薔薇の大きな花束を
私は美しい。
チラッと見つめ、目を伏せれば大体の男が落ちる。
しかしこの遊びにもルールがある。
人のモノには手を出さない。
女に嫌われるような態度はNO!
いざこざは避けたい。
別れる時はあと腐れないよう別の誰かとくっつける。
本当に人は簡単に心変わる。
うまく誘導すれば、簡単に離れていくのだ。
結局美女だろうが普通だろうがブスだろうが、変わらないのだ。
相手を引き留めるモノがなければダメ。
そんな事に今さら気づいても、すでに行き遅れていた。
結婚出来ない、そんな予感が頭をかすめ落ち込んでいた。
完璧な美しさに完璧な身分、平民にも優しく慈愛があり、多くの夫婦の中を取り持った、でも浮き名を流しすぎた
25の行き遅れ令嬢。
どんなに評判が良くても、まともな縁談など来なくなって久しい。
つい先日も行き遅れ仲間であった令嬢を嫁がせた。
皆幸せそうに暮らしている。
それが救いだ。
自分がどうしたかったのかわからなくなり、
自暴自棄になっていった。
もうどうにでもなれ~と、楽しみにしていた観劇に1人で向かった。一緒に行くはずだった令息は他の令嬢と来ているだろう。
私が二人をくっ付けたのだ。
劇を楽しみ、仲を取り持ったたくさんの夫婦と挨拶を交わし、堂々と帰る。
それだけなのに、家に帰るとどっと疲れた。
もう貴族でいることに疲れていた。
サバイバルの訓練もバッチリだし、
どこかの森で1人ノンビリ暮らそうかな…
そう決めたら一刻も早く実行したくなった。
「よし…」
そう呟いて、荷物をまとめる。
少し金目の物も持っていって、どこかの山に家を買うんだ!
荷造りも終わりさっさと家をでる。
品行方正の私がこんな事をするなんて、だれも思いもしないのであっさり逃げられた。
さようなら、私のすべて。
そうして2年が経ち、私は家を買った土地に馴染んできている。
ご近所さんとも仲良くなったし、薬草を採ったり、狩りをしたり、料理を振る舞ったりして過ごしていた。
今日も何の変哲もない1日になるはずだった。
日常を変えたのは一人の来訪者。
「誰かいるか?」
懐かしい低い声だった。
思わず警戒もなしにドアを開けてしまった。
「え…?」
来訪者の顔を見て、息が止まったかと思った。
グラン将軍…?
騎士団きっての大男、いつも不機嫌そうでよく婦女子に泣かれていた。その実とても優しく、繊細な男であることを私は知っている。
「どう…されました?」
無言で立ち続ける将軍に声をかければ、
急に跪き、バサッと大きな音をたて、大きく真っ赤な薔薇の花束を差し出してきた。
その意味に気付き、私はきっと首まで赤くなっていたと思う。
「どうして?」
そう問えば、
「ずっと探していた。まだ間に合うだろうか?」
静かにそう答えてくれた。
「はい!」
そう答えて私は彼の腕の中に思いっきり飛び込んだ。
本当は家を出ることを決めたあの日、見てしまったのだ。
グランが美しい女性と仲睦まじく劇場を歩く姿を。
自分だって、色んな男性と出歩いて何を言っているんだ!と言われるに違いないが、その時はじめて気づいたのだ、自分の気持ちに。
浮き名を流す私を偏見を持たず見守っていてくれた、少し年上の幼馴染み。
彼の事をずっと愛していた、こんなに近くに愛はあった。
彼の幸せを邪魔してしまいそうで、私はあの日姿を消すことにしたのだ。
「もう見失わない。」
グランの押し殺した呟きに、彼がどんな思いでここまで探しに来てくれたのか、思いを馳せ涙が出た。
跪いて赤い薔薇の大きな花束、私が幼い日に語った理想の求婚。
27歳になってようやく叶った夢だった。