野菜戦記2019
1 開戦前夜
大体、行きつけのスーパーは下記の2か所だ。
・アルファー=とにかく安いので、全国展開しつつある。その分、品質はイマイチ。
・ブラボー=アルファーより全般的にお高め。但し、その分、品質はいい。
ところが、今年はその図式が崩れてしまっている。
・アルファー=安売りを売り物にしている割に安くもなくなった。
・ブラボー=相変わらずアルファーより高いのだが、品質が落ちた。レタスなんかしなびている。
「高品質な野菜を可能な限り安く買い、毎晩の食卓に並べる」ことをモットーにしているあたしとしてはやり切れない思いだ。
何とか打開策を講じなければ……
「農産物直売所に行ってみたら?」
簡単に言ってくれるのは、今年で結婚10年目を迎える旦那だ。
「農産物直売所? そこに行けば『安くて高品質な野菜』が手に入る?」
「うん。今度、農産物直売所の所長と仕事することになっただけどさー。スーパーのものと違って、青果物市場の市況に左右されないで、農家の人が自分で直に持ち込むからだいぶ違うと思うよ」
「よしっ、その農産物直売所の名前と場所を教えろください。そこを『チャーリー』と名付け、新しい狩場にする」
「何で『アルファー』『ブラボー』『チャーリー』とNATOフォネティックコード付けて呼ぶの?」
「それは、これが、あたしの『戦い』だからです」
「そうですか。武運長久を祈ります。南無八幡大菩薩」
「うむ。大儀である」
こうして、あたしの戦いは始まった。
2 第一戦
その日は午前中に別の用事を済ませ、午後から買い物に出かけた。
予想通り「アルファー」にも「ブラボー」にもあたしを満足させる「安くて高品質な野菜」は売っていない。
だが、今日のあたしは一味違うぜ。
新しい狩場「チャーリー」が用意されているからだっ!
いざ行かんっ! 新しい狩場にっ!
そして、勇躍乗り込んでみるとっ、んっ? んっ?
なっ、ないっ! とにかく品物がない。
スーパーと違い、木製の台に敷かれたグリーンの人工芝の上に品物が載る形態なのだが、とにかく品物がない。
がらがらだ。
時折、少ない数の品物が残っている種類もあるが、明らかに品質は良くない。
むうっ、残念だが撤退だ。これなら数ある分スーパーの方がましだ。
これはどういうことなのか、旦那が帰ったら締め上げ…… いや、ご説明願おう。
◇◇◇
「ああ、農産物直売所はね。スーパーと違って、品質に統一性がないし、基本的に売切れたら、追加搬入しないんだよ」
「んっ? んっ? どういうこと?」
「スーパーはさ、同じ値段で売ってるものであんまり大きさとか違ったら、買う人から苦情が来るでしょ? だから、規格を合わせるの。それに、夕方から夜が稼ぎ時だから、売切れたら追加で商品出すよね」
「うん。そうだよね。じゃ、農産物直売所は違うの?」
「農産物直売所はさ。農家の人が開店前の朝搬入して、閉店後に売れ残りを持ち帰るシステムなの。で、追加搬入は基本的にはしない。売切れたらそのまま。てゆーか、売切れを目指す」
「さふだったのか? では、『安くて高品質な野菜』をポケモンゲットするには?」
「何で『ポケモン』が付くの?朝9時が開店だから、その頃、行ってみれば」
「よしっ! 今度こそ『安くて高品質な野菜』ゲットだぜっ!」
3 第二戦
よーし、今度は他の用事は午後回しっ!
「チャーリー」最優先で『安くて高品質な野菜』ゲットだぜっ!
かくて、朝9時に「チャーリー」に乗り込んだあたしだが、んっ? んっ?
8時55分に駐車場につけたあたしだが、その時には「チャーリー」入り口前は長蛇の列。
既に並んでいらっしゃる皆様の顔顔顔。
あんた主婦歴何年よ? じゅっ、十年です じゅうねん~? そこの田んぼの水で顔を洗って出直しといで的な……
主婦歴30年40年下手をすると半世紀という方がぞろぞろ。
うん。知ってたんだね。みんな。
そう。今回もあたしは苦杯をなめた。買えるには買えたが、これでは他のスーパーで買ったのと品質的に変わらない。
リベンジだ。あたしにはリベンジが必要なのだ。
◇◇◇
「うん。今日もそこの農産物直売所の所長と話したんだけどね。野菜の値段が上がってくると、ベテラン主婦のみなさんが開店前から行列作るんだって」
「む~。その情報は事前に欲しかったね~。何時頃から並んでいるって?」
「早い人は7時半頃だけど、本格的に並ぶのは8時半過ぎみたいね」
「ふむ」
ということはだ。子どもは7時半には登校班の集合場所に行くために家出るから、その後、すぐ出れば、一番とは言わず、いい順番が取れるということだね。
よしっ、リベンジ狙っていくぞーっ。
その時のあたしにはテレビで天気予報を見る旦那の独り言はまるで耳に入っていなかった。
「あ~。いよいよ明日、関東以北梅雨明けかぁ~。こりゃ、農家さん、収穫作業忙しくなるな~」
4 第三戦
その日は7時40分に「チャーリー」の駐車場に着いた。
なんと、あたしが一番乗り!
不思議なことに今日は開店時刻の9時が近づいても、前回のような大行列は出来なかった。5~6人くらい?
何か変だね。ベテラン主婦の皆様、今まで張り切りすぎてガス欠?
嫌なのは、今日はたまたま入荷が少ない日で、ベテラン主婦の皆様はそれを知ってて、あたしが知らなかったってオチはやだな~。
開店してみると、その懸念は一瞬で払拭された。
いろいろとりどりの「安くて高品質な野菜」たち。
これよっ! これをあたしは待っていたのよっ!
冷蔵庫に入り切れるか不安になるくらいの野菜をゲットしたあたしは意気揚々と家に引き上げた。
上機嫌のあたしは、今度は「アルファー」「ブラボー」に向かう。
「より一層の優越感に浸る」ためではなく、魚を購入するためだ。
うちとこは関東でも海が遠いから、農産物直売所には「野菜」と「肉」はあっても、「魚」はない。
「魚」だけは「アルファー」「ブラボー」を頼らざるを得ない。
そうは言いながら、あたしは「ブラボー」の野菜コーナーを確認に行った。
さぞや「高くて低品質な野菜」が…… んっ? んっ?
安い! おまけに品質もいい! 何なの? 何なの? 何なの? これ?
前回「チャーリー」で先に並んでいたベテラン主婦の方が平然と「ブラボー」の野菜売り場の「安くて高品質な野菜」を買い物かごに入れた。
何なの? 何なの? 何なの? この敗北感?
◇◇◇
「だからさ。こないだ梅雨が明けたでしょ? 農家さんが本格的に収穫作業出来るようになってさ。青果物市場に野菜が多く出回ったの。おまけに今年から北海道の野菜農家が夏野菜をJRと組んで、大量に貨物輸送するようになって、更に値段が下がったの。北海道産野菜の進出はうちの方の農家さんも警戒してたんだけどさ」
「ふーんふーんふーん。そーなのねー。それで、しばらくこの傾向は続く訳?」
「そうだね。今年の梅雨は長くて、無理に収穫したものの品質は良くなかったけど、これから良くなっていくと思うよ」
「ふーん」
あたしは何とも言えぬ脱力感に覆い潰されていた。そして、思った。
明日からまた「アルファー」と「ブラボー」に通おうと。
5 第四戦
台風19号が関東に来た。
幸いうちとこはそうでもなかったが、千葉の方など痛々しいくらい被災したようだ。
旦那の同僚も3人、千葉へ復興支援で派遣されることになったらしい。
旦那は「今回は外れたが、もう1回19号クラスが関東に来たら、俺も出動だ」だそうだ。
うちとこも全く被災しなかった訳でもないそうで、旦那は朝もはよから調査に出かけて行った。
何件かビニールハウスのビニールが突風で破れたらしい。
それでも、旦那曰く「これくらいなら保険の給付を受けるより、自力で直したほうがいい。次回の保険料が上がるだけ損だ」くらいのものだそうだ。
さて、旦那には悪いが、朝はゆっくりさせてもらい、11時頃、「ブラボー」に出かけて行く。
「!」
明らかに野菜の価格が上がっている。
「台風19号の影響? ならば、これは『チャーリー』だ」
さすがのあたしも学習する。
だが、時間帯が絶妙に微妙だ。
11時。「チャーリー」に行ってみて、ものがあるかもしれないないかもしれない。
迷った時はまず行動。「行けば分かるさ」とアントニオ猪木も言っている。
いざ、勝負!
敗れた。あたしはまた敗れた。「チャーリー」にものはもうなかった。
駐車場には軽トラにたくさんの野菜の入ったダンボール箱を積込むベテラン主婦様の姿が……
あ、あの人。こないだ野菜が安くなった時、「ブラボー」で買ってた人だ。ぢぐじょー。
呆然として、立ちすくむあたしの前を横切った別のベテラン主婦の方が最後に一個だけ残ったお弁当をレジに持って行った。
あ、お弁当なんかも売ってるんだ。今まで野菜の勝敗にばかり気が行ってて、気付かなかったよ。
しばらくお弁当を買う人のことを注視していたせいか、レジの人から声をかけられた。
「ごめんねぇ。お弁当は今の一個で終わりなの」
「いっいえ。そういう訳では……」
「うちのお弁当。人気があってね。いつもお昼より随分前に売り切れちゃうの。でもね、所長がお弁当の数、今度増やすって言ってるから、今度は買ってね」
「は、はい。ありがとうございます」
◇◇◇
「千葉は既に台風15号で被災してたからね。出荷量が減るのは青果物市場も織り込み済なんだけど、19号では東北も被災して、東北本線が分断されちゃってるのね。だから、東北と北海道からの入荷量が減って、値段が上がってる訳」
「ふーっ。何この毎回毎回、後から情報が入って来る感は?」
「勘弁してよ。市況は相当ベテランの人だって『多分、こうなるんじゃないか』しか言えないんだから」
「この高値はしばらく続きそうなの?」
「JRの人は一刻も早く開通させようと頑張ってくれてるけど、完全に安全が確認されるまで、再開できないからね。何日かは続くんじゃないかな」
「よしっ! 明日も朝から『チャーリー』に行くっ!」
「えっ? 農産物直売所に行くの?そういえばさ、あそこの所長がお弁当の販売量増やしたいんで、食品加工業者紹介してくれって言うから、隣の市の商工会議所通じて食品加工業者紹介したんだ。うんと喜んでたよ。お弁当は販売量増やせば、ほぼ確実に売り上げが上がるアイテムだってからね」
「ふーん。レジの女の人がそんなこと言ってたな~」
あたしは旦那の発言を軽く聞き流した。
6 第五戦
時は来たれり。
あたしは7時40分に「チャーリー」の駐車場につけた。
既に3人ベテラン主婦の方が並んでおられる。
しかも、あたしの後にもどんどん人が並ぶ。
いけるっ! 今度こそ勝てるっ!
9時の開店と共に人がなだれ込む。
しかし、あたしは順番4番目。
「安く高品質な野菜」を存分にゲットする。
そして、そのまま「魚」を求めて、「ブラボー」に車を走らせる。
あくまで「魚」を買いに行くのよ~。ここの野菜売り場はチラリと見るだけ~。
で、チラリと野菜売り場を見る。
高い! 質もいいとは言い難い!
ふふふ。勝った。あたしはついに勝った! とうとう初勝利を収めたのだ。
◇◇◇
「ふん。ふ~ん」
あたしは上機嫌で今日ゲットしたキャベツを刻んでいた。
「勝った~! 勝った~! 初勝利~」
そんな独り言が出る。笑いが噛み殺し切れない。
「はは~っ、ただいま帰りまして候」
あ、旦那が帰ってきた。良かったね~。今日のあたしは上機嫌なのだよ。
「あ~。何か機嫌良さそうじゃない。何かいいことあった?」
「ふっ、ふ~ん。分かる~? いいことあったのだよ」
「俺の方もいいことあったよ。ほら」
「!」
旦那が見せたのは、ビニール袋に入ったキャベツ。な・ん・だ・と・・・・・・
「ほら前に農産物直売所の所長に食品加工業者紹介したじゃない。所長が喜んでね。今回特にお世話になったって、今朝の朝取りのキャベツくれたの。俺のために良さそうなの冷蔵庫でとっといてくれたんだって」
「無料でもらったと言うのですか?」
「は、はい。そうですが……」
「口頭契約に基づき、無償譲渡を受けたと言うのですか?」
「そのとおりでございますが……」
「くっ」
ふっ、やっと手に入ったと思った初勝利がするするとわが手を抜けて行ったか。安かったと言えど、あたしは「有償」。旦那は「無償」。むう、思わぬ伏兵が……
「どどど、どうされましたか?」
「いや何でもない。あたしの戦いはまだ始まったばかりだ。長い間応援ありがとう」
「いや、何をおっしゃられているかよく分からないのですが……」
「あたしはようやくのぼりはじめたばかりだからな このはてしなく遠い野菜坂をよ…… 未完」
「あのいろいろヤヴァいので、話の方向性変えていいですか? ファイトーッ!」
「いっぱぁーつ!」
おしまひ
©秋の桜子様
<ボーナストラック>
「納豆戦記201X」
地球世紀西暦201X年。極東の小さな島国では「納豆ダイエット」ブームが発生。スーパーの店頭から納豆が姿を消す現象が起こっていた。そして、ここにブーム発生前から納豆をこよなく愛す一人の主婦がいた……
妻「やっと。納豆。買えたよ。スーパーブラボーに1パックだけ残ってた」
夫「そう言えば、今日、N市のスーパーデルタに行ったら、山のように売ってた。あそこ、地場産の古いスーパーだから穴場なんだよね」
妻「なんだと。また、情報が後から出て来たな。明日、行って買ってきて。5~6パックくらい」
夫「N市の現場確認。今日で終わっちゃったの。明日からT市」
妻「ええいっ、分かったっ! このあたしが直々に行って、買ってきてくれるわっ!」
妻は知らなかった。家から近いスーパーアルファが茨城から直に納豆を仕入れ、明日からセールを企画していることを……
このお話は事実を基にしたフィクションです。
今度こそホントにおしまひ