前振り
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なんだか胃がちくちくするのは気のせいか? ああもう、不安が拭えねえ。絶対すんなりといかない予感がビンビンしてくる。できるだけの備えをしておかないといかんな……。
明けて翌日になりボイ少年が昼前に村を発った。
道中しばらく馬車での一人旅になることへの不安が顔にはっきり出ていたが、俺とジルユードからオージやダンクルマンなどに宛てた手紙を受け取って必ず届けてくれと念を押したら神妙な顔で頷いて旅立っていった。
これで残ったのは村への居住を決めたミクレア一行のみ。
例の連中を紹介するのは嫌だが後回しにしても仕方ない、どころか俺の知らないところで奴らのことがバレた方が絶対に面倒なことになるのはわかりきっている。
腹をくくって紹介する段取りを行った。
「いいかグラムスさん、ドリット。クランディが暴れたら全力で取り押さえてくれ。もし収まらないようならどんなに手荒な手段に訴えても良い」
「……わかった。やる」
「お前がそんだけ警戒すんのかよ。<岩鋼女>ってのは名前は聞いたことはあるが、そんなにか?」
「そんなにだ。実際あいつに本気で暴れられると俺1人で取り押さえるのは無理だ。クランディを絶対に女だと思って甘くみないでくれ。俺の見立てだとあいつの怪力はドリット以上だ」
「はあ?」
「……ちょっと信じられない」
2人は俺の言葉を素直に受け止められないようだ。まあドリットの腕力はそうとうなものだからな。クランディも女としては厳つい体付きをしているが、単純な体重でいえば俺以下だしおそらくドリットの半分ほどしかないだろう。ドリットからすればあれでも小柄に思える筈だ。
力というのは体格がほぼすべてだ。大魔力を有するマカンは例外だが、魔力量にそう極端な差が出ないという人間の間では魔力による強化は本来そこまで大きな差とはならない。だから2人が訝しむのも当然といえる。
が、そんな見た目で判断してはならないのがクランディという女の恐ろしいところなんだ。俺だってクランディが勇者の野郎に付きまとってきたことで接点が持てて、直にその力を見てなけりゃ信じられなかったかもしれない。
「俺も詳しい訳じゃないんだが、どうも魔力の働き方が異常らしくてな――」
ダン爺さんから以前聞いた魔力異常者の話と合わせての推測になるが、クランディの体は保有する魔力の性質を変質させてしまっているようなんだ。
人は自身の持つ魔力によって勝手に身体能力が強化されているがその差は小さいとはさっきも述べた。
ところがクランディの体はこの魔力による強化幅が恐らく異常なまでに高い。しかも奴は俺以上に魔力を持っていると見ている。それもあって普通の人間とはそれこそ桁違いに魔力によって強化されている。
これだけ聞くととても素晴らしいことのように思えるが、しかしクランディの体の魔力はそれ以外の力を発揮できないようだ。例えば俺が冬の間にしていた、体に熱を生んだり保温したりといった魔力の活用法はできないだろう。魔術だってどうあがいたって使えない。魔力視とかそういう感知能力にも活かせない。文字通り身体強化のみに特化されているということだった。
ダン爺さんが言うには、体の中で自動的に全魔力を身体強化の魔術として使っているようなものなのだとか。もっともそれで魔力が消費されずそのままだってんだから化け物じみてるのも納得といえる。
「はあん。完全にわかった訳じゃねえが、まあなんとなくはわかったぜ」
「…………」
この2人は魔術による強化には縁がないからあんまりピンとこないかもしれないな。俺は『超加速』なんていう切り札を持っているから魔術の強化の恩恵を良くわかっている。常にその強化状態にあるというのがどれだけとんでもないことか……。
「ああでも少し腑に落ちたわ」
「何がだ?」
「昨日よ、キオってガキに少し絡まれて相手してやったんだがよ」
キオ。クランディの弟の少年だな。昨夜男用の家に押し込んだからその時のことだろう。
「あのガキも見た目から想像もつかないぐらいに力が強かったんだよな」
「……あの子供も、強かった」
「…………ほう」
クランディの体質は個人的なものというより血によるものということなのか? 妙な体質の一族なんだろうか。
「ま、生意気抜かしたからへこませてやったがよ。今の小せえ体であれなら将来的にはすごい事になりそうだなとは思ったわ」
「……俺、負けない」
なるほどな。昨日会った時もこちらを値踏みするような視線を感じたが、そんな力を持っているなら同年代の中じゃ抜きん出て強かっただろう。自分を特別な存在みたいに感じていたのかもな。
ま、それでグラムスさんに挑んだってんなら自惚れてたことを自覚させられたに違いない。良い勉強になったと思ってくれればいいがな。……しかしクランディと同じとすると将来的にはドリット以上の怪力を誇るようになるかもしれんのか。
「とにかくわかったぜ。クランディって奴のことは女とは思わねえで本気でかかりゃいいんだろ? 任せときな」
「……女と思わない。俺もわかった」
「いやあいつは女扱いされないとマジ切れする。暴走させるきっかけになるからできれば女として扱ってやってくれ」
「面倒くせえな、おい」
そうだよ、面倒なんだよあいつは。だから俺1人じゃ手に余るってお願いしてるんだ。
◇
ミクレアの従者たちやクランディ姉弟を村の片隅に案内する。具体的に言うとボースの厩舎の方だ。
ボースは半ば放し飼いではあるんだが厩舎だけは村の外れに作ってある。こうして村の外から誰かが来た時に隠しやすいようにな。
他に同行するのはいざという時に頼りにするグラムスさんとドリット、それにジルユードとアルマリスだ。マカンは一応連中の御主人様という立場なので、ボースの厩舎に色物たちを勢ぞろいさせておくように指示して先行させた。
「もうすぐつくが、もうボイがいないから先に少しだけ話しておく」
皆は黙ってついてきているが、それが却って緊張感を高めていた。
村中ということもあってクランディやミクレアの護衛のガーランも武装はしていないが、俺がグラムスさんとドリットを連れていることもあって少々警戒心も抱いているようだ。
この状態でいきなり奴らと対面させるより、先に概要を話しておいて心構えをさせておいた方が良いだろう。
「この村じゃ今魔物を飼っている」
「って、おいおい。マジかよ……」
ガーランが信じられないとばかりに呟くが、続けて声をあげたクランディはさらに訝し気だ。
「はあ? それは食うために捕まえているという意味ですの?」
ああ、そういう風に捉えるのか。魔物は増え方が独特なんで普通の家畜とは扱いが変わってくるが、確かに戦時中は良い食材だったからなあ。
といっても今この村にいる奴らを食うとか、ねえよ。河童みたいなゲテモノ食いたいとも思わんし、メイルズホースは不味いの知ってるし、あと骨だし。
「いや、労働力だな。村のために働いてもらっている」
「魔物を働かせているのですか? それがこの村で行われている極秘事項だと?」
「確か戦前には魔物を使役する者もいたとは聞き覚えがありますが。秘匿するのは魔物に対する恐怖や怒りが未だ根強い民への配慮ということでございましょうか?」
ミクレア、ビストンが続けて尋ねてくる。正真正銘のお嬢様だったミクレアとその執事となると魔物の脅威を実際に目の当たりにしたことはないかもしれない。だから冷静にそう判断できたのだろうか。
「村で魔物を飼うのにそういう側面があるのはその通りだ。王国の復興を速めるためにも使える物はなんでも使うべきだとジルユードが言っていたんでな」
そう言ったのは実際に働かせた後だから順番は逆だが。
「しかしビィ、魔物なんてあてになんのか?」
「それはなんとも言い難いな。魔物と言っても様々だからな。ただ能力に見合った仕事をやらせることができれば相応の成果は上がるとみている。今のところは役に立っているぞ」
「ふうん」
「でも魔物を従えるなんて、本当にできますの? 言うことを聞いていると油断していれば痛い目をみるんではなくて?」
「簡単じゃないのは確かだ。実際、この村でも魔物を使役できているのは俺の弟子のマカンしかいないしな」
「あの子が……?」
「特異な才能というのかな。魔物を屈服させ従わせるためのコツのようなものがあるようだが、感覚的すぎていまいちよくわからん」
「魔物を従えるなんて――まるで魔族みたいですわね?」
「……クランディ、お前の発想は極端すぎるな。さっきビストンさんが言っていたろう。戦前じゃ魔物を使役している奴らはちょこちょこいたんだよ。別に特別な力がいる訳じゃない」
大きな魔力を持っていてその扱いに長けている必要があるが。
というか魔族みたいと言いながら圧をかけてきやがったなこいつ。一瞬ドキリとさせられた。
「それでも魔族なら容易に従えさせられるのではなくって?」
ああ? こいつどういうつもりだ?
「残念ながらそれもない。お前は知らんだろうが、大戦時に魔物を従えていたのは魔族じゃない。魔王だ。だから魔王が死んだ後、魔族は魔物の制御を失い撤退せざるをえなくなったんだ」
「そんなことよく知ってますわね?」
「知識はないよりあった方がいいからな。武力だけが力じゃない。とくに戦後の今求められているのはどうやって国を立て直すかを考える頭の良さだ。お前もダンクルマンの膝元にいたんなら、少しは学問を学ぶことに時間を費やしても良かったんじゃないか?」
「ふんっ。余計なお世話ですわ」
話題はそらせたようだが。……妙なところに食いついてきたのが気になるっちゃあ気になる。まさかダン爺さんから何か吹き込まれてやしないだろうな?
「ではビィ、その魔物が暴れ出す心配はないのですね?」
リードに心配げな視線を送ったミクレアの質問に俺は頷いてみせた。
「ない。マカンがうまく使役できていて、現状では村の住人たちとも一緒に共同作業も行えている。主人はマカンだが、村のみなの言うことも素直に聞いてくれるんで、信じられないかもしれないが意外と馴染んでいるんだぞ」
「それは僕も保証しよう。もっとも今のところ元々大人しい魔物に限って飼っているから、という理由もあるけれどね。ただ普段可愛がっているペットや家畜だろうと粗略に扱えば暴れたり牙を剥くことはある。こちらが敵意を見せれば相手を怯えさせて恐慌状態にさせてしまうのは一緒だ。そういう意味では従えているからといって何をしても平気と考えるのも間違いだよ」
「なるほど……」
こうして事前に多少情報を公開していって、これから会わせる連中はけっして恐れる必要が無いということをそれとなく伝えた。会えば多少は面食らうだろうが少しは冷静に対応してくれることだろう。
『えー、お集まりいただきました皆さま本日は御日柄も良く、私共そろって歓迎の気持ちを歌に込めて皆さまに届けたいと思います。では聞いて下さい。<苦難は続くよどこまでも>』
一瞬で全部台無しにされた。




