強制移動
ー1ー
歩き始めてからふと振り返るとバスか無くなっていた。
『あれ?』
俺が不思議そうな顔をしていると雅が『どうしたの?』と言った。
『バスが無いんだけど……』
『あれ?ほんとだ?』
『ちゃんとあるわよ。』
レイコさんがそう言って腕時計をさわると、空間に操作パネルが映し出された。
そのパネルを操作すると、さっきバスがあった場所の上空にバスが現れた。
宙に浮いているのに音もしない。
『あそこにあるんだけど、見えないようにしてるだけ。』
そう言ってまた操作パネルをさわると、見えなくなった。
『さぁ、お団子お団子♪』
レイコさんがそう言って歩き出すと、雅も『お団子お団子♪』と言いながら着いていった。
しばらく歩くと街道に出た。
『わぁ!』
雅が感嘆の声をあげる。
今の東京では見られない光景。
舗装されていない街道に遠くまで見渡せる風景。
『水戸黄門でも歩いてそうだな。』
俺がそういうと、雅もウンウンと頷く。
『ミトコウモンて何?』
レイコさんが不思議そうな顔をした。
『えーと……俺達の時代の有名な時代劇で、水戸光國が世直ししながら日本各地を回るやつです。』
『水戸光國?』
『徳川光國かな?』
『でも、時代が違うんじゃない?』
『そうですね……』
レイコさんとは未来の技術のお陰で普通に話せるが、やはり千年も未来の人だから、色々と噛み合わないことも多い。
『こっちね。』
レイコさんは自信満々で歩き始めた。
『なんでそっちだって分かるんですか?』
『これよ。』
レイコさんはそう言って首筋のアクセサリーを指差した。
『私の目には今、色んな情報が写ってるの。』
『ナビみたいなもんですか?』
『そうね。』
レイコさんは楽しそうに笑った。
きっと俺達がいちいち驚くから楽しいのだろう。
しばらく歩くと寺院の門前にある茶店が見えてきた。
『あれ?街道の茶店じゃ無かったんですか?』
『この時代はまだ街道の茶店は少ないのよ。これから街道もどんどん整備されてくから、江戸時代中期にかけて街道の茶店も増えてくみたいね。』
『詳しいですね。』
俺がそういうと、レイコさんはウインクしながらまた首筋のアクセサリーを指差した。
はぁ、ホントになんでも出来るんだな。
俺はため息を着いた。
雅は、そんなことどうでもいいというように『お団子♪お団子♪』と目を輝かせて、茶店を見つめていた。
『いらっしゃーい!』
茶店に入ると、元気な娘が迎えてくれた。
雅はキョロキョロと店内を見渡して、
『これが喫茶店の原点だね。』
と言った。
『俺達の仕事の原点てことかぁ。』
俺も感無量だった。
『あなた達、中でいいの?イメージしてた茶店は外じゃないの?』
レイコさんに外から声をかけられると、俺は雅に聞いた。
『どうする?中でいい?』
『ううん、中はもう見たから、外がいい。その方が茶店っぽいもん。』
店内スペースがあるとは意外だったが、やっぱりレイコさんの言う通り、イメージ的には外だろう。
俺達が外の長椅子に腰かけると、レイコさんがお茶を3つ頼んだ。
『あれ?お団子は?』
雅がレイコさんに訴える。
『大丈夫よ。お茶とお茶菓子はセットなの。このお店では新しくお団子を開発して、それが着いてくるらしいわ。』
『お団子って定番なんじゃ?』
『それは江戸時代の話でしょ?ここはまだ江戸時代に突入したばかりで、つい最近までは安土桃山時代だったんだから。』
『そうなんですね。』
俺は歴史には疎かった。
そんな俺が身をもって歴史を体験しているとは不思議だ。
出てきた団子は素朴な味で旨かった。
『おいしーい!』
雅も素直に喜んでいる。
『なるほど……』
レイコさんは味わっているというより、分析しているようだった。
うちの店に来てくれた時は、素直に喜んでくれていたようだったが、この時代の素朴な味は感動するほどではないらしい。
もっとも俺達も味そのものより、この雰囲気の中で食べることで、美味しく感じているのかも知れないが……
『ごちそうさまです。』
看板娘に挨拶して店を離れると、ものすごい勢いで馬が駆け抜けていった。
その馬上では背中に矢を受けた男が、必死の形相で馬を操っている。
それを見送っていると、大きな蹄の音を轟かせた集団が近付いてきた。
馬に乗った五人の侍だ。
口々に何かを叫んでいる。
現代社会ではまず遭遇することのない状況に、避けることも出来ずにいた俺達の目前に馬が迫る。
俺達は目を閉じてその場にうずくまってしまった。
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