第二話 カイシ村
「あ!見えて来ましたよ!あれが私の住んでいる『カイシ』です」
丘を越えて見えてきたのはこじんまりとした村であった
人為的に作られた轍に沿いながら歩くこと数十分
暖かな陽気に包まれながら緩い時間を過ごした
すれ違う人は無く、蝶が道沿いの花に飛び交っているくらいであった
「ん?お城…?」
村の向こう側に立派なお城が見える
どのくらいの距離が空いているのかは分からないが多分大きいだろう
「あれはセレーネ城です。この辺りもセレーネ城の統治下にあるんですよ。年に一度、あそこの城下町で行われる祭りごとは遠い所からわざわざ来る人もいるくらい大掛かりなものなんです!私も去年行ったんですよ!いろんな屋台が出店して食べ物やお土産がいっぱい有ってとにかく凄いんです!」
目を輝かせながら早口で畳みかけるように口が回っている
きっとそれぐらい好んでいるんだろう
その様子はまるではしゃいだ子供のようだ
その後も城下町についていろいろ聞きながら村へと歩を進めた
「おやおや、帰ってきたのかい?コハルちゃん。そちらのお方はいったい?」
「村長さん!実はね、記憶もなくて手掛かりもない人が森の中で倒れてて…」
村の入口辺りまで来ると、背中を曲げて杖を突きながら歩いてくるお爺さんに話しかけられた
…この子の名前ってコハルっていうのか。名は体を表すというがここまで春という名前が似合う子もいないだろう。活発でありながら優しさを感じられるこの子にはぴったりの名前だ。小さいし。
「何とそれは災難でしたな。まずは私の娘であるレイナの所に向かうと良い」
「私の師匠でもあるんだ!」
「師匠?」
「そう!レンジャーになる為にいろいろ教えてもらってるんだ~」
「娘はこの辺りの森林地域を保護及び観察の任に就いておりまして、城下町のギルドと連携を取っているのは娘だけなのですじゃ」
「ギルドに捜索依頼が来てるかもしれないって事だね!任せて!私が案内するよ。だって一番弟子だもん!」
ああ、心が痛むなぁ。人の善意につけ込むようでとても心苦しい
そもそもこの世界の住人じゃないから捜索する人もいないんだよなぁ…
そんなこんなでレイナさんの家へ向かう。村の中の家はどれも木製で見かけによらず丈夫そうだ
「師匠ー!コハルでーす!失礼します!」
家の中は広いワンルームのような間取りで、ナイフや弓などの道具の手入れをしている女性がベッドに腰かけていた
「ん?誰だいその男」
「行方不明者です!」
「身元不明者ね。行方不明だとまだ見つけられてないから」
「あっ、そうだった」
「で、ちゃんと調べたんだろうね」
「うん!怪我がないかちゃんと調べてから起こしたし、何か手掛かりになる物がないか調べたよ!何もなかったけど…」
「で、アンタ名前は?」
「え、名前ですか?え、えーと…」
どうしようか。ここで本名を出したとしよう。それが他の人とたまたま被ってありえもしない引き取り手に会うのは向こうに悪いし、何よりこれ以上他人に迷惑を必要以上かけたくないし…
「あ、あのね!この人記憶喪失で何も覚えてないの」
「あんた何も覚えてないのかい」
「ま、まぁ一応…」
ナイス!ナイスすぎるよコハルさん!何とか難を逃れそうだ
「記憶がなくて、手掛かりも無いなら元の生活に戻れることはないだろうね。一応ギルドと話せるように手は打つけど…まぁ、新しい人生が始まったと前向きに考えな。あんたにとっちゃ残念な話ではあるけどね。その分こっちも頑張るからさ」
「…ありがとうございます」
もし仮にこれが夢じゃなかったとしたら…俺ずっとここで過ごしていくのか。別に前の生活に充足を感じていたわけではないが…唐突に終わってしまうのはどこか切ないものがあるな
「でも名前もないのは不便だね。なんかぱっと思いつく名前はあるかい?」
「ぱっと?ですか…」
どうしようか、新しい人生だし本名のままっていうのは味気ないよなぁ
ゲームでも自分の名前を入力しない派だし
うーん何にしようかなぁ
「名無し…」
「よし!じゃあ、アンタはこれからナナシだ」
「これからもよろしくお願いしますね!ナナシさん!」
「え?あ、はい」
しまった…どうせならカッコいい名前にしてしまおうと思っていたのにポツリとでた言葉であっさりと決まってしまっていた
断る勇気もなく場に流されたままナナシという名前になった
「それじゃあ、早速で悪いけどこれから城下町に向かってもらうよ。元の名前も手掛かりもないんじゃ伝えられるモノもないからね。しばらくはギルドのお世話になりな」
「ギルドってどういうところなんですか?」
「ギルドは私のような環境保護や生態観察を主にするレンジャーや未開の地や険しい所を探索する冒険者とそれらを支援してくれる人の集まりだよ」
「そうやって様々な地域の情報を集めていくことっがギルドの目的なんですよね」
「そうだ。数週間後に始まる海神祭の為にここから荷馬車が出るから一緒に連れて行ってもらうと良い」
「私もギルドの事を勉強するために行くつもりだったんです。一人だと寂しかったんで一緒に行く人が出来てよかったです!」
「私はまだ調査する事があってな、しばらくしたらギルドに向かうつもりだ。それまでは二人で楽しくやってくれ」