拒否権の無い裏切り
トラマルクと公都オルネティアはそれほど離れているわけでもなく陸路でも緩やかな道だった。途中何か起こるかのではないかと怯えゾワゾワしていた。だが、これといったことは起こらず逆に不安を感じてしまった。そして三時間ぐらいたってようやく公都オルネティアが見えてきた。オルネティアはベクトル湖のほとりにある城塞都市で、内部に水路がたくさん引かれていた。昔は水の都とも呼ばれていたらしい。確かに外見だけ見ればとても美しいまちだ。しかし、このまちは外見だけが美しい。内部は腐った政治で統制され、賄賂などの汚職は日々横行しているのだ。
「本当にきれいだね、このまちは」
「きれいなだけですよ……」
「マーレイちゃんもそう言わないの、ほら元気だして」
そういってシンラーさんは何かを取り出して、マーレイちゃんにあげようとした。マーレイちゃんは一瞬手に取ろうとしたがすぐに手を引いた。なんでだ?何を渡そうとしたんだ?ふとシンラーさんの手を覗いてみた。
「ツルシ、食べる?」
「い、要らない」
シンラーさんがマーレイちゃんに渡そうとしたのはなんと塩飴だった。なんで塩飴なんだよ。そりゃ子供も引くなぁ。て言うか、ポケットに塩飴入ってるとかおばさんかよ。ヤバい、こんなの聞かれたら殺される。女の怒りは怖い。この世で一番怖いもの、それは女性だ。いやまてよ、仲の良かった女友達がいたはずじゃなかったっけ。うぅ、頭がいたい、考えるのはよそう。
さすがにかわいそうと、たまたまポケットに入っていたキャンディをマーレイちゃんにあげた。ちゃんとオレンジ味の普通のやつだ。マーレイちゃんは喜んでくれたらしい。一方シンラーさんは何で受け取ってもらえなかったと不思議に思っていた。こんな小さい子に塩飴あげるとか、たぶん親からもそうされたからだろう。シンラーさんの親?フランソフィア国王か……
今の不敬罪かなぁ──国王ってどんな人なんだろうか。今度シンラーさんに聞いてみるか。
城門には兵士らしき人が二人寝ていた……寝ていた!?なんで寝てんだよ。敵とか来たらどうするんだよ。
かといって無視して城門を素通りするわけにはいかないので俺が起こしに行った。
「すいません……」
「ふぁー……」
「……」
起きない。いや、起きてよ。
「すいません!起きてください!」
「ふぁ!貴様何奴だ引っ捕らえて死刑にしてやる!」
声を掛けただけでは起きなかったのでしょうがなく揺さぶったら、さすがに起きたようだ。だが、起きたとたん、これだ。二日酔いか?
「いや、私はリーセントアルツ辺境伯様の護衛で……」
「ん?あ、すいませんでした。辺境伯様だったとは。ご無礼をお許しください。どうぞお通りください」
なんとか事情を説明し、俺の死刑はなくなった──もちろん城門を通過できるようにもなった。
トラマルクとは一変して、この公都には活気がある。王が愚王だろうと変わらないものもあるんだなぁ──あたりまえか。
馬車の中からたくさんのお店が見える。野菜売りに、魚売り、武器売りに、鉱石売りなど様々だった──後で来てみたいな。いやいや、俺は今仕事をやってるんだ。そんな暇はないんだ。分かっててもなぁ……しょうがない、また来れば良いか。自分だけで答えをだし、出来るだけ外を見ないように馬車の荷台の奥に座った。そしたらマーレイちゃんが寄ってきた。こういうときはどうすれば良いんだ?子供と接したことはほとんどない。まぁ適当に撫でたら良いのか?結局、俺はマーレイちゃんの頭を撫でた。笑顔になって浮かれたマーレイちゃんは俺のすぐ横に座った。
「……なんですか?シンラーさん?」
「ロリコン……」
「え?いやいや、違いますよ、シンラーさん。ただ撫でただけじゃないですか。俺は断じてロリコンなんかじゃないぞ!」
「じゃあなんなのよ?」
「え……」
俺の好みってなんなんだろう……巨乳か貧乳のどっちかを選ぶとしたら……貧乳だけど、なんかあまり言いたくないな。こういうのって戦争の始まりになるんだっけか
「早く言ってよ」
「い、言わないよ」
「どうしてよ、言ってくれたって良いじゃない!」
「嫌です。シンラーさん、プライバシーの侵害です。あ、ちょっと!髪引っ張らないでくださいよ!」
「うるさい!」
俺とシンラーさんがしょうもないことで喧嘩していると、クレイアさんがついに怒り出した。
「「す、すいません!」」
「何であなた達は……」
案の定、怒っても目線は下なので怒られた感じがしない。それに呆られたようだ。
「目の前が城だというのに何をやっているんですか?」
「「え?」」
横に振り向くと、警備兵がすごい目で睨み付けていた。キャー、怖い。
「「す、すいません!」」
俺たちはいったい何やってたんだ……それにしても城はとても大きく豪華だった壁はレンガでできていて、所々に金の装飾が飾り付けられている。庭にはこれまた大きな池があり、水中では魚が泳いでいる。後で分かったのだが、これはニシキゴイというらしい。変な名前だな。
城の扉の前にやって来た。皆は馬車から降りて頭を下げている。マーレイちゃんはしっかり魔法で護衛の騎士になりきっている。それならバレないだろう。俺は日雇いの護衛らしく済にいこうとしたが、
「私の左に居てください」
「え?」
と引き留められた。正直意味が分からない。なんで俺が?シンラーさんは隅に行ったのに。まぁ後になったら分かるか。
俺達は兵士に案内された。途中から護衛兵士の数が制限され、中まで入れたのは伯爵、クレイアさん、シンラーさんと、俺だった。どうやら伯爵が俺たちを指名したらしい。なぜだろう。そして王の部屋に着いた。ここで謁見だというらしい。
屋敷の中には一面赤い絨毯がしかれていた。壁にはあたりまえかのように、金の装飾がされていた。金を無駄遣いしているんだろうなぁ……
俺たちは衛兵に案内され、大きな扉を通り抜けた。目の前の玉座に男が一人座っている。
「私がベルースターレリア公、ヴィサル・ベルスターレリアだ。リーセントアルツ辺境伯よ。良く来てくれた。早速だが私の娘マーレイとあなたの息子リザール殿との婚約の承諾をいただきたい」
辺境伯様のご子息はリザールって言うのか。そういえば聞いていなかったなぁ。
「……」
「どうした?何か問題でもあったか?」
「この話はなかったことにしましょう」
「そうか、そうか。では、婚約の儀はいつに……辺境伯、今なんと?」
「貴殿の公女マーレイとリザールの婚約は白紙にしようと言った」
「はぁ?なぜだ!」
「リザールは王国内の他の貴族との婚約を望んでおります」
「それは理由にならん。そちらが勝手に決めたことではないか」
「はい、何か問題でも?」
「では、リザール殿に直接、聞くことにしょう。馬車は朕が手配する」
「私もリザールが王国内の貴族と婚約することを望んでおります」
「だから言っておろう、直接聞くと」
「……」
「そなたのような老人が決めることではない。貴殿はさっさと隠居したまえ。どうせなら王国ではなく公国内で養ってやってもよいぞ」
「…」
「もっとも、口うるさい王国人はすぐに耐えられないだろうがな。ハッハッハッ」
「ふざけるな!王国を愚弄するなど許されざる…」
「なんだと、貴殿、何て言った?」
「我が王国の誇りにかけてそのような侮辱は許さない!」
伯爵はそう言うと剣を抜いた。抜いちゃ駄目だろ。
「ふむ。そなた、何をしているか分かっているのか?朕は、ベルスターレリア公ぞ?」
「うるさい!」
伯爵は公王に斬りかかった。俺どうすれば良いんだ?今、前に出たら大変なことになるぞ……
「伯爵!お止めください!」
「ふ!」
クレイアさんが止めようとしたが間に合わなかった。公の近衛兵は、剣を構えて突っ込む伯爵を剣でおさえて、そのまま剣を吹っ飛ばした。その勢いで伯爵は倒れこみ、近衛兵に囲まれてしまった。ヤバい、どうすればいいんだ。前に踏み込めない。足がすくんでいた。(何、怖がってんだ。今立ち上がらないでいつ立ち上がるんだ)
「貴殿の処分はリザール殿に聞いてから決めようとしよう。何せ、婚約者の父であるからな。」
「…」
「リザール殿をここに連れてこい。伯爵一行は客間で休んでもらう」
そのまま俺たちは客間に連行された。たいして広くない客間のなかに伯爵とクレイアさんたちと俺とシンラーさんは放り込まれた。
「伯爵、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。少し腰をやってしまったが」
「大丈夫じゃないですよ。なぜあそこまで……」
「私はこんな老体だが今もなおリーセントアルツの辺境伯。先の国王のダクレイス・アイシー・フランソフィア陛下に認められ陛下のもとで働き、20年、フランソフィアの誇りだけは絶対に捨てることはできない。お主も皇族なら皇族の誇りというものがあるだろう?」
「私は……」
シンラーさんはうつむく。
「とはいえ、あなたたちを巻き込んでしまったのは、あそこで無闇に斬りかかった私の責任だ。この小切手には今回の依頼報酬の1万フランがある。銀行で換金してくれれば」
「依頼報酬は4000フランのはずですが?」
「そなたらを巻き込んでしまったのだからそれぐらい当たり前だろう」
「いや、でも、まだ依頼は達成していませんし」
「もういいのだ。これ以上君たちを巻き込みたくはない。このままだと、君たちも殺されてしまうかもしれん」
「伯爵……」
「さぁ、行きなさい。くれぐれも気を付けてな。無事王国に帰還できたらオブレスハイム候のダクリア卿を頼ると良い。彼はダクレイス陛下の時代からの友人で、私のことを言えば君たちを助けてくれるだろう」
「そんな……」
「さぁ速く。見回りが来るかもしれない。クレイアも一緒に行きなさい」
「伯爵、私は伯爵に忠誠を誓った身。伯爵を見捨てるなど私はできません。どうか最後までお側に仕えさせてください」
「クレイア……分かった……」
「さぁ、あなたたち、速く、短い間だったが楽しかった」
「すいません伯爵様、クレイア様」
「ありがとうございました」
伯爵の意に押されて最終的に俺とシンラーさんは依頼を終え、逃げることにした。本当は一緒にいたかったが、俺たちは役に立たないこと、足を引っ張っていることを考えると納得しかなかった。
こうして、俺とシンラーさんは部屋の窓から脱出することにした。普通に正面から出ることはできないし、いくらなんでもワープする魔法など無いので仕方がない。この部屋は二階にあったので、俺は何事もなく飛び降りることができたが、シンラーさんはおそるおそる降り、着地した。




