学校へ
「や、やっとついた…」
「学校の場所どころか一般常識も忘れてしまったなんて。お兄様本当に大丈夫ですか? 」
「あ、あはは…。大丈夫!帰りはちゃんと1人で帰れるからさ」
「当たり前のこと言ってるのに、何故かすごく心配です」
学校の場所を知らない俺は、シャルルに頼み込み何とか到着することができた。
あ、シャルルというのは妹のことで、シャルル=ランカスタという名前だ。ちなみに父親はクロード、母親はジェシーという。
学校までの道中、怪しまれるのを覚悟で見たことの無い不思議な光景やこれまで思っていた疑問をシャルルに問いかけた。
クインハート王国と呼ばれるこの国は、東西中央の3つの地区に別れており、ひとつひとつの地区が広大な面積を持つ大王国らしい。
中央地区には商業施設、学校、役所、そして国王陛下のいる城があり、東地区は平民とよばれる一般市民の家や旅人の泊まる宿、西地区は貴族階級の御屋敷が集中している。うちは一応貴族の家なので西地区に住んでいるが、家から中央地区にあるこの学校まで2時間かけて徒歩で来た。
…そう、徒歩で!!チャリじゃない!
いやいや、学校どんだけ遠いんだよ!
シャルルにこの距離を毎日歩いてるのかと尋ねると、通常の貴族は馬車で登校するのだが、うちは貴族の中でも階級が最も低いらしくて正直貴族だけど権利待遇はほぼ平民と変わらないらしい。あんな豪華な御屋敷住んでいるのにビックリだ。
だがそんな驚きは瑣末なこと。中央地区と呼ばれるここには綺麗に舗装された道路に様々な露店が並んでおり、剣や盾などを置いている武器屋、怪しく光る液体の入った瓶を並べる薬屋、見たことの無い色や形をした食べ物を売ってる食料店など歩く度に興味をそそられる。
お店以外にも全身鎧で歩く警備隊。弓や剣などを装備した冒険者グループ、そして極めつけはゲームやアニメなどの中でしかいないと思っていた獣人と呼ばれる種族の存在。
目を覚ましてから驚きの連続だったが、通学の途中こういう光景が視界に入る度に、段々ともっとこの世界の事を知りたいという好奇心へと変わっていった。
「では、私は初等部なのでここで」
「うん。朝から色々ごめん。ありがとな」
「いえ。あ、お兄様は中等部なのでこの先を真っ直ぐ行けば問題ないです。あと、もし分からないことがあったら生徒ではなく先生を見つけて聞いた方がいいです……多分」
「え、うん。分かった」
「では」
そう言ってシャルルはすぐ右側にある建物に向かっていった。
建物に入るまでに3回もこっちを振り返った。優しい妹だな。
俺が通うことになっているクインハート王立魔法学院は小中高から成るこの国一番の超名門校らしく、俺は中等部3年。シャルルは初等部6年だ。
魔法学院。そう。この世界には『魔法』があるらしい。
この国の教育システムは貴族に関しては日本の教育体制と似ていて、国内でのいずれかの魔法学院にて初等部6年間と中等部3年間が義務教育として扱われ、その後の進路は任意で、高等部への進学を望む場合は入学試験を合格する必要がある。
ただ任意といっても貴族はほぼ全員が進学をする。初等部や中等部はほぼ座学が中心で、実践的な魔法技術は高等部3年間を通して初めて習得できるらしい。そして研究者・宮廷魔術師・財務官・聖騎士団・神官など、いわゆる勝ち組ポストに就職できるのは高等部を卒業した者に限る。優秀な成績を収めれば、国の中枢を担う職にも就くことができる。
ちなみに魔法学院には貴族しか通うことができない。
魔法が貴族しか使えないわけではないが、多分貴族が権力を独占し続けるために質の高い教育を一般人に受けさせないのが目的だと思う。事実平民が使える魔法は魔法学院の初等部レベルまでのものであり、中等部や高等部レベルの魔法を使える平民はまず間違えなくいないらしい。
そのため平民は体術のみの戦士学校や、そもそも金銭的な理由で学校に行けない家は若いうちから冒険者として稼ぎにいってたり、中には盗賊とし暗躍したり……
「日本以上の格差社会だな……」
まあ色々考えてもあれだし、ここはポジティブにこの非日常を楽しむことにしよう。うん。
ちなみに俺はどんな魔法が使えるのかシャルルに聞いてみた所、彼女はうーんと返答に困っていたので、追求するのを控えた。
ーーーーーー
「ここか……」
特に迷うことなく、無事に中等部3年生の教室にたどり着くことができた。
うわ、、教室に入るとか何年ぶりだろ。
というか俺、クラスの人のこと全然知らないし、誰と仲良しでつるんでるとかも全然わからない。
大丈夫なのだろうか…
学生という青春をもう一度味わえるかもしれないワクワク感と、未開の地へ踏み込む恐怖心が葛藤する。
…ええい!落ち着け!
俺は28歳。現役中学生の2倍は長く生きているんだ。
意を決して扉を開けると、中にいた生徒がガヤガヤと楽しそうに会話をしていた。
…が、急に静寂になり全員がこちらに注目した。
「っ……」
自分の席がどこだか分からなかったが、早く注目を避けたい意識が勝りドアに近い最前列の席にささっと着席。
あ、あれれ?てっきり仲良い友達 A 君がおはよう〜って駆けつけてくれると思ったんだけどな。
「お、おい。あれって……」
「まじかよ……」
……嘘です。
今朝の朝食のやり取りで、何となく俺はぼっちというか浮いてる感ある存在なのは予想してた。
それに教室に入った時ざっとしか見てないけど、このクラスの中にも黒髪のやつがいない。というか街中歩いてる時も黒髪の人間は見なかった。
あと目の色がみんなめっちゃ綺麗すぎる。中学生でカラコンかい? まあ東京でも若者の間で流行ってたか。
「はい朝ですよ〜。みんな席について」
ヒソヒソまみれの超気まずい空間を、眼鏡をかけた50代くらいのいかにも先生っぽい男性が一蹴してくれた。
ああ……ありがとうございます先生。
生まれて初めて先生という存在に感動しました。
「じゃ出席を……へ!?!? 」
パチッと俺と先生の目が合った瞬間、先生は固まった。
そして眼鏡を1度外し、目をこすったあと再度装着しもう一度俺をじーっと凝視した。
お、おいおいまさか先生俺の事知らないのか。
でも中等部3年の教室はここで間違えないはず。
もしかして忘れられてしまったとか…?
「君は、ラ、ランカスタ君かい?」
「はい、そうですけど……?」
そう答えると先生がにっこり微笑み。
おかえりなさいと言ってくれた。