先生と同級生
朝のHRのようなものを終えたあと、先ほどの眼鏡をかけた担任のコルベルト先生に呼び出され俺は職員室にやって来た。
中には教員が数名いて、書類を書いたり印を押したり忙しそうにしている。
「ランカスタ君。ここに座っててください。今お茶を入れますから」
「あ、いえ。お構いなく。それより先生、俺に何かご用でしょうか?」
「ご用も何も、大丈夫ですか? 長い間ずっと欠席だったから心配で……。ご家庭に事情を伺いに行ったら毎日部屋に篭ったまま出てこない、何を話しかけても答えてくれないって仰っていて」
え
えぇーっっ!?
まさかの不登校児!?
「ランカスタ君。私は君の担任の先生です。普段は授業の側面でしか接しないからどうでもいいと思うかもしれないけど、私自身何年もこの職をやって生徒一人一人と触れ合うことの重要性をちゃんと理解しているつもりですよ。君のこともよく分かっています。確かに君はその黒髪黒目の容姿や魔法が使えなかったりなど他の貴族とはちょっと違う一面がありますが、動植物の世話を進んで引き受けたり、困ってる人がいたら身分関係なく助けにいったり、君にはほかの貴族が持っていない素晴らしい1面があることを私は知っています。そんな君を私は尊敬しているし、君が悩んでいるなら教師として救いたい。だから何があったのか話してくれませんか?」
先生の目は真っ直ぐ俺の事を見ていて、大事な生徒を助けたいという気持ちが本当なのはすぐにわかった。
「……ありがとうございます。そう言って頂きすごく嬉しいです。けどその……分からないんです。今朝目が覚めたら昨日までの記憶がすっぽりなくて、学校を休んでいた理由どころか今自分のいるこの国や家族のことも忘れてしまっていて。今日学校に来たのも偶々家族との会話から自分が学生だという情報を得たからであって、学校に行けばもしかしたら何か分かるんじゃないかって思い登校したんです」
うん……。これなら間違ったことは言ってない。
コルベルト先生があまりにも人情深い人だと感じたので嘘をつくのが憚られ、何とか納得のいく説明を考えた。
「……」
俺の話を最後まで聞いた後、先生は何か考え込むように腕を組んだ。
記憶喪失はやっぱり怪しすぎるか? でも記憶がないのは本当だし、嘘はついてないんだけど……
「精神的に負荷をかけすぎた結果、体内を流れる魔力が暴走して人体に不可解な影響を及ぼすという論文が過去に報告されたことがあります。ランカスタ君が先ほど言っていた記憶がないというのも、もしかしたらその症状と関係があるのかもしれない」
「……そうなんですね」
「ただ、すまない。その現象に関しては不明な点が多くて、治療法などもまだ見つかっていない。君の力になりたいとか言ったくせに無力で、本当にすまない」
「そんなに謝らないでください。俺はここまで生徒思いの優しい先生に相談に乗って頂いただけで十分嬉しいです。家族や友人関係など過去の記憶を無くしたのは確かに悲しいですが、同時に不登校になるくらいの嫌な思い出も忘れることができました。だからこそ今日こうしてまた学校に来ることもできたし、家族とも朝笑顔で会話できることができたんですから、結果として幸せだと思ってますよ」
「……。会話さえままならない精神状態と聞いて心配でしたが、今の君ならもう杞憂なのかも知れませんね」
これまで俺は、自分の人生なんて特別なことがなくつまらないものだと思っていた。
しかし今日先生と話してわかった。平凡と思い込んでいた日常が実は幸せな時間であったということを。
この世界のカナタは色々ダークな経験をして、毎日悩み苦しむ日々を送ったのだろう。
大人からしてみたら瑣末なことであっても、子供と大人の境目となる思春期に生きる彼にしてみたら相当辛い経験だったに違いない。
そして誰にも相談できず、結果周囲を遠ざけ孤独に生きる道を選んでしまったんだ。
……よし、決めた。
例え容姿で嫌われようと、魔法が使えなくてバカにされようと、俺はこれからカナタ=ランカスタとして、幸せな日常日常を守って生きることを約束するよ。
「先生、俺頑張ります。精一杯頑張って楽しい人生を生きます。だからもう安心してください」
「ランカスタ君……分かりました。ただ何か困ったことがあったらいつでも私のところに来てください。私はどんな時でも生徒の味方ですから」
「はい、ありがとうございます!」
先生との会話を経て、俺は真の意味で生まれて初めて先生という存在に感謝した。
ーーーーーーーー
「で、早速これかい」
午前の授業が終わり、昼食を食べに食堂へ行こうと教室を出たところ突然3人の男子学生に囲まれた。
金髪で若干リーゼント気味のやつが俺と対面し、背後にこいつの取り巻きのようなやつが2人。まるで俺を逃げさせないように取り囲んだ。
「おい。お前なんでここにいんだよ?」
「なんでって、ここの学院の生徒だからだけど」
「んな事聞いてんじゃねえよ。禍々しい髪と目の色をもつ魔族見習いが、なんで俺ら貴族の神聖な領域に踏み込んでるんだって聞いてるんだよ!!」
「ブリアンさん。こいつきっと魔族からも見捨てられたんすよ。初等魔法すら使えないって平民以下だし、誰も欲しくないっすよ〜」
「そーだそーだ!だいたい魔法も使えないくせに魔法学院とかオメーここになにしにきてるんだよ。家帰ってママのおっぱい吸ってな」
うわ、いかにもいじめっ子感あるセリフが続々と……
もしかしてこいつらがこっちの世界の俺が不登校になった原因か?
だとしたらもう関わるべきじゃないな。ここは大人の対応で処理しよう。
「……別にいいだろ。君らに迷惑はかけないし目立たず静かに学校生活を送るからさ。それじゃ」
「待てよ」
ブリアンと呼ばれるヤツの隣を通り過ぎようとした時、肩を捕まれ止められた。
「ふんっ……魔族を易々と神聖な校内に放置しておくわけねーだろっっァ!!!」
「ぐっ!!!」
ブリアンの唐突にかましたパンチを顔面にもろに受けてやり、赤い絨毯の敷かれた廊下に少々大袈裟に倒れてやった。
その倒れた俺の頭を足で踏みつけ、ガヤガヤとどでかい声で叫んだ。
「おいみんな!!このブリアン=ペテルゴートが魔族の手下を討ち取ってやったぞ。安心して学院生活を過ごすがいい」
「よっ!さすがブリアン様っ」
「チョーかっこいいです!!」
廊下を歩いていた何人かの生徒がこっちに注目したが、数人が嘲笑、そして殆どは見て見ぬふりをしていた。
まあそうだろうな。こういうのって変に対抗したら今度は自分が標的にされかねない。俺みたいな年頃になると全然平気だけど、中高生くらいのナイーブな年齢だと集団いじめは心に深いキズを負ってしまう。無理はしない方がいい。
ーーーーー
「……そろそろいいかな?」
満足した3人組が立ち去ってしばらくした後、よっこらしょっとおっさん臭いセリフを吐きながらゆっくり起き上がり、髪を整え服をはたいた。
「しかし、予想以上の腕力の無さだったな……」
貴族は魔法特化のため体術が苦手な人が多いとシャルルから聞き思い切って試してみたが、予想以上のヘボパンチにびっくりした。
今回、俺はわざとおっそいパンチに殴られて、豪快に倒れてやった。
理由は単純に、これ以上あいつら関わるとめんどくさかったから。好き放題させて自分からおさらばしてくれた方が楽だ。
パンチはわざわざ顔面にヒットするよう当たりにいったのに全然痛くなかったし、罵詈雑言や晒し行為も28年間で鍛え上げた鋼のメンタルで全く動じない。物理的にも精神的にも無傷で、某メタルモンスター状態だった。
「まあ、いじめに関してはとりあえず平気かな」
多分また絡まれる時があると思うが、ああいうやつは放置が1番。運が良ければそのうち飽きるかもしれないしな。
その後少し遅れて食堂に向かい、異世界スイーツを楽しんだ。