暗闇での騒動
森田 勇気は、鼻をくすぐる嫌な埃っぽさで起こされた。彼は普段から綺麗好きな方ではないため、いつも過ごしている部屋自体とても清潔とは言えなかったが、ここまでの不快感は感じなかった。顔の前で手を振り空気を払うが、全く意味をなさない。少年は目覚めたばかりの重い瞼を開けた。
「い......一体ここはどこだ......」
少年のつぶやきが、こだますることなく闇に溶ける。視界に入ってきた風景は見慣れたものではなかった。
少年は薄暗く人の気配を感じられない場所にいた。
床は金属でできているのかひんやりと冷たい。長い無機質な、廊下のような空間の先の方を見ると、小さな隙間から明かりが漏れ出している。少年は、床を這うようにして壁のほうへずるずると進んでいき、鉄製の壁に支えてもらいながら、ゆっくりと立ち上がった。少年は手のひらについた大量の埃を、両手で弾くようにしてはたく。吸い込んだ埃が肺に付着し、しばらく咳き込んだ。
少年は左手で服の裾を鼻にあてがい、右手で壁をなぞりながら沿うようにして歩いた。踏み出す度に、簡素な床の軋む音が聞こえる。少年は慎重に、歩幅を狭くして歩いた。先ほど見えていた光に徐々に近づいてゆく。すると、微かに人の声のようなものが聞こえてきた。
「誰の声だろう」と少年は思った。聞き慣れた心が安らぐ声だった。もっと近づこうと、歩くリズムが速くなる。
少年が、目を細め耳を澄ませたそのときだった。
背後の暗闇から腰を強い勢いで引っ張られた。少年は咄嗟に声を上げようとする。だが、口を押さえられ、手のひらの中で空気の振動が殺されていく。身動きがとれない。
少年は、自身が拉致されたという考えに至らなかったことをひどく後悔した。さらわれたのならば、近くに犯人がいるのは当たり前である。混乱した頭の中で、どうしようもない焦りだけが募っていく。
いきなり全身に強い衝撃が走った。引っ張られた勢いそのまま、何かに激突したようである。
しかし、その瞬間だった。少年はぶつかったのが壁ではないと咄嗟に理解した。
不思議な感覚が全身を包み込む。
まるでクッションにぶつかったのかと錯覚するような、ふわふわとした心地だった。
そのクッションのようなものの表面には、滑らかな毛が生えている。
少年は勢いが反発するように前方へ押し戻された。2,3歩よろめいたが、左足でしっかりと地面をとらえ、体勢を整えた後に素早く振り返った。
すると、先ほど少年を引っ張っていたのは予想を超えたものだった。
灰色の体毛に包まれた体。うねうねと揺らぐ尻尾。地につけた4足の足から覗かせる丈夫そうな爪。ひくひくと動く丸い鼻。
少年は確信した。少年が知っている知識の中では、これは間違いなく「ネズミ」であった。
しかし、規格外の大きさについてはただただ唖然とするしかなかった。