ランダムトリップ
ー1ー
『そういえば、この時代って何しに来たんですか?』
雅が聞いた。
『何しにって、それをこれから探すのよ。私達は視察旅行だから、ランダムトリップなの。』
『ランダムトリップ?』
『コンピューターがその時行ける時代からランダムで抽選するわけ。実際にそういうツアーもあるんだけど、私達は行った先々で情報収集して、ツアーに組み込めるか考えたりするのよ。』
『なるほど。じゃあ、最初に僕たちに会ったときもランダムだったんですね?』
『そうね。最も国連時代は結構人気の旅行先だから、元々情報量は多いの。だから、仕事的な要素も少なくて、のんびり楽しめたりするのよ。』
レイコさんはそう言って笑った。
『あなたたち、この時代でやってみたいことある?』
そう聞かれた俺は、少し考えてから言った。
『茶店のだんごとか食べてみたいですね。』
『あら、いいわね。でも、味は多分あなたたちの時代の方がいいわよ。』
『味よりも、この時代の茶店の雰囲気を味わってみたいですね。』
横では雅がウンウンと頷いている。
『それなら、準備してから行きましょうか。』
レイコさんがその提案を伝えると、行きたいという人が半数近くいた。
ただ、この時代であまり大人数で茶店に訪れるのも変だからというのことで、茶店へ行くグループは2つに別れて違う茶店を目指すことになった。
それぞれ場所を調べてから向かうということだった。
また他の目的地へ向かうグループは、もう少しのんびりしてから出掛けるということだった。
『じゃあ着替えましょうか。』
レイコさんはそう言うと、バスに乗り込み、車両中程から下へ降りていった。
現代の高速バスなどでトイレがある位置だ。
あとをついて降りていくと、トイレの隣にもう1つ扉があった。
『まずは私ね。』
レイコさんが扉の中に入っていき、やがて出てくると、時代劇の登場人物みたいな着物と髪型で出てきた。
『わー、素敵。』
雅は目を輝かせた。
俺は別の感想だった。
『もう着替えたんですか?』
『着替えたのとはちょっと違うわね。』
『さぁさぁ、次は雅ちゃんね。』
そう言ってレイコさんは雅を扉の中へ誘導した。
『私が扉を閉めたらこのボタン押してね。』
レイコさんはそう言ってから外へ出てきた。
……
やがて雅が出てくる。
『どう?』
『おー!』
思わず声をあげてしまった。
時代劇で出てくる可愛い町娘って感じだ。
『着替えたの?』
『ううん。気がついたらこーなってた。』
雅はそう言って笑った。
俺がレイコさんに視線を送ると、不安そうな表情を察したのか、聞く前に説明してくれた。
『あなたは心配性ね。
大丈夫よ痛くないから。分子操作とか詳しく説明しても分からないだろうし、未来の技術を信じなさい。』
『うん。全然痛くなかったよ。』
雅にニッコリ微笑まれたら、怖がってはいられない。
俺は全く平気なふりをして、扉の中に入った。
そして、レイコさんに言われた通りにボタンを押す。
すると、痛くはないが、全身がゾワゾワしてきた。
特に頭は激しくゾワゾワしている。
慣れればなんともないのだろうが、気色悪い。
初めてウォシュレットを使ったときの感覚に似ているかもしれない。
目を開けると目の前に俺の全身像が3Dで写し出されていた。
鏡の代わりということか。
俺は見事な町人だった。
部屋を出ると雅が『おもしろーい』と言いながら俺のちょんまげを触ってきた。
『中々似合ってるわよ。』
レイコさんがそう言う。
『てっきり、侍みたいになるのかと思ってました。』
『身分のある方の格好だと色々問題が起きるから、その方がいいのよ。』
『そうなんですか?』
『あなただって、茶店で他のお侍さんの刀と自分の刀があたって、『抜け!』なんて言われたら嫌でしょ?』
『はい。』
俺は時代劇で見かけるシーンを想像して冷や汗が出た。
『じゃあ、行きましょうか。』
レイコさんに促されて、俺たち三人は街道へ向けて歩き始めた。