5.2話 恋の予感は突然に(下)
―日曜日 アトライア文庫応接室
応接室にはすでにローレイと私がいた。ではロッティはというと・・・
「まさかの遅刻!どーなってるんだロッティのやつ・・・」
ローレイに至ってはさっきからずっと固まりっぱなしだ。早く来い、と念じていると、なにやら外が騒がしい。どすどすと走る音がするのだ。そして、バンっという音を立てながら扉を開くと、
「すまん二人とも!」
と叫びながら入ってきたロッティがいた。
「おっそ!なにしてたの?!」
怒り気味で尋ねる。
「寝坊してもーた」
「は?」
こういう日に限って寝坊するというのは、昔から変わっていない・・・気がする。
「ま、ロッティだから許せるけど・・・。あ、座って。お茶淹れてくるから」
そういって、少しだけロッティとローレイを二人きりにした。耳をすませて聞きながら紅茶を淹れた。
「久しぶり、ローレイ」
「そ、その・・・ひさ、しぶり。ロッティ」
「なんで緊張してるの?」
「い、いやぁ久々に会ったから、その、緊張しない?」
「顔馴染みなんだからそんな緊張することもなんじゃない?」
「ほんとアンタって・・・距離感ないのね」
「よく言われるよ」
「ふふ、ありがと」
「なにがだよ?」
「なんでもないわ」
緊張はどうやら解れたらしいので、応接室に突入することにした。
「はいどうぞ」
お盆からカップを一つずつ二人の前において、最後の一つは私の椅子の前に置いた。
「ありがと」
「どういたしまして」
そんなやりとりの後、ローレイが最初に発言した。
「それで、私がアンタのアシスタントになったから。よろしくね」
「ああ、聞いてるよ。こちらこそよろしく」
思うに。ローレイの心中はすごいことになっているのではないだろうか。ないことまで書いたら怒られそうなので、あまり書かないが、こう、ドキドキしすぎて飛び出そうなのだろう。
二人は手を握り合った。
「さ、こっからは二人ではじめての共同さぎょ・・・もとい、協力関係になったんだから、仲良くね?」
私は握り合う手の上からさらに手をポンとおいた。特にロッティの方を向いて
「ね?」
と念を押した。
「お、おう・・・」
少し困惑していた。
「まずは大学図書館に行こうかしら。あそこならびっくりするくらい文献があるわ」
ローレイがロッティに尋ねた。
「うん。わからなかった文献の意味とか、教えて欲しかったし」
お茶を飲み終えると二人は立ち上がって、応接室を出た。
さて。私はこの後どうするのかというと。
(後を追うか・・・)
所謂ストーキングというやつだ。本当はしたくないのだが、こんなの本のネタにするより他はない。
カップの片付け急いでして、応接室の鍵を閉める。鍵は定位置に戻してから、二人の後を追った。
「大学図書館って言ってたわね・・・」
目の前には二人が一緒に歩いている。結構離れているので聞き取ることはできない。だが、なんとなくわかる。ローレイが積極的にアプローチしているけど、ロッティが鈍感なので気づいていてくれず、ツンとしている感じなのだろう。
「多分図書館でデレデレするんだろうな・・・」
想像するだけで自然とニヤけてしまうが、側から見ればただの変人なので我慢しておく。
―大学図書館
馬鹿でかい本を開けてローレイが指差しながら教えている。私はというと、少し離れたところでロッティが書いた『ビターアンドスウィート』を読むというなかなか高等なことをしている。しかしロッティもローレイもこちらに気づく気配がかけらもない。
明らかに感じていることがある。ローレイが徐々に徐々に距離を詰めているのだ。だが、ロッティもそれを嫌がろうとはしない。
(まさか・・・)
今『ビターアンドスウィート』を読んでいて気づいたことがあった。この本の主人公は、相手と相思相愛なのに、自分が相手を意識しすぎて相手からの好意に気づけないという構図なのだ。
そう。全く同じなのだ。
現在の二人は、ローレイは積極的にロッティに距離を詰めているけど気づいてもらえず内心やきもきしていて、ロッティはローレイを意識するあまりローレイの好意に気づいていない、というなかなかすごいことになっている。
(ダメだ、笑っちゃう・・・)
なんとか堪えた。
ロッティが距離感ゼロなのは最初からわかっているが、まぁ反応を見れば一発でわかる。というか、顔も赤いし。
一日目の観察結果
距離は縮んだのに、お互いに気づけないというなんともない状況だった。これは時間がかかりそうだ・・・
―翌日
「ということで、二人を引き合わせた結果こうなりましたとさ」
私は簡単な報告書を社長机に叩きつけた。
「何してんの・・・」
キルケアは若干呆れ顔でため息とともにそう漏らした。
「手伝っただけですよ?」
と知らないふりをしておいた。
「なにを、手伝ったんだか」
微妙な威圧を感じる。
「色々ですよ、イ・ロ・イ・ロっ」
色々、という便利な言葉で誤魔化しておいた。キルケアは苦笑した。
「手伝う内容が変わってる気がするが・・・ま、目を瞑ろう。僕も気になるからね」
「わぁ!やっさし〜!ありがとうございますぅ〜」
「その演技力は・・・」
「修羅場をくぐり抜けてくるには必要なスキルですから」
実際そうだ。相手の顔を伺って、こう言えばいいとか考えてれば自然と身につくものだろう。
「それはそうと、今日は二人を追わなくてもいいのかい?」
キルケアはそう尋ねてきた。
「毎日やってたらバレますし。わたし、ストーキング行為はあまりしたくないんで。それに、あんなんじゃまだまだ時間がかかります。最低でも一週間はかかりますよ」
私は自信を持って、分析結果を言った。
「へぇーそうなんだぁ。全然わかんないや」
こけそうになった。自信満々に言ったことがスルーされてしまったのだ。
「ま、一週間後にどうなってるのか見ましょう」
「そうだね」
一週間後
家での執筆作業が今日は中々捗る。暖かいというのはやはり正義だと思うのだ。と、夢中で書いていたら、気づけば夜が近づいていた。完全に昼食も抜いてしまった。
「ただいまー」
定期出勤日だったオーゼストが帰ってきた。
「あ、おかえりー」
私は六時間ぶりに手を止めて、玄関に迎えに行った。すると、突然
「ペネー。ご飯、食べに行こっか」
と言ってきた。本当に唐突だ。
「え、あ、ああ、いいけど」
一瞬動揺したが、そのまま了解した。
「じゃ、ちょっとだけ待って」
そのまま自室に走りこみ、ささっと着替えを済ませた。
「準備できたよ」
「じゃあいこうか」
車に乗って向かったのは、東風の店。
店には東洋風の着物を着た店員。東洋、というか完全にワ風な店だった。
「随分と前だけど食べたことあるんだよ。意外と美味しいよローフィッシュ」
「美味しいんだローフィッシュ」
魚は焼くか煮るかして食べるものだと思っていた。
茶色の謎の液体はちょっと怖いので、塩で食べることにした。
「む、たしかに美味しいかも」
ワという国はいとをかしきものなり。
イエローテイルも、この店では、というよりワという国の風習でブリ、ハマチ、ヒラマサと成長具合によって呼び分けている。同じ魚なのにね。
などと考えていたら、なぜか強烈な気配を感じた。おそるおそるそちらを向くと
「うわ。いるし・・・」
必要以上にひっついているローレイとロッティがいたのだ。両片想い状態だと思う。しかも凄いことにこちらに気づいていない。
「オーゼ。ちょっと静かにしてもいい?」
オーゼストはきょとんとするが頷いた。聞き耳をたてた限りの会話だが。
「あの部分、もっとこうした方がいいと思うわよ?」
「いやそれだと、ここの尺が合わなくってさ・・・」
「ロマンチックさにかけると思わないかしら?」
「そうかな?これでもいいと思うけど・・・」
「まーったく。こんなんで、なんで『ビター&スウィート』が売れたのかわからないわ」
「それが俺にもさっぱりなんよ」
「うわ、なんだかやな感じね。まぁ私は面白いと思ったんだけど・・・」
「なんて言った?」
「な、なんでもないわよ!」
「教えてよ〜」
「と、とにかく!あのシーンはもっと煌びやかにした方がいいと思うわ!」
―進展してるじゃん・・・
ローレイがロッティの新作に口出ししている。
「なーんだ。あの調子だったら結構早く出来アガリそうね」
「どういうこと?」
オーゼストが尋ねてきた。
「いや?私の愉快な友人達の話だよ」
少し納得したような表情をした。
その後運ばれてくる魚を黙々と食べ続けた。
ローレイは図書館で本を開いている。ロッティが題材にしようとしている、時代の文献の読み漁りをしているのだ。
「ビリージエ先生!」
だから、こういう呼びかける声にも気づくはずもなく・・・って
「あ、ああ。ごめんごめん聞こえてなかったわ」
女学生が心配そうにローレイを見る。
「最近、心ここに在らずーって感じで、ちょっと心配です」
ローレイは苦笑した。
「心配することないわ。だって私、舞い上がりそうなんだもの」
すると女学生はあることに気がついた。
「あ・・・ふふっ。そういうことですかー。頑張ってくださいね!」
「あ、それはそうとして、なんか質問あるんじゃないの?」
「はい!」
ローレイは笑顔で対応した。
実はこの話は数ヶ月かけておこった出来事なので、私は聞いた話だけで書き進めていこうと思う。
―一ヶ月後
「遅いわね・・・」
少し暑くなった頃。首都イスカリアの全体を見渡せる展望台で待ち合わせをしていた。そこは、山にあるので少し後ろを見れば森林が鬱蒼としている。
「・・・ん?」
森林の茂みが何やらがさがさしている気がする。じっと見つめていると、そこからは
「ロッティ?!」
なんとロッティが出てきたのだ。
「ちょっとアンタ!どっから出てきてんのよ?!」
木の葉が無数にひっついているロッティを前に怒鳴った。
「いやー道に迷ったから最短ルートでこようと思ったら、もはやルートじゃなくなってた」
ローレイは呆れながら大きなため息をつき、微笑んだ。
「ほんっとアンタって、ちょっと変人なのに、優しいんだから・・・」
恥ずかしくて、聞こえないように呟いた。
「ちょっと顔赤いぞ?」
そう言って、ロッティはローレイの頰にそっと手を添えた。
「ばっ、バカァっ!別に熱なんてないわよ!」
「もっと赤くなった」
「アンタがほっぺに触るからでしょ?」
「それはごめん」
手が頰から離れる。これが冬だったらなぁ、と内心思ってしまう自分がいた。
無意識でやっているのならそれはそれでムカつくし、意識的にやっていてもムカつく。でも、このちょっとした気遣いが嬉しかったりする。
だから今度は自分がやってやる、とローレイはロッティの手を握った。
「早く行くわよ」
「うん?」
「ほら突っ立ってないで自分から動いて」
と半ば強引に手を引いた。
イスカリアの街に繰り出したローレイとロッティ。街に繰り出して遊ぶという文化はあまり根付いていないがローレイは好きだし、二人には遠出する時間もない。だから、こうしてただ街をほっつき歩くということにしたのだ。
「もうここに住んで七年くらいにするはずなのに改めて見てみると、こんなとこあったっけ、みたいなところが多いな」
ロッティは周りを見た私ながら言った。ローレイは驚いて言った。
「流石小説家ね。ただの街歩きの醍醐味に気づくの早いわ」
よく知っているところでも、新しい発見が意外とあるものだ。
「あそこなんか、意外に盲点だったりしないかしら?」
ローレイが指差したのは、服屋。
「たしかに。見たことなかったかも」
「そこ、随分と昔からあるわよ」
「そうだっけ?」
あの店が開いたのはローレイたちがちょうど上京してきたころだ。そのときから、ローレイはその服屋の贔屓客らしい。
「一着買ってあげようか」
それは突然の提案だった。ローレイはロッティの顔を見た。
「いいの?」
「うん。俺の気が変わらないうちに行こうよ」
その顔に笑顔をかけた。今度はロッティに手を引っ張られた。
一着買ってもらえて満足していたローレイは次に、とある店を指差した
「今度はあの店に行きましょう?」
意外に貧相な店だ。
「肉屋か?」
「そうよ。貧乏学生時代にはすっごくお世話になったのよ」
肉屋の店員は店主とその妻の老父婦だけ。ローレイたちが店に入ると店主は「いらっしゃい」と力はないが優しく言う。
「じいちゃん。いつもの安いやつ」
「はいよ」
ローレイたちは適当に席を選んで座った。
「貧乏大学生の救世主にして、心の拠り所だったのよ、ここ」
店主の妻が水を出す。
「ありがとう、ばあちゃん」
笑顔で頷くとそのまま立ち去った。
「確かに、あのお二方から親のような暖かさを感じるね」
感受性の高さはやはりすごい。少しぬるい水を一口飲んで言った。
「でもね。じいちゃんたちには悪いんだけど、やっぱ人間って金ができるとこういう店には来なくなっちゃうものなの。今日みたいな機会がなきゃね?」
進んでくるようなところでもないのは事実だ。別に美味しくもないし、薄暗いし。だったらちょっと金をだして、味もいい、雰囲気もいい、そんな店に行くだろう。いくら、思い出があっても、だ。
「でもここの店主の方は別に寂しいとか、残念がってはいないんじゃないかな?」
ロッティは水を少し多めに飲んで言った。
「この店に来なくなったら、あの子は旅立ったんだな、とか元気してるかな、とか。そう言うことを想像したりするものですよ。ね、店主さん?」
店主は塩で味付けされた焼いた薄い肉を並べて言った。
「よくわかってるじゃないか。かれこれ数十年間の、ワシらの生きがいじゃよ」
ロッティはウインクでローレイにアピールしてきた。
人の心を読むのは上手いのに、なんで私の心には気づいてくれないのだろう、そう思ってしまった自分がいた。
______________
今日は仕事がオフなので、編集社に来てみるとロッティがいた。だが、そのロッティの姿を見て、ローレイは少したじろいでしまった。女たちにまとわりつかれていたのだ。
優しくて、ドジなのに愛着が湧くところとかが、モテるポイントなのだそう。私も最初はそういうところに惹かれた。
ロッティは対応に追われていた。その中には彼の担当だというレイマー・フォーチュナルもいた。ロッティは私を発見するとアイコンタクトで「助けて」と訴えかけていると捉えたので、私は意を決してそこに割って入った。
「ちょっとアンタたち!ロッティに纏わり付いて何してんのよ!」
レイマーたちは振り向いた。ローレイはびっくりした女たちをかき分けてロッティの腕に巻きついた。
「あなた、ロッティ先生のなんだっていうのよっ?!」
レイマーがそう叫んでくる。だから私はロッティの腕に巻き付いて言ってやったのだ。
「私の運命の人よ!アンタたちとは年季が違うの!」
ロッティは驚いたようにローレイを見た。
ローレイはは目で「あわせなさい」と伝えた。ロッティは小さく頷くと
「あ、ああ。高校生の時からずっと一緒にいてね。うん。その時から実はうっすらだけど付き合ってるんだ」
事実を織り交ぜながらそう言った。
「嘘よねロッティ先生?」
レイマーは全力で可愛い子ぶった。だが
「あー・・・ごめん。昔から俺、ぶりっ子が苦手なんだ」
「っ?!」
今の言葉はしっかり刺さったはずだ。レイマーは苦し紛れに言う。
「その女に言わされてるんでしょ?!」
私は余裕の表情で言い放った。
「私とロッティは心が通じ合ってるのー。言ったでしょ?過ごした時間が違うって」
レイマーはむくっとすると逃げていった。
「他の皆さんも、あまり俺にまとわりつかないでいただけると助かります・・・」
他の女性も、納得する人もそうでない人もいたが、なんやかんやで離れていった。
ロッティはそれを見届けると頭を下げた。
「すまん!助かった!」
ロッティがモテる体質だと言うことを思い知った。だから、少しだけなのだが、ロッティが他の女に纏わり付かれているところを見ると少し不快だった。
「今度、ホントの気持ち、教えてよね・・・」
小声で言った。だがそれは、聞こえていたのか「ああ」と呟いた。が、ローレイはロッティのその返事を聞くことなく、本題に切り替えた。
「今日は話に来ただけなの」
__________________
季節は進み、私たちの関係も随分と進んだ頃だった。着々と進んでいて、納期にも間に合いそうだ、という手紙が届いたのが二週間前。それ以来、図書館に行ってもロッティがいることはなかった。
なぜだろうか。ローレイは不安になってロッティの家を訪ねることにした。したかったのだが・・・
「トランスリバーさんも来ていませんよ」
とはじかれてしまった。
困り果てていた。そもそも住所を聞くのを忘れていたのが悪い。本当に万策尽きたので、大きなため息を何回も吐きながら家へ帰った。いつもの癖で、家のポストボックスを開く。するとそこには、一つの手紙が入っていた。
「誰からかしら・・・」
送り主は、ヴェルミロッティ・ウイシャ。それを見て急いで便箋を開ける。ヘロヘロした文字だったが、手紙の内容を読むと
「すぐにきて欲しい、か・・・住所もちゃんと書いてあるわね」
玄関のドアを開く前に記された住所に向かった。
ウイシャという名版を確認してから、ドアノッカーを叩いた。
返事がない。
もう一度叩く。
返事がない。
試しにドアノブを捻ってみた。
ガチャリ
「およ?開いてるわね」
なんと不用心なのか、と思いながら捻って入る。
「入るわよー」
一応一声かけてから入る。
妙な静けさが漂っていたが、
「ロ〜レ〜イ?」
このふわっとローレイを呼ぶ声がぶち壊した。
その声が発せられたところを辿って行くとそこには、
「ハ〜イ!」
「なにしてんの?!」
ベッドで寝転がって、右手を固定されているロッティの姿があった。
「いやぁ。完成しそうだったからうっきうきで階段を上ってたら足滑らしてやらかした」
「なにやってるのかしら・・・」
呆れながらもクスッと笑ってしまった。
「まぁ笑い話だよな」
「本当に笑い話よ。でも、納期に間に合うのかしら?」
「うぐっ」
ロッティは言葉を詰まらせた。
「だからローレイを呼んだんだよ」
ローレイは首をかしげる。どういうことかよくわからないのだ。
「書けないからローレイに代筆を頼もうと思って」
「・・・それ今日中に終わる?」
「終わる!」
「絶対嘘でしょ!」
思わず突っ込んでしまった。本当に間に合うのだろうか。
「間に合う。だって残り原稿二枚だし」
胸をなでおろす。
「それだったらできそうね」
部屋のデスク上にある執筆道具たちを見つめる。なんだか、自分のデスクを眺めているような気分だった。
早速タイプライターに向き合う。タイプライターのキーに手を添えて、論文を書くときのいつもの感覚を呼び覚ます。
すると、左肩にスッと手が添えられた。
「論文書くんじゃないんだからさ。もっと力抜いてみ?」
左肩の上の手を見て少しうなづく。すうっと息を吸って吐くと、自然と肩の力が抜けた気がする。
「うん。それでおっけー。じゃ、最初の一文を言うよ」
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目の前に広がるのは静かで美しい大海。いつも王宮から見ていた風景とまったく同じはずなのに、まったく違うように感じる。それは目の前に、愛する人がいるからなのだろうか。
「僕は・・・ずっと君のことを見ていた。それこそ小さい頃からだ。憧れの存在だったのに、見ているだけ」
そうやって彼は俯いてしまった。だが、この眺めにそんな彼の姿は似合わない。だから私は、彼の頰にそっと手を添えた。
「それは私もよ。あなたは私にとって輝きでした。ですが、王族である私が貴方のことを愛しているだなんて言ったら、お父様も、みんな認めてくださらないから。でも、決めたんです。私の人生は私が決めるって」
私はしっかり彼の表情をのぞみこむように見た。
「・・・そう。そう言う眼差しだ。そのまっすぐな瞳に憧れて、惚れた」
彼が私の瞳を真っ直ぐに見つめる。私は貴方のその自信に満ちた表情をずっと待っていた。
「僕は君を・・・」
私は真剣な眼差しを返す。
「愛している。だから・・・」
次の一言を聞いた瞬間、風が吹いて、海に漣が立つ。その一言は、もちろん。
「結婚してください」
________________
その言葉はローレイにとってドキッとするようなものだった。ロッティの方を振り返ると
「あ、あんまこっちみないでくれ。俺だって恥ずかしいんだ・・・」
ロッティは顔を真っ赤にしていた。
「俺たちもう何回もデートしたじゃん?だから付き合っているようなものだと思う。だから、その、いきなりなんだけど・・・」
―ロッティってばずるいなぁ。そんなんじゃ伝わんないよ。
「ちゃんと自分の口から言ってよ。登場人物を介して、じゃなくってさ。大丈夫。私もその気はあるから」
ロッティはそれを聞いて胸を下ろす。そして一つ、こほんと咳払いをして、すぅっと息を吸うと勢いよく言った。
「結婚してください」
ローレイはずっと待ち望んでいた言葉を聞いて満面の笑みを浮かべて、一筋の涙を零した。
「ええ。喜んで」
________________
「ヴェルミロッティ・ウイシャに、リーフローレイ・ウイシャ・・・か」
ローレイを名乗る女性とロッティを名乗る男性は互いの左手の薬指に輝くパートナーとしての指輪をおさめていた。だが、私は困惑した。なぜなら
「・・・誰でしたっけ?」
話を聞いた時には、私はこの二人のことを全くの初対面だと認識していた。