梅鉢紋様
『前田殿~。』
街道を歩いていると、後ろから声をかけられた。
反射的に全員が振り向くと、走りながら声をかけてきた武家らしき男が、『ややっ!』と声をあげてぎょっとしたように立ち止まった。
どうやら、先程交換した陣羽織を着ているロジャーさんに声をかけたらしいのだが、振り返ったロジャーさんが黒人だったので、驚いたようだった。
『ま、前田殿は異国から養子に来られたのか!』
この人は一体何を言ってるんだろう?
そう思っていると、レイコさんが冷静に対応した。
『なぜ彼を前田殿と?』
『その梅鉢紋様は前田家の家紋。利久殿が養子を迎えられたと聞いて、てっきり……』
『いえいえ、この者は確かに異国の者で、前田様ではありませんが、ひょっとして、先程の方がその前田様では?』
この時代の人に話しかけられて、レイコさんの口調はすっかりこの時代のものになっていた。
『先程の方というのは?……』
『先程この服を着ていた方が、この者が着ていた異国の装束を大変気に入った模様で、交換してくれと……』
『なんと!
武家の陣羽織をやすやすと……』
その人は驚きの声をあげた後、
『……豪胆なんだか、ただの阿呆か……計り知れぬお人のようだ……』
そう言って首を振った。
『いや、済まなかった。そちらの異国の方も、その陣羽織、大切にして下され。』
『はい。大切にします。』
ロジャーが流暢な日本語で話すと、その男は『なんと!』と驚いていたが、すぐに気を取り直すと、『では、後免!』と一礼してそそくさと去っていった。
みんなでそれを見送った後、雅はロジャーに向き直ると、
『ロジャーさん、良かったね。それ、かなり貴重なもんみたいだよ。』
と言って笑った。
それを受けてロジャーさんも嬉しそうに笑うと、『そうですね。』と言った後、
『レイコさん、あの人誰なんですかね?』
と聞いた。
『ちょっと待ってね……』
レイコさんは空間に操作パネルを表示させると、何やら操作して目を閉じた。
『この年には、荒子城の前田利久という人の元に、利益って人が養子に入ってるわね。』
どうやら、目を閉じたレイコさんには何かが見えているらしい。
『前田利益?聞いたことないですね。』
『他にも利貞、利太とか色々名前があったみたいね……あら、20世紀には漫画や小説の影響で人気があり、前田慶次という名前で知られている。ですって。』
『前田慶次!』
俺は思わず声を上げていた。
『やっぱり知ってるの?』
『勿論知ってますよ。傾奇者の前田慶次。……あの人が……サインもらっときゃ良かった。』
『サインはないでしょ。』
レイコさんはそう言って笑った。
『そんなにすごい人なんですか?』
ロジャーさんがそう言って目を輝かせていた。
『いいなぁ。』
ケントさんとパンダさんが、ますます羨ましそうな視線を送っていた。
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