表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/78

再び相王子

才能の多寡が問題なのではなく、過程や結果に喜びや楽しみを見出せないことが問題だ。

ここは、相王子の中央病院。


自分たちが、ここに“いる”という事実。


その意味を、三人は言葉にせずとも理解していた。


主任教諭、教諭、養護教諭。

三人は、特別治療室の三床に、それぞれ身体を預けている。


沈黙が、重い。


「……はぁ」


養護教諭が、わざとらしくため息をつく。


「私は女性なのに、どうしてこんな暑苦しい男どもと同室なのかしら」


だが、その声音に、いつもの棘はない。


ただ――逃げているだけだ。


主任教諭は、天井を見つめたまま、動かない。


思い出している。


いや――


“繰り返している”。


自分たちは、何もできなかった。


一撃も、届かなかった。


だが――


あの人だけは違った。


互角。


いや、それ以上。


確かに、あの領域に立っていた。


「……」


ゆっくりと、拳を握る。


もし。


もし、自分たちがいなければ。


もし、あの瞬間――


自分たちに割いた力を、そのまま敵に向けていれば。


「……っ」


喉が詰まる。


「どうして……」


小さく、漏れる。


「どうしてだ……」


分かっている。


分かっているのに。


「どうして……っ」


涙が、止まらない。


あの人は――


そういう人だ。


だから。


だからこそ――


「……っ」


自分たちは。


その人を、死なせた。


「天地回送」


あの人の、切り札。


精神世界であろうと、拘束下であろうと、関係ない。


指定した場所へ、確実に“送る”。


その代償は――


術者の命。


歴史上、数人しか確認されていない、禁忌の言霊。


使えば、必ず消える。


だからこそ、研究も進まない。


だからこそ――


確実な“最後の手段”。


自分たちがここにいる。


それが、何よりの証明だった。


あの人が、もう――いないという。


「……」


沈黙。


その沈黙を、


そっと、ほどく声がある。


「熱くなってるねぇ」


校長だ。


いつもの軽い調子で言う。


「熱さは必要さ。でもね」


少しだけ、真面目な声になる。


「それ以上に、冷静さが必要だって」


間を置く。


「あの男なら、そう言うんじゃないかい?」


「……」


主任教諭は、ゆっくり目を閉じる。


「……すみません」


声が、震える。


「私にとって、あの人は……」


言葉を選ぶように、続ける。


「たった一人の、人生の上司なんです」


「……」


「クソみたいだった自分を、引き上げてくれて」


「認めてくれて」


「叱ってくれて……」


一瞬、息が止まる。


「……でも」


涙を拭う。


「そうですね」


小さく笑う。


「きっと言いますね」


「……カッコつけろよ、って」


「……」


「うぅ……っ」


隣の教諭が、鼻をすすりながら拳を握る。


「必ず……仇は……」


しゃくりあげながら、


「うつっす……!」


「やれやれ」


校長が、肩をすくめる。


「本当に、甘ちゃんばかりだねぇ」


だが、その目は――


優しい。


「あの男の部下らしいよ」


小さく、笑う。


「……大甘男だったからねぇ」


少しだけ、遠くを見る。


「でも――いい男だった」


「ちょっとちょっと」


養護教諭が、すかさず口を挟む。


「どさくさに紛れて、愛の告白はおやめくださいな」


冷ややかに言いながらも、


その目は、どこか必死だ。


「油断も隙もない狸姫ですこと」


「何をほざくか、この女狐」


校長も、即座に応戦する。


「この際だから言っておくよ」


ニヤリと笑う。


「あの男は、私のものだ」


「盗人猛々しいとはこのことですわね」


養護教諭も、負けない。


「生涯を共にするのは、私ですわ」


「あなたとは、生きる世界が違いますの」


「……は?」


校長の目が細くなる。


「その“生涯”とやら」


一歩、踏み込む。


「そのあんたが、死なせたんだろう?」


空気が、凍る。


「……」


養護教諭は、静かに目を伏せる。


そして――


ゆっくり、顔を上げる。


「ええ」


はっきりと。


「生涯を遂げるのは、本当ですわ」


「……?」


校長が、眉をひそめる。


養護教諭は、静かに言う。


「私の能力」


「今日この日のために、あったのだと」


「……本気で思いましたもの」


「……!」


校長の表情が、変わる。


「……まさか」


声が、低くなる。


「あんたの、あの“使えない能力”……」


「間に合ったのかい?」


「失礼ね」


薄く笑う。


だがその瞳は、真剣だ。


「ええ、そうよ」


一歩も引かずに言い切る。


「『天地回送』が発動する、その瞬間」


「――私の言霊を重ねたわ」


静かに、告げる。


「『万に一つの生命の欠片』」


空気が、震える。


「死んだ人間に、一度だけ」


「瀕死でもいい、“生命を戻す”能力」


「成功確率は、万に一つ」


微かに笑う。


「でもね」


その目は、揺るがない。


「信じるのよ」


一言。


「あの人なら――」


息を吸う。


「必ず、生き延びるって」


「……っ!」


教諭が、飛び起きる。


「マジっすかマジっすかマジっすか!!」


涙と鼻水ぐしゃぐしゃで叫ぶ。


主任教諭も、言葉を失う。


「……」


沈黙。


だが今度の沈黙は――


違う。


絶望じゃない。


“火”だ。


「……行かないと」


主任教諭が、呟く。


「ええ」


養護教諭が、頷く。


「早く、あの人のもとへ」


だが――


その瞬間。


二人の男は、


同時に――


バタリと、倒れた。


「……は?」


「……ちょっと」


養護教諭が、呆れた顔で見下ろす。


「回復もしていないのに、感情だけで立ち上がるからよ」


校長も、ため息をつく。


「全く……」


二人は、顔を見合わせる。


そして、同時に思う。


――男って、本当に。


面倒で。


単純で。


でも。


だからこそ――


嫌いになれないのよね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ