吾輩は冒険者レオンである。
私の名はレオン・フライハルト。街から街へと流れるように移りながら、冒険者ギルドの仲介のもと、各地の住民の悩みを聞き、代価として得た金銭を日々の生活費と路銀、娯楽費に充てている根無し草の旅人だ。
そう、そのはずだったのだ。
しかし、現状はどうか。
「では、フライハルト名誉子爵。本日も、ご協力のほどよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく頼む。では、さっそく状況の説明を」
「はっ!」
私がそういうと、目の前にいる、フルプレートアーマーを着込んだ武士爵の青年が、手に持った手帳を開き、状況を語ってくれた。
――そもそも、私はしがない冒険者だったのだ。
目を付けられたのは、ある衛兵からの頼みで、迷宮入りした事件の捜査に協力してほしいという依頼を受注してからだろうか。
その事件は当時では新しい被害者が出たと報道されるたびに住民たちが恐怖に震え、街を歩くだけでも顔を引きつらせながら歩を進める人で溢れかえるほどに発展してしまった、この国における未曽有の大事件だった。
当然、国も黙ってはいなかった。
まず、帝都の警備は増員され、警備隊のみならず、戦争や魔物、野獣の討伐がメインの帝国軍がこれに加わった。
帝国軍による警備は最初不安を呼んだが、武士道を重んじる武士団のもとで統率された帝国軍の中で、戦う術のない民たちに道徳に反する行為を働くものはほとんどいなかった。
また、そういう行為を行う者に対しては、上官がこれを許さず、ひどく罰したと聞く。
まぁ、そんな中にあって、勿論冒険者も例外ではなく。
街の警邏や、事件の捜査への協力など、おおよそ高ランカーには不釣り合いとも思えるような内容の依頼が、それでも高ランカーを対象に掲げられた際には、多くの冒険者が『予想していたとはいえ、やっぱりこう来たか。国も来るところまで来ちまったな。やれやれ、世も末だ』などと宣い、大笑いしながらも次は我が身かもしれないとあっては断ることもできまい、とこれに参加する者が続出した。
正義感だったり、冒険心だったり、からかい半分だったり――理由は様々だったが。
かくして、国と冒険者ギルドを上げての大捜査線が展開されたわけだが――そんななか、私が受けたのは事件の捜査協力、もっと具体的に言えば警備隊が普段やっているような、捜査と推理を行うことによる、犯人確保の手助けだった。
私自身、これにぴったりなスキルを持っていたこともあったしな。
そんなわけで、始まりの事件で捜査班に加わってたのが、多分ある意味で運のツキだったんだろう。
事件に関係あるようなないようなあいまいで、でも有機的に線でつなぎ合わせればすべてがつながるという微妙な情報を得ることができる私のスキルは、当時の大迷宮入りした事件の捜査関係者からすれば、奇跡の朗報でもあったらしく。
そのことが原因で、何か難事件があれば、すぐに私のもとへ指名依頼が届くように、目を付けられてしまったのである。
さて。そんな私にとって、目の前の光景はもはや日常の風景の一つにしかならないくらいにまでなってしまっている。
もはや、私自身でも、冒険者なのか、それとも探偵なのか、わからなくなってしまった。
私は一介の冒険者……の、はずだったのだがな。
なにはともあれ……。
事態はなかなかに深刻なようだし、今はこの警備隊所属のポックル刑事とその部下の話を聞くのが最優先だろう。
事件概要は、事件の推理をする上で一番重要な、武器の地金になるのだから。
「事の始まりは、月一つと半分ほど前のことでした」
月一つと半分ほど前というと、おおよそ六属――六属とは、月一つを五つに分け、さらにそれを六つに分けた時の各日の呼称である。之即ち、風、火、水、地、光、闇の六属也――七巡から八巡ほど前のことだな。
これはまた、ずいぶんと時間が経っているな。相当に複雑な迷宮と化しているようだ。
「ここ、帝都エルゲンバニアにおきまして、夏一月の十一日、ロタリタ通りに面した雑貨屋で不審火がありました。駆け付けた警備隊の努力により、火災は周囲の家屋に延焼することなく無事に鎮火したものの、店主とその家族は死亡。しかし、その死体は簡単には身元確認ができないほど炭化しており、燃焼した範囲を鑑みると火災に気づくも逃げ遅れて焼死、というよりは――」
「何者かの火属性魔法により焼殺され、その火が燃え移ったか、故意に引火されたかは定かではないものの、事後に建物火災が発生した――と、こういう調査結果になったわけだな?」
「は。その通りにございます」
「ふむ……確かに、怪死といえば怪死だな……そも、なぜそこまで丹念に被害者の遺体を燃やしたのかが理解できない」
「まったくもってその通りでありますな」
しかし、私のもとへ持ってくるほどだ。
これだけで終わりということはあるまい。
「最初の事件の概要については、このような感じとなりますが――」
「似たような怪死事件が連続していると……?」
「はい……左様にございます」
しかし、夏一月の十一日か……私がちょうど、依頼でコキュートスナーガという、水属性の上位属性にあたる、冷気属性のブレスを吐いてくる厄介な化け蛇を討ちに行っていた時期だな。
あの頃は確か、もうじき夏が来るというのに春先のような肌寒い日が連続していたため、その調査を行った結果、魔物としてのコキュートスナーガが発生していた、という流れだったはずだ。
昨年世界を震撼させるような聖者がらみの事件があっただけに、教会や神殿などに対する不信感が高まり、彼ら彼女らが行動し辛くなった今日この頃。
正気と瘴気のバランス取りが立ち行かなくなり、各地で似たような事件が相次いでいたから、私達冒険者の休む時間が大いに削られたというとばっちりまである。件のコキュートスナーガも、それを物語るようなとなった事件であったが、過ぎたことは嘆いても仕方あるまい。
今は、教会や神殿が信頼を取り戻し、正気と瘴気のバランス取りがまたうまくいくようになるまで、耐え忍ぶしかないだろうな。
さて、どうでもいい話は置いておき。
今は事件の話に集中しないとな。
ポックル刑事が控えていた部下に合図すると、合図を受け取った部下の衛兵が紙束を私に差し出し――タイトルは帝都エルゲンバニア連続焼殺事件とある――、資料を何枚かめくるように示してきた。
「事件が起こった場所により、若干の違いはあるものの、他の三件も同じようなものだな」
「はい。仰る通りです」
被害者はいずれも焼死。一件目と同じように炭になるまでじっくりと焼かれその後店舗や店兼住宅を燃やされた、か。
「被害者ごとの情報もよく見てみるか……」
次々とめくっていたページを少し遡り、一人目の被害者のページで止める。
件の、ロタリタ通りの雑貨屋の店主だ。
世界的な水準より若干優れた我が国の映写技術。それにより撮影された被害者の生前の顔写真は、厳ついながらもどこか優しさが感じられ、周囲の住民からはなぜこの人が、と悲しまれそうな人相をしていた。
店で扱っている品物は日用雑貨と、DIYに使えそうなちょっとした建材。そして植物の種と土や腐葉土と、ちょっとした雑貨量販店のような品揃えだ。
雑貨についてはほとんどが店主一家の作品らしく、知る人ぞ知る職人だったようだ。
個人店だったが、従業員数もそれなりに多くなっており、馬の合う職人肌の従業員も混じっていた。そのため、もうそろそろ第二号店を出店する予定だったらしい。すでに商業ギルドに用地を手配してもらっており、建築にとりかかるところだったとか。
最初はこの店をねたんだライバル店の店主による犯行ではないか、という話も上がっていたが、候補に挙がった人物はその誰もがアリバイがあったため、もともとの有力性の低さも相まって、立ち消えてしまったそうだ。
「二件目は金物屋か……」
「工房も構えているらしくてな。付近の契約している鍛冶屋から仕入れているもののほか、自作の製品も販売していたらしい。料理に使う鍋やフライパン、お玉やナイフといった調理器具に建築器具か……」
「三件目は……おいおい、吟遊詩人って一気に毛色が変わったな」
古風な職柄で、歌って踊れるスターが主役となった今は、どちらかといえば考古学者に次ぐ歴史の語り部として、また面白おかしく、しかし正確な歴史を語る存在として、それなりに注目を浴びる存在だ。
「帝国内ではトップスターユニットのツートンカルテットとタイアップをしたこともあって、かなり人気の詩人でしたが……だからこそ、私などはなぜこの人が、などとびっくりしましたな……」
「まったくだ。私も、こっそり歴史ヲタなところがあってな。数々の歴史の分岐点を語る彼の美声は、もう聞けないんだな……」
「えぇ、まったく……犯人には恨みばかりが募りますな……」
奇しくも、ここに集ったのは彼の吟遊詩人のファンだけのようであった。
これもなんかの因果なんだろうか。彼が、己の敵を討ってくれと、そう訴えているような気がしてならない。
「そして四人目。つい昨日の未明のことですな」
「やれやれ。昨日のあの大騒ぎはこれだったのか……なにっ!? これは本当なのか!?」
「えぇ、本当です……。関係者各位は大慌てでして……」
昨日の未明に亡くなった四人目の被害者は、なんと先ほどの話にも上がったトップスターユニットのツートンカルテットのメンバーである、アリシア・ブリディッシュ嬢だった。
どうりで騒ぎになっていたはずだ。依頼で街を留守にしていなければ、私も騒ぐことはないだろうが、かなりの驚きにしばらく呆然としていたことだろう。
彼女は、朝のTVニュースにコメンテーターとして出ているのだが、今朝のTVニュースには出てこなかった。
何かあったんだろうな、とは思ったが、まさかこんな形で彼女の死を知ろうことになろうとは……。
「天性の歌声は、巷では精霊の美声とまで呼ばれていたが……なるほど、あの歌声が、もう聞けなくなってしまったのだな……」
「はい……惜しい人をなくしてしまったものです」
しかし、なぜ彼女まで……。
確かに三人目の吟遊詩人とは、職業に類似性もあるし、タイアップしたこともあるから無関係とはいいがたいが……一件目、二件目とはまるで毛色が異なるな……。
「三件目と四件目の事件が、一件目と二件目の模倣犯である可能性は?」
「そういう声もあります。その点も合わせて、レオン様にご協力をお願いしたのです」
「もちろん、情報は出し惜しみしないし、報酬も弾む。どうか、解決に導いてくれないだろうか」
「まぁ、協力するといった手前、全力は尽くすさ。……さて。模倣犯である可能性が否定されたということは、やはり……?」
「えぇ。我々はそう考えており、それが証明された形でもあります」
ここに集っているメンツが、今日この場で、初めて息の揃った行動をした瞬間だった。
もっとも、その行動自体がため『息』なのだが。
「今回の犯人の、署名的行動。どうやら、殺害手段そのものとみて間違いないだろうな」
「でしょうね」
火属性魔法による、遺体の炭化。ただ焼き殺すのが目的にしては、あまりにも惨酷すぎるし、そう判断しても仕方がないだろう。
――署名的行動とは、連続殺人事件において、犯人が特定の心理に則って行う特定の行動のことを指す。
犯人の心理状態からくるものであるから、偶然の一致などを理由に他にはまったくないということは断言できないものの、特異性の見られる行動が多くを占めている。
そしてそれは、同時にその殺人が、特定の連続殺人事件の被害者に含めるべきかどうかの指標にもなっている。
今回で行けば、話に挙がったように、遺体に対する過剰なまでの損壊行為が挙げられるだろう。
そして、それは当然ながら特異性が認められる行為であり、俺達側からすれば犯人を絞り込むための手段にもなりうる。
したがって、マスコミュニティに流すこともしていない。模倣犯に犯行の手段を開示してしまえば、容疑者が帝国内で瞬く間に増殖してしまうからだ。
「模倣犯とみられる焼殺事件も何件か起きていますが、いずれも炭化するまでには至っていません。つまり、可能性が低い、というだけではありますが、今のところ、この四人の被害者にのみ焦点を当てていくべき、というスタンスは崩さないほうがいいかと存じます」
「ま、視線を狭くするわけにはいかないから、他所の情報にもある程度目と耳を向けておいた方がいいだろうけどな」
「だな……さて、そろそろ手元の情報から考察をしていくとしようか」
せっかく、オークキングを含むオーク村の討伐という、大きな依頼から帰ってきたところへ降ってわいたこの依頼だ。
休みを奪われた恨みは強い。犯人め、せいぜい首を洗って待っていろ。