最強の遺伝子を受け継いだ亞人の勇者
「獣人剣士は前衛で敵に反撃の隙を与えるな!
エルフの魔法使いはその間に最大火力の攻撃魔法を準備だ」
魔王に斬りかかる獣人、勇者の指示通り全力で雨のような斬撃を与えていく。
エルフは杖を頭上に掲げて高速詠唱を始める。幾重にも重なった魔法陣が上空を埋め尽くしていく。
「最後の一撃は、この勇者に任せろ!聖剣エクスカリバーでトドメを刺す」
激しい戦いが続く中エルフの準備が整った。
「よし、獣人剣士一旦離れろ!魔法使い叩き込め!!」
獣人が離れるのを確認し、エルフが最大出力の魔法を放つ。
幾重にも張り巡らせた魔法陣から放たれるエネルギーの塊は上から下に、それを通過する度に巨大化していく。
やがて一本の柱のように集約され、光となって魔王に降り注ぐ。
一瞬辺りは真っ白な光に包まれた。
次の瞬間、弾けた光から地響きとともに大きな爆発音が遅れてやってきた。
あまりの高音に周囲の岩が溶け出す。
爆風で皆まともに立てない。
「これならいくら魔王とはいえ、只では済むまい」
爆煙の中から現れたのは全身に傷を負い、ボロボロになった魔王の姿だった。
「オ、オノレ…勇者ヨ、許サン。貴様ダケデモ道連レニシテクレル。」
最後の力を振り絞った魔王から黒い丸い塊りが放たれ、勇者へ迫る。
あまりの邪悪な球体に触れればどうなるか皆が直感した。
勇者の反応速度では回避出来ない。
その時
勇者の身体が弾き飛ばされる。黒い球体は弾き飛ばした対象を掠めた。
「勇者様、今です。魔王にトドメを!」
刹那に聖剣から放たれた光で魔王の身体は2つに裂けた。
「我ガ憎シミノ炎、簡単ニ終ワルト思ウナヨ」
そう言い残し、魔王は塵のように消えた―。
達成感に酔いしれ歓喜するする勇者を尻目に、獣人に走り寄るエルフ。
怪我の具合を確認するも、一目で治癒の効かない呪物であることは理解出来た。
「これから国王に報告に向かう、お前たちも一緒に来るか?」
興奮気味に話す勇者の目には、獣人剣士の危機的状況は映っていなかった。
2人は勇者に感謝を伝え、それから別れを告げた。
程なく2人はエルフの里に戻り、長老に助言を求めた。
そして、ありとあらゆる文献を読み漁るが治療法は見つからなかった。
たった一つ、分かったことは残された時間があと僅かという事だけだった。
思い返せば苦しい旅路だった。
最強と言われた2人の剣士と魔法使い。
皮肉にも魔王を倒せる唯一の武器である聖剣は人族に与えられ、その者は勇者と言われた。
最後の一撃まで勇者の力に頼る事なく戦って来た2人の間には種族を越えた絆が、それ以上の物が芽生えていた。
「すまない、剣士。私の力ではどうする事も出来ない。何か私に出来る事はないか?」
俯き、震えながら謝る魔法使いの小さな手を、床に伏せる獣人の大きな手で握りしめる。
「魔法使いよ、どうか謝らないで、悲しまないでおくれ。ずっと1人で過ごして来た私に、あなたは初めて出来た大切な存在だ。
こんな私でも愛してくれた。それが堪らなく嬉しかった。生きてきて良かったと心から思えた。
いつか、あなたと家族になり子供が産まれ、2人でゆっくりと老いて行きたかった。」
エルフの魔法使いは、その大きな手を力強く握り返す。
「なぁ、剣士。それはお前だけの夢じゃ無い。私の夢でもあるのだよ」
「ありがとう…ありがとう魔法使い、私は…子供が欲しい。愛されなかった私を愛してくれる存在が現れた。ずっと家族に憧れていた。私は父になりたい」
悲しみの中であったが、2人は温かな気持ちに包まれていた。
外は雪が降っている。季節はいつの間にか冬になっていた。
長い冬が終わり、季節は春になっていた。
エルフの里に1人の女の子が産まれた。
産まれたばかりの赤子には信じられない魔力が備わっていた。里の長老達も驚きを隠せなかった。
父の顔を知らないその子は、母から大きな愛情を受けて成長していく。
これは勇者と呼ばれた1人の少女、最強の遺伝子を受け継いだ、エルフと獣人の子供の、始まりの物語である。
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