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MOUSE LIFE  作者: 久貝 智
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日常の裏側

 チュンチュンと窓の向こう側から甲高い小鳥の声が聞こえる。

 カーテンが半開きなのだろうか、閉じた瞼に嫌になるほど優しい光が当たる。少年は現実から逃れるように、窓に背を向け、布団で頭を包み込んだ。


 彼は以前から、朝に弱かったわけではない。

 数日前までは、アラームに頼る訳でもなく6時にぱっちりと目を覚まし、ベッドの隣にある窓を全開にして新鮮な空気を吸うことが日課だった。母に「朝からおじいさんみたいなことをするわね」と半笑いで言われていたが、父は健康的でいいじゃないかと優しく微笑んでいた。しかし、両親に何を言われようと、彼はその時間が大好きだった。

 彼は、住宅街の端の方にあるマンションの6階に住んでいたため、遠くの山々まで見渡せるこの窓からの景色を気に入っていた。右の方の手前には広々とした遊歩道もあり、大体朝早くには犬を連れた老人が歩いている。窮屈というほどではないが、人通りも少なくない。道幅も広いためか、犬も悠々と道の中央を歩いている。時々、ランニングをしている人も見かける。だが、彼が遊歩道をちらちらと気にかけているのは、散歩をする老人やその犬を観察するためではない。というのも、毎朝決まった時間に小型犬を連れて現れる少女を、一目見るためであった。その彼女は、同じ学校の同じクラスで、黒い艶やかな長髪が印象的であった。そのため、少し離れたところからでも一際目立つオーラを放っている。身長は少年と変わらないくらいだが、半年前と比べると背丈が大きく成長した。毎日学校で背比べを強要されていたためか、彼はその事実を痛いほど実感していた。彼との身長差が縮まる度に、「明日には私が抜いてるだろうから心の準備をしててね」と彼女は満面の笑みを向けられた。少年は絶対に身長を抜かれたくないと思っていたが、ここ最近は、別に彼女になら追い越されてもいいのではないかと思うようになった。

 もちろん、彼女の姿を見るためだけの朝の日課ではないが、見かける度に目を奪われてしまっていた。長い髪をヘアゴムで後ろに括った姿は、学校ではなかなか見られない。その特別感が、少年の心を掴んで離さなかった。



 しかし3日前、早朝の5時であった。母が少年の部屋のドアを乱暴に開けた音で少年は目を覚ました。

「ゆうきっ!」

 自分の名前を呼ばれた少年は、半目の瞳をこすりながら上半身をゆっくりと起こした。大きな声で起こされたため、少年の眉間には微かにシワが寄っていた。点灯したばかりの部屋の照明が、部屋中を照らしている。母は何かに追われるようにドタドタと少年に駆け寄り、ベッドの前で膝を曲げた。そして母は言った。

「絵美ちゃんが昨日の晩から行方不明なの」

 絵美ちゃんというのは、少年が朝に気にかけていた少女であった。この突然の知らせを、少年は理解できなかった。

「昨日の夕方に、学校に忘れ物を取りに行ってからずっと連絡がつかないらしいの」

 徐々に脳が冴えていくのがわかった。それと同時に、母の言っていることを理解しなければならなくなった。だが、理解しようとすればするほど、呼吸が荒くなっていく。顔が火照り、額や脇にじっとりとした汗が滲んだ。少年は飛び出すようにベッドから腰を持ち上げ、リビングへと向かった。少年自身、リビングに向かったところで何をするのか見当がついていなかった。しかし、あのままベッドで横になったままでいるのは違う気がした。リビングについたが、電気がついていない。両親の寝室からのみ薄暗く光が漏れ出している。少年はどうしてよいのかわからず、咄嗟に玄関の方へ向かった。だが、寝室から出てきた父が呼び止める。

「ゆうき、どこへ行く気だ。まだ外は薄暗いんだ。家にいなさい。」

 父は左耳に携帯電話を携えていた。彼女の情報をやりとりしているのだろう。

 その後も、どうにか彼女を探しに行こうと説得を試みたが、両親が許してくれることはなかった。仕方がなく、少年は言われるがままに部屋に籠もった。母と父が保護者間で連絡を取り合っている声が向こうの部屋から漏れている。少年はどうすることもできなかった。ただ、警察の捜索でいち早く見つかることを祈るしか自分の心をなだめる方法はなかった。



 それから3日経ったが、彼女の行方を知るものは現れなかった。保護者の間では、誘拐事件の可能性を考慮し、子供を登校させない家庭も少なくなかった。少年もその1人だった。彼女の家が近所にあるというのが理由らしい。少年はその期間、窓を眺めることをしなかった。もし、以前と同じように窓を覗いていたら、彼女かいないという現実を自分自身受け入れてしまうと思った。窓を閉ざすことが彼にとっての最後の救いだった。

 日が沈み、外は静寂に包まれている。今も彼女は不安でおびえていると考えると、いたたまれなくなる。だが、彼は自分の力ではどうしようもないことはわかっていた。だからこそ、明日には誰かが発見してくれることを願うしかなかった。騒ぎ立つ心をやっとのことで抑え込み、彼はゆっくりと就寝した。





 その日の翌日、少年は忽然と姿を消した。母が朝ご飯を食べるよう声をかけに向かった際には、すでにいなかったという。警察が彼の部屋をくまなく調べたが、人が踏み入った形跡はなかった。









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