目覚めたら異世界
「っ......!」
呼吸という動作をさっきまで忘れていたと思えるほど、息を吸うことが久々のように感じられた。
「っはぁ……ふう。。。え??」
しばらくして落ち着きを取り戻した俺は、見たことのない光景に呆然とする。
一面真っ赤な絨毯が敷かれた床、キラキラして眩い豪華な装飾、壁には高そうな絵画がかけてあり、本棚には100冊を超えるだろう膨大な本が収納されている。
ここはどこだ?というかどうして俺は…
「お兄様、起きていらっしゃいますか?」
突然の出来事に混乱している俺は、ノックされたドアの音で我に返る。
お兄様...?
この部屋には今俺しかいない。部屋を間違えているのだろうか。
いや違う、俺が間違えてそのお兄様の部屋にいるんじゃないか!?
「入りますよ?」
ちょ…まずいっ!
不本意だがこのままじゃ俺は豪邸に忍びこんだ泥棒と同じだ。
急いで隠れようにも綺麗に整理整頓されたこの部屋には身を潜める場所もなく、あたふたしているうちに扉が開かれ、1人の女性……というより少女が入ってきた。
栗色の髪と瞳に、清楚な白のワンピース。
見た目からすると10歳いってるかいってないかくらいなのだが、落ち着いた口調と声のトーンに多少ギャップを感じる。
「なんだ、起きていらっしゃっ…『すみません!!気づいたらこちらのお部屋にいまして、その決して泥棒では無いのですが、自分でも何でここにいるのかよく分からなくて!!』」
「……はい? 」
あ、あれ?
なんか想像してた反応と違う?
「朝食の準備が出来ていますので、いつまでも寝ぼけていないで早く支度してきてください」
「ちょうしょく?……breakfast?」
先程から日本語でやり取りできているのだが、容姿が日本人離れの子なので変な答え方になってしまった。
というか、この子はなんでそんなに平然としてるんだ…
「……大丈夫ですか?ベットから落ちて頭でも打ちましたか?」
「い、いえ。大丈夫です」
心配というより不審な目で俺を見つめる少女。
どうやらおかしいのは俺の方なのかもしれない。
「はあ。しっかりしてくださいよ? いつまでも私がお兄様を起こしに来るわけにはいかないんですから」
そう言って彼女は部屋を出ていってしまった。
さっきのお兄様という単語……間違えなく俺に向けて発せられたものだった。
でも俺は一人っ子だし、ましてやあんな美形のハイスペック妹なんて絶対にいるハズがない。
あれこれ疑問に思いながらも、とりあえず着替えようとクローゼットを開けた時、隣の鏡に映った光景が全ての思考を吹っ飛ばした。
「はぁっ!?」
そこには、中学生くらい少年が映っていたのだ。
ーーーーーーー
俺は今、見知らぬ夫婦と妹らしき少女の4人で朝ごはんを食べている。
朝食はキッシュとサラダ、そしてスープ。
いかにも洋風って感じで、味も美味しい。
謎は多々あるが、とりあえず先ほど廊下ですれ違った使用人に聞いた情報を頼りに、食べながら頭の中で今分かっていることを整理した。
今の俺はランカスター家の長男で歳は15歳らしい。
そして3つ下の妹がおり、このお屋敷みたいな豪邸に家族4人と使用人数名で暮らしている。
家の造りやこの家に住んでいる人の容姿から、ここが日本とはいい難い。
黒髪黒目の人間はこの家に俺しかいないと思うし、東京にこんなでかいお屋敷があるなんて聞いたことがない。というか東京や日本という単語をさっきの使用人の人は理解出来ていなかったようだ。日本語で話し合ってるのに。
夢か? とももちろん思ったけど、つねっても痛いし冷たい水で顔を洗っても鏡には幼い頃の俺がいる。
…もしかしたら、何か脳を操作する系の人体実験の被験体にでもされたのかもしれない。
この理解不能な状況を説明するには、もうそういう極めて低確率な事象が起こったと考えるしかないのか。
はあ…なんてこった。
今日はまどかさんと一緒にケーキバイキングにいく予定だったんだ。
念願の初デートだったんだ!!なのにどうして……
一旦落ち着こう。
フルーティーな香りが漂う紅茶を飲もうと手を伸ばした時、ふと周りから注目されていることに気づいた。
父親らしき人物は何故かソワソワ落ち着かない様子でこちらを見つめ、逆に母親らしき人物はニコニコしながらさっきからこっちをずっと凝視している。
妹?は朝での出来事以降ずっと不思議そうな物でも見つけたかのような顔だ。
「めっ、珍しいな。カナタが一緒にご飯を食べに来るなんて」
「まあまあ。いいことじゃないのあなた!私はこうしてまた一緒にご飯を食べられてすごく嬉しいわ〜」
父親?の発言が沈黙を破り、母親?がそれに呼応した。
カナタって俺のことだよな。苗字は金沢ではなくランカスターになってるけど…。
このまま黙っているのもよくないし、とりあえず軌道に乗ってみるか。
「はは…やっぱり家族そろってご飯を食べるのはいいよね。俺も幸せだよ」
「っ!!カナタっ」
「え、ちょっ!」
まともな返答をしたはずなんだが、父親は急に顔を伏せて泣き出し、母親は自分の席を離れ抱きついてきた。
と、というかやめっ!!
見ず知らずのブロンド美人に抱きしめられるなんて、交際経験皆無の俺にとって会心の一撃。
落ち着け俺。この人は母親。
母親母親母親人妻母親人妻人妻……
「ジェ、ジェシー!強く締めすぎだ!!カナタが苦しそうだ」
「!?ごめんなさい」
ご褒美タイムが終わってしまった。
「……今日のお兄様は変です。いつも変だけど、今日は身の毛がよだつほど変です」
隣の椅子に座っている妹が、少し俺との距離を広げる。
どうやら相当警戒されているようだ。
「あ、あはは……ごめん昨日あまり寝れなかったみたいで」
「まあ大変!どうする今日も学校お休みする?」
ああそうか、この年齢だと今は俺も学生なのか。
ん…今日も?
「そそ、そうだな!何より身体が資本だからな!母さんの言う通り無理せずゆっくり休むといいぞ」
「いやいや。全然元気だし、ちゃんと行くよ」
ガタッ!!
急に妹が立ちあがり今までにないくらい驚愕のリアクションでこちらを見た。
「お、おにいさまが、学校へ…!?!?」