四話 復讐の女剣士1
眼前に広がるのは、炎と人間。倒れた人間の体からは肉が焦げる匂いがする。豚や牛のようないい匂いではなく、酷い異臭がした。
リネールは闇によって滅んだ。生き残ったのは、幼い少女ただ一人。家族も、友も、帰る場所も失った少女が辿り着いたのは、レウシア大国だった。
それから数十年の時が経ち――
「…………」
広場にて。弓兵五人と一人の女が向かい合うように立っていた。
「よーい……」
人型の亀の声に合わせて弓が引かれていく。女の方は精神を統一するために目をつむっている。
「放てっ!」
声に合わせ、矢が女に飛ぶ。
カッと目を開いた女は刀を抜き、飛んできた矢を半分に斬った。その後も矢を斬り続け、終わった時には全ての矢が半分に斬られ地に落ちていた。
「ふぅ……」
細く息を吐いて刀をしまう。パチパチと拍手が聞こえた方向へ顔を向けると、人型の亀がこちらに歩いてきた。
「素晴らしいですな。これならレウシア国王の用心棒となれるのに」
その質問に対し女は答えた。
「私はそのようなことをしている訳にはいかない。一刻も早く闇を見つけ出し、この手で斬らなければならないからな」
声には、どす黒い復讐の感情が渦巻いているのがわかる。全身から溢れ出る殺気をもろともとせず、人型の亀、長老は女にアドバイスをした。
「ハイネストへ行くのがいいですぞ」
聞いた事のない場所に女は首を傾げた。
「そこは、どういう場所?」
「あなたにお似合いの場所ですぞ、ファルン様」
女、ファルンはすぐに広場を後にしてハイネストへ向かう準備を始めた。服兼装備の和服を着て、腰に日本刀を帯刀した。長い髪はポニーテールにまとめ、一応鏡で確認する。
赤と白を基調とした和服は装備寄りのため服に見えているか心配だったが、大丈夫そうだ。ファルンは見送りを断ってハイネストへ向かった。
「……ここに、闇がいるのか」
本部に教えてもらった家に着いた。こんな広い家だ。護衛の一人二人いると思っていたが、誰もいないようだ。
「…………」
近くの窓から様子を伺う。兎人と人間が一緒のベッドで寝ている。玄関から侵入する。靴を脱ぎ、揃える。見たところスリッパはない。新品の家の床を汚してしまうのは気が引けるが、それより大切なのは闇を殺すことだ。
「…………」
忍びの足運びを利用してファルンはベッドに近づいた。右足の太ももに仕込んでおいた針を取り出す。
「…………!」
覚悟を決め、人間に刺した。が――
「誰だ。貴様」
「!」
針が折れる音と同時に恐ろしく低い声が聞こえ、慌てて飛びのくファルン。闇だと直感で理解したファルンは折れた針を捨てて刀を抜いた。そしてベッドから起き上がった人間、ヨイヤミに向かって言い放つ。
「覚悟しろ。お前は私が斬る!」
「……何を言っている。下等な存在が、俺に触れることも許されていないというのに」
「……?」
その言葉にファルンの思考が一瞬だけ静止した。瞬間
「ぐ、ああああああああああっ!」
ファルンの脳におぞましい感情が流れ込む。
「ああっ、ああああああああああああああああああああっ!!」
刀を落とし、のた打ち回るファルン。ヨイヤミはその様子を冷めた目で見つめていたが、ファルンの首を片手で持つとそのまま絞め上げた。
「くっ、が、ああ……ッ」
ファルンは死を悟った。でも、これでようやく仲間と会えることに感謝もしていた。身を委ねようと思ったその時
「……貴様を殺しても面白くないな」
ヨイヤミはファルンを手放し、椅子に座った。
「げほっげほっ、かはっ……なにを、貴様……」
床に叩きつけられた衝撃と首を絞められたことによる痛み。そして脳への負担で正常な判断が出来ないファルンがヨイヤミに問いかける。
ヨイヤミはファルンの方に見向きもせず答えた。
「今殺しても、面白くないと思っただけだ」
「きさ、ま……ッ」
ファルンは倒れて動かなくなった。椅子から立ち上がったヨイヤミは、ベッドで寝ているレイルを見下ろす。
「貴様も、俺の中の飢えを満たせるのか?」
そう言ってレイルの細い首に手を伸ばしたが
(…………お前のような小娘は、殺す価値もない)
そう結論付けたヨイヤミは、ベッドで寝始めるのだった。
「ん、っ…………」
混濁した意識から戻って来たファルンは改めて周りを見渡す。
「起きたぴょん」
「おう」
状況が上手く掴めない。なにがどうなっているのかわからず、意識を手放そうとする。
「床じゃ痛いよな。こことことで、っと……」
首筋と膝の辺りに手が滑りこんでいく。ヨイヤミがお姫様抱っこをしようとしていることに気づいたファルンは暴れ出した。
「触るな! 不埒もの、変態、節操なし!」
暴れたせいで逆に目が覚めたファルン。立ち上がると近くの椅子へ座った。
「はぁ……。私は、なんでここにいるんだ?」
ヨイヤミもまた椅子に座る。図らずとも向かい合わせになってしまったが、ファルンにはどうでもいいことだった。
「私は、闇を追って、それで、ここに……」
ぼんやりとした記憶が鮮明に思い出されると同時に、ファルンはヨイヤミの胸倉を掴んで床に叩きつけていた。
「貴様か! 私の村を、リネールを滅ぼした闇は!? 答えろ!」
「まっ、て。何のことだよ!?」
「黙れ!」
ヨイヤミの頬に鋭い痛みが走る。ファルンが馬乗りになりヨイヤミを殴ったのだ。ファルンはその身に纏う殺気を更に強くして、誰も寄せ付けないようにしていた。
「貴様だけは、殺す。ここで、ここでえええええっ!」
「ぐふっ!」
二発、三発と殴られるたびにヨイヤミの頬が青く変色していき、血が飛び散る。ファルンから溢れ出る殺気の強さに、レイルも動けなかった。
「はあ、はあ、はあ……覚悟しろ」
いつの間にか手元に引き寄せていた刀の切っ先をヨイヤミの心臓へ向ける。
「このためだけに、私は生きて来た。お前に復讐する機会を待っていた……。リネールを滅ぼした闇はここで、殺す。新たな闇を生まないためにっ!」
ファルンはヨイヤミの心臓を目掛けて刀を差し込んだ。
「ぐあああああああああああっ!!」
「死ねっ、死ねええええええっ!!」
心臓を抉るように刀を体内でかき回していく。ヨイヤミは痛みでのた打ち回っていたが、そのうちピクリとも動かなくなった。
「…………死んだか」
刀を引き抜いてファルンは血を払った。勢いが良すぎたのか、レイルの頬にまで血がついてしまう。
ファルンはレイルを気にする素振りは見せず、靴を履いて出て行った。一人残されたレイルは、はっと我に返った。
「…………人間?」
ヨイヤミから、血が溢れている。さっきまでベッドで寝ていたはずの男が、血まみれになっている。無意識にスキルを発動していたレイルは、状況を理解するのに時間がかかった。
「人間、起きろぴょん! しっかりするぴょ……ん」
血が、広がっている。止まることを知らないそれは、レイルの足元も染めていく。
「なんで、ヨイヤミ。起きろ、起きろよっ! 聞こえないのかくそったれがぁっ!」
思わず怒鳴ってしまうレイル。そんなことを言っても意味がないのはわかっているのに、口が勝手に言葉を紡いでいく。
「どうするんだよこれから! 一人でやれっていうのかよ! 無理だって! 無理だよぉ……」
レイルの目から涙がポロポロとこぼれ落ちていく。レイルはヨイヤミが息を吹き返すことを信じて呼びかけ続けるのだった。