一騎打ち
静寂に包まれた夜の西地区。
先ほどまで心地よく感じていたこの空間が、突如不穏な空気に包まれた。
「上手く逃げたつもりだったんだろうが俺らの本職は盗賊だぜ? 兄ちゃんみたいな素人の侵入に気づかないと思ったかい?」
っ……そう簡単にはいかないとは思ってたけど、やっぱこうなるか。
けど今この場にいるのはボスである眼帯の男一人。
残りのしたっぱ3人は? 隠れているのか?
横目でチラチラ見回すもこれ以上の人影を感じなかった。
「ああ、安心しな。あいつらは酔って眠っちまったよ。馬鹿な奴らだから朝までは起きねーよ」
そう言い男はゆっくりこちらに近づく。
「…君はさがってて」
「ま、待ってください!彼の目的はわたくしですの!無関係なあなたをこれ以上巻き込むわけには行きませんわ!!」
「大丈夫。あの場ですぐに殺さずここまで俺たちを泳がせたってことは何か意図があるんだと思う。ここは俺に任せてほしい」
「でも」
「もう一度だけ俺を信じて。ね?」
「…わかりましたわ」
無理やり説得して少女を背後に回し、俺は男と向かい合った。
確かに俺は部外者かもしれない。
今回の捜索依頼受けたのがたまたま俺であっただけで、この少女との面識も、盗賊の恨みを買うような出来事もない。
しかし目の前で健気な少女が悪党に連れて行かれるのを黙って見ているほど、俺もクズではない。
この状況ではもう逃げることはできないし…やるしかない。
「ほう、大した度胸だ。だが流石に素手で俺に挑むのは無謀じゃねーか?」
男の言うことは最もであり、多分俺には 100 % 勝ち目がない。
だからこそ、今は強気な姿勢でいなきゃいけない。
動揺や不安を悟られないよう、俺は怯まずに目で威圧する。
「くくく。いいねえ! ガキのくせに単独で潜入する勇気、そして力の差が分かってのその表情。気に入ったぜ」
…どうする
俺が殺られるのも時間の問題。
せめて彼女が逃げられるまでの時間を稼げればと思ったが、素手では 10 秒も稼げないだろう。
カッコつけてここは任せてとか言ったけど、正直この状況を打破できる策がない。
結局俺って、この世界にいても何もできない平凡な人間なのかよ…!!
俺を見てニヤリと笑う男は帯刀した剣のうち数本を抜き、それらを地面に投げ捨てた。
「どーだ兄ちゃん。1 体 1 で勝負しないか? その剣のうち自分に馴染むと思ったのを好きに使っていいぜ。兄ちゃんが勝ったらお前ら2人を見逃してやる」
「…その言葉を信じろと?」
「悪い話じゃないだろう? それに少なくともこのまま素手で瞬殺されるよりかは俺の言葉に乗った方がマシだとは思うがな」
罠かもしれないが、男のいう通り確かにこのままでは俺は何もできず殺されるだけ。
この剣を拾えば、1 % でも勝てる確率が上がるかもしれない。
剣術どころか刃物は料理でしか使ったことのないレベルだが、今はもうそんなことを言ってる場合じゃないな。
少しでも可能性があるなら、かけるしかない。
「…分かった。ただし彼女には戦闘中彼女の身の安全は補償しろ」
「ああもちろん。ただし当然お嬢ちゃんは手出し無用。いいな?」
「わかった。その条件をのもう」
「ちょっと! あなた本当に…!」
「二人とも生き残る可能性があるならこの選択の方が賢明だ。 さっき信じてくれるって言ったろ?」
「でも…」
大丈夫と優しく彼女を諭し、俺は一番手前にあったシンプルな剣をひろい男に向かい合った。
「覚悟は決まったみてえだな。じゃあ行くぜえ!!」
「っ!!」
抜刀したのち一気に距離をつめてきた男の一撃を右手に持った剣で迎え撃つ。
激しい刀身の衝突でジーンと手が痺れるが、怯まずに競り合う。
その後も立て続けにくる一振り一振りを、かろうじて受け止めた。
「兄ちゃんはあのお嬢ちゃんと知り合いじゃないんだろ。 見ず知らずの奴のために何故命をかけてまで戦う? 一目惚れか? 金か? それとも名誉か?」
「彼女には帰るべき大切な家庭がある。お前らの私利私欲で家族の幸せを壊されてたまるかよっ…!」
「ふん、単なる偽善者か。死ねっ!!」
閑散とした夜の住宅街に幾度となく金属音が鳴り響いた。
…おかしいな。
戦闘に夢中になっていたが、ある違和感に気付き始める。
何で俺、あいつの動きについていけてるの?
今日初めて剣を握り、というかそもそも命をかけた戦い自体人生初なのだが、そんな全くど素人である俺がどうしてこんなにもプロと互角にやりあえるのだろうか
最初の一撃だけならまぐれでも、その後の攻撃を完璧に防げる技量なんて俺に備わっているはずがない。
「はあっ、はあっ…へへっ、構えも剣の持ち方もへなちょこのくせに、中々やるじゃねえか」
…はずがないのに、分かるんだ。
奴の振りかざす剣の軌道、それに呼応して切り返すタイミング、そして次に来る一手。
その全てを見切り身体が勝手に反応する。
絶え間ない連続攻撃による疲れか、段々と男の動きが鈍くなっていく。
さて…ここが勝負だ。
俺はそれまでの受け身の姿勢から攻めへと切り変える。
男はそれに慌てて対抗するも、体力の消耗で思うように身体が動かず、俺の動きに付いていけていない。
隙をついた俺の一撃が男の剣を薙ぎ払い、すかさず剣を喉元に突きつけこの勝負に終止符を打った。
「っ!?」
「俺の勝ちだ。約束通り彼女を解放しろ」
「まいった」
男はその場に膝をつき、両手を上げて降参の意を示した。
ふ、ふぅ…
初めての命をかけた真剣勝負。これまでの緊張感が一気に抜け手に握った剣を落とす。
怖かった、マジで死ぬかと思った。
子供の頃に遊んだチャンバラごっこと、凶器を持った実戦。とても比になるようなものではないな…
…けど、これで俺も彼女も無事に家に帰ることができる。
膝をついて俯く男に踵を返し、俺は少女の方へ歩み寄る。
にしても随分遅い時間になっちゃったな。うちの家族もみんな心配しているだろう。
…帰ったら説教だな。主に母さんとシャルルから。
「っ!!後ろ!!!」
「え、……ッ!?」
突如、俺の方を向いて叫ぶ少女と目が合うと同時に腹部に激痛が走り、サーっと流れる赤い液体が辺りを汚す。
なんだこれ。
え、これって、もしかして…
倒れこむ俺を駆け寄った少女が支える。
「へへっ悪いな兄ちゃん。実戦での勝敗は生きるか死ぬかで決まるんだ。どんな手を使ってもな」
あれは、さっきまで俺が使っていた剣。
なるほど、ひろって、さしたのか
は、はは。やられた。
「ごめん……な。まもれ、なかった」
「喋らないで!いま治癒の魔法をかけます!!今度はわたくしがあなたを助けますから死んじゃダメですわ!!!絶対、絶対に助けますからっ……きゃっ!?」
「そうさせるかよ!兄ちゃんにはこのままここで死んでもらう。ほらいくぞ」
「離して!!彼が、早くしないと彼がっ!!」
あつい。
身体が焼けるようにあつい。
……助けなきゃ。
視界が揺らぎ辺りがぼやける。
……守らなきゃ。
まぶたが重くなり、意識が段々と遠くなる。
俺が、俺が彼女を守らなきゃっ……!!!
『いい決意だカナタ=ランカスタ。汝のこれまでの素行、この眼でしっかり見させてもらった。その信念、勇姿、人となり、全てが力ある者としての姿にふさわしい。故に、我が夜の一族の力全てを今解放しよう。』
え…
どこからともなく脳裏に響く謎の声。
だれ? 夜の一族?
『守るべきものの為に、汝の力、今ここで示してみせよ』
っ!?
その声と同時に、これまで感じていた痛みや火照りが嘘だったかのように消える。
血は止まり、身体は負傷前より軽く感じる。
しかし変化はそれだけではない。
「うっ……!?!?」
夜と思えないほど辺りを鮮明に写す視界、葉擦れの音や屋敷内の人々の声、スローモーションで動く男。
まるで時間空間全てを支配したかのような超感覚が俺を襲う。
…これなら俺はまだ戦える。
今最優先すべき少女の救出のために、このよくわからない理不尽な現象を利用させてもらおう。
「彼女を、離せ」
「あ…?」
遅いな。
フラフラしながらゆっくり歩いて何とか男の目の前まできたが、男はまだこちらに振り返えきっていなかった。
その動作を待つ間、ゆっくりとこの感覚に慣れていき平常を取り戻す。
男が完全にこちらを振り返りきった時、湧き溢れる力を最大限に抑えて拳で男の腹部にお返しの一撃を与えた。
「ぐふぅぉ!?!?」
男は掴んでいた少女の手を離しその場に蹲る。
相当加減したんだが。
あまりの痛さに立ち上がるどころか、ずっと手で腹部を抑え動かない。
その隙を見て少女は男から離れた。
「っ、てめぇ、何し…っ!?」
死にそうなくらいかすれた声でこちらを見上げた男と目があった瞬間、その顔色が蒼白になる。
「お、おま、その赤い眼! …ハッ!!黒髪赤眼、まっ、まさかお前…!!」
赤い目?
さっき刺された時のショックで充血でもしたかな?
まあ今はそんなことどうでもいいや。
「命が惜しければここから去れ。そして2度と同じ過ちを繰り返すな。次は確実に殺す」
「ひっ、ひィィー!!!!!」
ありったけの殺気を込めて威圧すると、男は先ほどまでとは嘘みたいに元気に飛び上がり、一目散にその場を逃げ出した。
念のため研ぎ澄まされた視覚聴覚で奴の軌跡を追ったが、戻ってくる気配は微塵もなかった。
よかった。今度こそ守れ…
あ、れ…?
急に異様な睡魔に襲われた俺は、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。