初めての友達。 ……友達?
『おかあさん!!見てっ!」
『まあ綺麗な花束! カナタが作ったの?」
『うん!!』
辺り一面が緑に包まれた森。
中心の花畑で小さな男の子と大人の女性が楽しそうに語らっている。
その光景はどこか神秘的で、まるで他者の侵入を許さない固有の世界が出来上がっているようだ。
『お母さんにあげる!!』
『あら、こんな素敵なプレゼント……お母さんとっても幸せよ、ありがとうね。でも、あまりお母さんばかりいい思いしちゃうとレイカちゃんに怒られちゃうわ』
『えぇ!どうしよう……』
『ふふ、冗談よ。でもレイカちゃんにも作ってプレゼントしてあげなさいね』
『う、うん!!いまからつくる!!』
何とも平和で、そしてどことなく懐かしく感じるこの光景に、俺は安らぎを感じていた。
ーーーーーー
「ん……あれ」
目が覚めた俺がいた場所は自室のベットの上。
時間は午後5時くらいだろうか。
窓から差し込むオレンジの光がギラギラと眩しい。
先ほどまで見ていたのは夢?
にしては妙にリアリティがあったし、あの子供……俺と同じ名前だった。
もしかして、俺が見ていたのは過去の記憶?
……。
いやいや、考えすぎだよな。
母親っぽい人の容姿は黒髪ロングの和装で、うちの金髪洋風な母親とは対照的だったし。
「カナタ……さん!?」
「え?」
名前に反応しふと隣を見ると、見覚えのある金髪の少女が座ってこちらを見ていた。
その表情は驚きから徐々に安堵に変わり、真っ直ぐに俺を見つめるエメラルドの瞳からは透き通った水色の粒が滴り落ちる。
「よか……った。いきてる、ちゃんと生きてますわ……!」
「え、ちょ!?」
「とても、とても心配したんですのよ!!! 魔法で傷口は塞ぎましたがもう1週間も寝たきりで、もしかしたらこのままずっと……うぅ」
「わ、ご!ごめん!!」
……そっか、確か俺、眼帯男との戦闘のあと気を失って倒れたんだ。
今こうして自分の家にいるってことは、きっと彼女が助けてくれたのだろう。
「ありがとね。わざわざ俺のためにここまで親身に心配してくれて」
「何を言ってるんですか、むしろお礼を言うのはわたくしの方ですわ!あなたにはもう、わたくしの一生かけても恩を返しきれません。両親から聞きましたが、わたくしのために死の恐怖を顧みず依頼を受けてくださったのでしょう? 本当に、本当にありがとうございました……!!!」
「そ、そんな!頭をあげて!とりあえず君が無事でよかったよ」
「……君じゃないですわ。わたくしはリアリー=リンスレアと申します。どうぞわたくしのことは気軽にリアリーと呼んでくださいまし」
「ごめんごめん。俺はカナタ……ってもう名前は親から聞いて知ってた感じかな? よろしくねリアリー」
「はい!よろしくお願いしますわ。あ、今ご家族の方をお呼びしてきますね。少々お待ちくださいまし!」
リアリーはパタパタと小走りで部屋を出ていき、
その後数分とたたないうちに勢いよく扉が開かれゾロゾロと大勢が押し寄せる。
「お兄様!!!! よかった、ご無事で本当によかった……!!」
「ああ私の大切な大切なカナタ。本当に生きてて良かったわ。うぅ〜!!!」
シャルルと母は俺に飛びつき泣き崩れる。
あはは……涙で俺の服ベチョベチョだ。
というか母さん抱きしめる力強い!あとなんか今首筋を舐められた気がするんですが!?
「カナタ、目を覚ましてくれて本当に良かった。まだ子供なのに恐怖に屈せず戦ったお前を、父さんは本当に誇りに思うぞ。よく頑張ったな」
普段オドオドしながら話す父が、穏やかな笑みで俺の頭を撫でる。
ああ……俺、こんなにもこの家族から愛されてるんだ。
元の世界にいたときの俺は何をやっても普通だった。
テストもほぼ平均点、運動も人並み、並外れた特技なんかない。
そのため両親から特別に褒められる記憶がなかった。
まあ怒られた事もなかったんだけど、なんていうか、親が俺に関心を持ったような素振り自体が無かった。
だから家族に対してあまり強い絆を感じたことがなく、都会で1人暮らしを始めた後帰省もほとんどしていない。
そんな冷め切った俺の心に、この家族の愛情が深く染み込んだ。
「失礼、ちょっといいかな」
群がるランカスタ一家の背後で控えめに立っていた2人の夫婦が、俺の元に歩み寄る。
どちらも俺の両親と同じくらいの年齢で、清潔で高級感のある服を身に纏っている。
「私はリアリーの父ジャード、こっちは妻のトーラだ。この度は命を落とす危険を冒してまで娘のリアリーを助けてくれて本当にありがとう」
「リアリーは私たちの宝物です。カナタさんには本当に感謝しております」
言葉以上に2人の表情からは感謝の気持ちが溢れていた。
ここまで面と向かって感謝されると少し照れるな……
けど、リンスレア一家の幸せを守れて本当によかった。
「いえいえ。ランドロスさんからお話を聞いて、お二人がリアリーさんを本当に大切にしていると感じ、いてもたってもいられませんでした。俺自身も家族は宝物なので」
「…クロード、素晴らしい息子をお持ちになったな」
「ありがとうございます。カナタは私とジェシーの自慢の息子です」
ーーーーーー
両親の提案で、今夜は両家揃って会食をすることになった。
もっともリンスレア一家はこの1週間ずっとうちに滞在しながら俺の回復を待っていてくれて、
特にリアリーはつきっきりで俺の看病をしてくれたらしい。
希少価値の高い治癒魔法を使えるリアリーは、クインハート王立魔法学院の高等部とか超エリート魔法使いかと思っていたが、
実際には嫁入り修行の教育に特化したクインハート王立女学院の生徒で魔法は専門的に学んでいないらしい。
しかし負傷者に癒しを与える治癒の魔法に興味をもって独学で勉強し、長い努力の末に適性を得たとのことだ。
彼女の治癒魔法がなければ、俺はこうして生きて家族の元へ帰ることが出来なかっただろう。
俺も彼女に命を救われたんだな……
「ところでカナタくんは今中等部最終学年なんだってね。やっぱりこのまま高等部に進学するのかい?」
「いえ……。正直なところ今はまだ考え中です」
「カナタ、学費のことは考えなくていいからな? 私もジェシーもお前とシャルルの幸せが一番の望みだから。やりたいことをやりなさい」
「ありがとう父さん。でも俺、どちらかというと魔法より武道の方が向いてる気がするんだ。それに俺はもっと強くなりたい。この大切な家庭を守るためにもっと」
この世界では人々の武装が許される。
今回のような出来事がいつまた起こるかわからないし、魔法が使えない今はとりあえず身体だけでもしっかり鍛えて、基礎体力を向上させておきたい。
「そうか、そうか……! お前は本当に、うううぅ!!!」
「あらぁ……私もう惚れ死にそう。カナタ、今夜は一緒に寝ましょうか? 身体を鍛えるの手伝ってあげる」
……。
とりあえず、母さんのちょっと意味深なセリフはスルーしておく。
「カナタくんは本当に立派なのね。うちのリアリーのことも一生守ってほしいわ〜」
「なっ……おおお母様!?何を仰っていらっしゃいますの!?」
それまでお行儀よく食事をしていたリアリーが、トーラさんの突然の一言に驚いて、
手に持っていたスプーンを落とした。
「おお、それは名案だ!よかったなリアリー、女学院でみっちり嫁入り修行した甲斐があったぞ!」
「確かにリアリーさんのようなしっかりしたお嫁さんがいてくだされば、お兄様ももっと普段気を引き締めて生活するようになりますしね……」
「お、お父様っ!? シャルルちゃんまで、にゃ、にゃにおっ!?」
リアリーさん?そんな真っ赤になってアタフタされると、こっちまで恥ずかしくなってくるんですが。
というか俺、なんて反応すればいいんだ?
流石に無言スルーは失礼極まりないし、苦笑いもちょっと良くない。
『はいお任せを!』って言えばノリ良くユーモアのある雰囲気になるが、
もしこれが冗談じゃなかったとしたら後々大変なことになりかねない。
そもそも身分的にもリンスレア家は貴族カースト上位の伯爵、
俺の無礼で両親の名誉を下げるわけにはいかない。
うぅ……
「リアリーは俺にとっても命の恩人です。彼女がいなければ、俺はこの場で皆さんとこうして楽しい時間を過ごすことは無かったでしょう。だからもしまた彼女の身に危機が迫ったとしても、俺は必ず彼女を守ります。リアリーは俺にとって大切な存在ですから」
無駄に取り繕うのをやめて、思った事を正直に話すことにした。
うん、これなら自然だし嘘はついていない。
きまづい空気は無くな……
あ、れ?
落ち着くどころとかリアリーはゆでだこのように真っ赤になって俯き、両夫妻はニヤニヤしながら俺を見つめ、
シャルルはまたあのジト目を……
えっ、なにこの空気!?
「はぁ……。お兄様はやっぱりお兄様ですね」
「いいわね〜青春だわ!ヒューヒュー!」
いやいや、あれ!?
誤解されないように言葉を選んだつもりだったんだけど!
てかトーラさん見かけによらずテンション高っ!
さっきまでのお淑やかな雰囲気はどこにっ!?
ガタッ!
その時、黙って俯いていたリアリーが唐突に立ち、全員の視線が彼女に注目する。
「わ、わたっ……わたくしも!カナタさんは大切な存在です!が、まだ、ここ心の準備が……」
「ふふ。急がなくていいのよリアリーちゃん。まずはお友達になって、一緒に時間を増やして、お互いのことをゆっくり知っていけばいいと思うわ」
「そうね!ということでカナタくん。今後もリアリーと仲良くしてあげてね〜!」
「は、はい……」
いかん、取り返しのつかないことになった気がする。
ーーーーーーー
あれから3 日が経ち、全快した俺はまたシャルルと一緒に登校し元の生活に戻りつつあった。
1週間欠席ということで担任のコルベルト先生はひどく心配していたが、
元気に登校した俺の様子を見て欠席の理由を深くは追及しなかった。
バイト先には給料を受け取るついでにランドロスさんを一発殴ろうという意気込みで向かったが、
店のドアを開けた瞬間まるで準備していたかのように土下座しているランドロスさんを見て、
殴る方は止めてあげた。
というか、いや……これは怒りを通り越して正直引くわ……。
代わりに給料上乗せの約束で今回の件は許してやることにした。
そして今日から俺は、いよいよ念願の戦士予備校へ通うことになる。
いや〜放課後が待ち遠しい!
「私は先に帰りますが、あまり浮かれて怪我をしないように気をつけてくださいね?」
「うん、ありがとう。シャルルも気をつけてね。いってらっしゃい」
「はい。お兄様もいってらっしゃい」
少しはしゃいでしまっていたようだ。
平常心、平常心と。
とは言いつつも少し浮ついた足で教室に向かう。
……ん?
今日はやけに教室内が騒がしいな?
確かに俺が教室に入るといつもクラス中がヒソヒソパーティーになるが、
今日は俺が入る前から何やら別の話題で盛り上がっていた。
なんかあったけ今日……?
その答えは先生の入室とともにすぐ明らかとなった。
「はいみんな席についてください。すでに知っている人も多いかもしれませんが、今日からこのクラスで一緒に過ごす転入生を紹介します。さ、入ってください」
「はい」
え……!?
金髪で銀の髪飾り、そして綺麗なグリーンの瞳をした見覚えのある少女が中に入ってきた。
「おいおいおい、何あの子!めっちゃ可愛いじゃん!」
「な!!顔に髪型、俺めっちゃタイプなんだけどー!!」
「はいはい静かに。それじゃあリンスレアさん、軽く自己紹介をお願いしますね」
「かしこまりました。クインハート王立女学院から転校して参りました、リアリー=リンスレアと申します。残り数ヶ月という短い中等部での生活になりますが、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「リアリーちゃんよろしくううーー!!仲良くしようぜー!!」
「静かにー。ではリンスレアさん、どこか空いてる席へどうぞ」
「ありがとうございます。では……」
カツ、カツ…
お淑やかで上品な足音がゆっくりとこちらに近づく。
そしてパーソナルスペースを破るくらい近い位置に、彼女はゆっくりと腰をかけた。
「ふふ、これからもよろしくお願いしますね? カナタさん」
これまで独占 (孤独) 状態だった俺のテリトリーに1人の女神が舞い降りた。