょん!」
「ウサギはシャドウラビット、煙はシャドウスモーク。これでいいか!」
「対策は、これっ!」
ハンマーに天井から少し差し込む光をシャドウスモークに反射させると、煙の中にうごめく肉の塊を見つけた。ファルンはそれに刀を振るって切り捨てた。
「ふっ!」
シャドウスモークは半分に斬られた肉塊を残して消えた。
刀を鞘に納め次の階へ上るファルン。レイルは俺をちらりと見たが、ファルンが気にするなと言わんばかりの目線をしているのに気づき、申し訳なさそうに後を追った。
「…………」
一人残された俺は、どうしたらいいかわからなかった。戻る? いや、エイシャに笑われたくない。引き返す? それはレイルとファルンを見捨てることになる。
確かに俺はダンジョン経験者だ。だが、勇者パーティーにいた時はおとりかアイテムの回収担当だった。
そのため、実戦は経験がないに等しい。自分を変えられるチャンスだと思ったのに……。
「行き倒れか?」
「大丈夫ー?」
声の聞こえた方向へ振り返る。
こい、つらは……。
俺を追放した勇者パーティーだった。
「久しぶりだな。ヨイヤミ」
そう言う男はリーダー、楠柊人。勇者。黒髪の短髪長身。どこにでもいるようなイケメン。
「…………」
目を伏せる女は副リーダー、弥生坂蓮。僧侶。小柄で童顔。黒髪。出るとこは出ているが、頭が切れる。
「……ま、また会ったわね」
いかにもツンケンしてそうな金髪女は日走帆乃香。魔術師。文句が多いがとにかくなんでもやってくれる。
「誰ですかこの人? 皆さんの知り合いですか?」
……誰だ? ヨイヤミは首を傾げた。格闘家は男だったはずだが。勇者、柊人に尋ねてみた。
「なあ。あいつはどうした」
「あいつ? ああ、大河か。あいつは――」
ヨイヤミの耳に飛び込んできたのは、非情な言葉だった。
「あれが、大河だよ」
ファルンがああはなりたくないだろうと言ってヨイヤミに見せた冒険者の亡骸。あれが元勇者パーティーの一人、大河だった。
「…………」
「俺達は大河の行動を止められなかった。そのせいで、大河は死んだ。過信してたんだよ、ダンジョンを」
「私達は新しく入ってくれる格闘家を募集した。そうしたら、この子が入ってくれたの」
蓮に連れられた背の小さい女がヨイヤミにぺこりと頭を下げる。
「羽場小峰です。よろしくお願いします」
俺は壁を背にして座る。
「俺達、先行ってるからな。追いついたら協力してくれよ」
勇者パーティーは階段を上って行った。
「…………」
(気を抜いたな。男なら少しは役に立つと思ったが)
(あの冒険者のようになりたくなければ、お前は私達の後ろにでも隠れていればいい)
ファルンの言葉が重くのしかかる。エイシャの言う通り、俺は役立たずだ。
拳を握りしめ、怒りに身を任せ壁を叩く。ポロポロと土がこぼれ、更に惨めな気分にさせる。
「俺は……なんでこうもっ、なんで、っ……なんでなんだよぉっ!!」
叫ぶ。我慢していた涙が頬を伝い地面を濡らす。そんな俺の声に答える者は、誰もいない。
「兎。今日はここまでにしよう」
「わかったぴょん」
ファルンとレイルはいつの間にか仲良くなっていた。戦いを共にしたということもあるが、レイルの勘の良さにファルンが感銘を受けたのが大きい。
レイルがアイテムを回収している時、戦いの際ファルンに聞けなかったことを聞くことにした。
「ファルンはヨイヤミのこと、まだ疑ってる?」
「当然だ。何も出来ないような奴が、土壇場で見せたこともないような力を発揮することがある」
「そんなこと……。あ」
レイルは思い出した。ヨイヤミが森を更地にしたような気がすることを。
「森を更地にしたことあるぴょん、あいつ」
「森を更地に?」
「そうぴょん。詳しく覚えてないけど……」
腕組みするファルン。レイルはアイテムを袋に入れて立ち上がった。
「まあ、気にする必要ないぴょん。そんな力があればとっくに使ってるのに使ってないから」
「……そうだな。戻るぞ」
“天”の五階層まで攻略した二人は、未だ一階で待っているヨイヤミを迎えに行った。だがヨイヤミの姿はどこにもなく、ファルンは家に帰ったのだと思った。
「ただいまー……ヨイヤミ?」
レイルの返事に誰も答えない。ファルンが明かりをつけてもヨイヤミの姿は見えなかった。
二人はヨイヤミなら無事に帰って来ると思い、夕飯を食べて眠りにつくのだった。
“地”の五十階層にて。
ヨイヤミはワンダフルドラゴンを討伐し、スーパーレアアイテム『元素の輝き』を手にしていた。
それは手のひらに収まるほどの大きさながら、強い七色の輝きを放っている。
「…………」
意識が戻る。最初に目にしたのは、血まみれの竜。次に、アイテム。そして、あの声が聞こえてくる。
(お前がその気になれば、この世界の破壊も容易に出来る。なぜ、お前は身を委ねない?)
「俺は…………」
(お前が決めろ、ヨイヤミ。世界か、仲間か)
「…………」
翌日。ヨイヤミはダンジョンの入口で倒れていたところをギルド本部から送られた精兵部隊に発見、保護された。
部隊によるとヨイヤミの体はモンスターの返り血で真っ赤に染まっており、ダンジョン内部は酷い有様だったという。