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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
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深夜の密談

  ◇


 皆が寝静まった深夜。村の片隅に建てられた小さな小屋でこそこそと暗躍する者たちがいた。


「パパさんママさん、ワイもう寝たいんやけど……」


『セイジロウさん、どうせ明日は朝から畑には出るなってビィから言われているんでしょ?』


「せやけどなあ……。あんまり夜更かしする習慣つけたないねんな。それに明日はボースが変なことせんように世話やかなあかんから仕事がない訳でもないねんで」


『まあまあ今日だけだからさ。できれば今のうちに明日のことを話し合っておこうよ』


「まあ、ええけど」


 場所はセイジロウの小屋である。広さは2畳ほどの小さな小屋だがセイジロウにとってはようやく手に入れた大事な自分の城だ。

 中には暖をとるための囲炉裏もあり、そこに火を入れてぼんやりとした灯りの中で2体のスケルトンと1体の河童が並んで座っていた。シュールな光景であった。


「で、明日のことって何を話しあうん?」


『明日はまた新しい人たちと顔を合わせる予定だよね。そのことについてだよ』


「ああ……。なんや今から憂鬱やわ」


『そうよね~、わかるわ。どんな反応されるのか不安になるわよね~。村で働いている娘さんたちも最初はまるで人を化け物か何かみたいな目で見てきたし。またそうなったらと思うと……んもう、失礼しちゃうわ』


『まったくね。普通の人間とそんなに変わったところなんてありはしないのに、いったい彼らには私たちがどんな風に見えているんだか』


 骨である。


「そこら辺はもう突っ込むのもあれやから言わへんけど、パパさんとママさんはまだええやんか。なんやかんやあってもビィさんの両親やからみんな気ぃつこうてくれおる。それがワイなんて最近なってようやくポツポツ口きいてくれるようになったってとこなんやで。今までいつ不興こうて出てけ言われるか心配で、ホンマ辛かったわ……」


 村の住人たちから受け入れられるまでの苦労は確かにセイジロウが一番大変だった。それも本人からすれば何も悪いことをしていないのにひどい扱いを受けていたようなものである。短気な者ならどうしてこんな風に差別されなければならないのかと怒りを爆発させていてもおかしくない。

 よく我慢したものだが、その分ストレスはかなりのものだった。


「ああいうんがまた繰り返されるんか思うとなあ。しかもなんやしらへんけど、マカンちゃんが『やべぇ』とか言うとったし」


『さっきお父さんとも話したんだけれど、私たちってどうしても第一印象が悪く映っちゃうのよね。村の外で知らない人に会ったら襲い掛かられるか逃げられるかのどっちかしかないってビィも言ってたわ』


「……納得いかんわなあ。ワイなんてこんなにイケメンやのに」


『それに関してはもう突っ込まないよ』


「いや別に突っ込むとこやあらへんねんけど」


『とにかくだね、私たちは初対面の人には悪い印象を与えてしまう、という点からは目を逸らしちゃいけないと思うんだ』


「せやな」


 セイジロウとしては不承不承ではあったが同意した。不本意なことではあるのだが。

 父ちゃん母ちゃんは例外的ではあるが、アンデッドはもとから人から忌み嫌われても仕方ない存在だ。しかし河童という妖怪はセイジロウの生国ではすでに人に溶け込んでいて人権を確立しているのである。往来を歩くのも人目をはばかることもなく、人とすれ違えば気楽に声をかけあうのだって彼の常識としてはなんらおかしなことではない。それがこの世界では存在そのものが悪であるとでもいうかのように人間から敵意を向けられる。人と顔をあわせれば問答無用で殺されてもおかしくないなどと言われてどれだけ理不尽だと叫びたかったか。


『それでどうだろう。普通に顔合わせして「これからよろしく」とか言ったところで相手の警戒心を解くことは容易じゃないのはわかりきってるしさ。だから私としてはもっとガツンと何かやった方がいいんじゃないかって思って、その相談をしに来たんだよ』


「……やめとこ? 絶対ビィさんに後で怒られるで?」


『でもねセイジロウさん。これもビィのためなのよ。あの子には私たちのことで色々気苦労かけているでしょ? セイジロウさんの事だってどうにかならないか随分と気を揉んでいたわ。だからできるだけそんな苦労をさせないためにも、一日も早く新しい村の仲間たちと仲良くなる必要があるの』


「う、うーん。せやろか……?」


『そうだよ。そりゃ私にもビィがどれだけのモノを背負っているのかその全容はわからないよ。だけどものすごい重荷を背負っているのは間違いないんだ。親としては少しでも代わりにできることはやってあげたいんだよ』


「まあそう言われれば、わからんでもないわな」


 知り合ってまだ1年もたっていない関係ではあるが、セイジロウから見てもビィが苦労人であることは見て取れた。マカンの世話を色々と焼きつつも常に他方にも目を向けて同時にいくつもの課題にとりかかっている。泣き言をいうような男ではないが、言わないだけできつい思いはしているだろう。

 だからその苦労を少しでも軽減してやろうという想い自体は理解できた。もっともそのお節介が逆にビィの苦労を増やすことにつながりかねないのだが。


「それで具体的に何か考えがあるん?」


 聞くだけは聞いてみようと思うセイジロウだった。彼からしてみても人間に自分という存在を早く受け入れてもらえた方が良いことなのは間違いない事実だ。


『歌だね』


『歌ね』


「ええ……」


『昔から言うだろう。歌は世界を救う、みたいな。種族や立場の垣根を乗り越え手と手をとりあうきっかけにすらなりえるのが歌というものだ、ってどこかで聞いたことがあるんだ』


『うふふ。私、これでもちょっと歌には自信があるのよ?』


『そうだね。母さんの美声で愛の歌でも唄われた日にはどんな相手もイチコロさ』


「美声も何も声出てへんけどな」


『でも心が感じ取ってくれる。そうだろう?』


「変な感覚やわ」


 ただ美声ではないよなあと思うセイジロウだった。


『とにかく自己紹介がてら一曲唄うのはありなんじゃないかな。セイジロウ君はどう思う?』


「せやなあ……」


 セイジロウはしばし考えこんだ。

 余計なことをすればビィに怒られるかもしれないが、この程度ならば良いのではないかという気がする。

 そもそも真っ先に訴えるべきなのは自分たちが決して敵対的な存在ではないということだ。人間が争っているという魔族とは異なるものである、ということを知ってもらい、その上で共存が可能な相手であるという認識を持ってもらう。それが理想だろう。

 ならば歌を唄うというのは決して間違った手段とは思わなかった。

 セイジロウの生まれ育った世界においても歌とは日常に溶け込んだものであり、セイジロウ自身も数々の有名な歌を聞いてきた。その中で歌手を崇拝したくなるような感動を味わったこともある。アイドルの追っかけをしていたのも良い思い出だ。だから歌の持つ力というものがバカにできないことを知っていた。


「ええかもしれへんな!」


 考え込んだ末にセイジロウは賛同した。

 父ちゃん母ちゃんの歌唱力は未知だが、少なくとも普通のアンデッドや魔族が人間を歌で出迎えるなどということをするとは思えない。下手だったとしても、最低限、違いをアピールすることはできる筈だ。そして相手を歓迎する気持ちが伝われば、一気に良好な関係が築けるかもしれないではないか。

 まさに良いことづくめに思えた。


『よし、セイジロウ君も賛成してくれたことだし本決まりってことでいいね』


「せやけど、ワイら3人でどないな歌を唄うん? ワイはパパさんたちが知っとる歌なんて一つも知らんで?」


『それなんだけれどね、唄うのは私とお父さん2人にして、セイジロウさんには別のことをしてもらいたいのよ』


「別って? なんやここまで話しといてワイだけ仲間外れかいな」


『仲間外れって訳じゃないよ。セイジロウ君には伴奏をしてもらいたいんだ』


「伴奏? 楽器弾けってことか? いうてもワイ、ろくに楽器なんて弾けへんのやけど。というかこの村にまともな楽器あるん?」


『いやいや、前にマカンちゃんにダンスを教えた時に小粋な曲を披露してくれたじゃないか。ああいうのでいいんだよ』


「あー。あれかいな」


 即興で水ガメに革を張った簡易的な小鼓を用意して自慢の踊りを披露したことを思い出した。確かに複雑な楽器の演奏は無理だが、あれであれば雑音にならない程度に歌に合わせて伴奏できる自信はある。

 それに今から歌のリズムやメロディ、それに歌詞を完全に覚えるよりかは、リズムだけを覚えるのに集中した方が失敗しにくそうだ。


「ええんちゃうかな。うまくいけばワイの格好良さも伝わるかもやな」


『頼むよ。私には少し楽器を奏でるのは無理そうでね』


『……んもう。私はお父さんにも期待しているのに』


「まあ今から慣れへんことしようとしても時間あらへんから無理はあかんわ。わかったで。ワイが伴奏で2人が歌やな。それでいこ」


 話はまとまった。

 新しい入居者たちとの面通しは明日の昼から夕方ごろになる予定だ。それまでにうまく歌に合わせて小鼓を叩けるようにセイジロウの特訓が始まった。

 ただ大きな音を立てては面倒なことになりかねない。歌の練習をしていたらその声らしきものが聞こえてしまったとなっては不味い。小鼓も同様である。だから練習はセイジロウがリズムを覚えることに特化したものになり、あとはぶっつけ本番ということになった。

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