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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
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危惧②

「勇者の変事について、か……」


 ジルユードはクランディが自分のところにやってきた時、ある程度は勇者にからむ話題になるかもしれないとは予想していた。しかしそうだとしてももっと迂遠な言い回しなどで探ってくると考えていた。大罪人となった勇者の件は迂闊に触れると大火傷になりかねない繊細な話題だからだ。

 もっともクランディにしても多少はそういうことをわかっていたからこそ2人きりの会談を望んだのかもしれない。ただそれにしてもストレートすぎるとジルユードを怯ませた。

 ビィの口から勇者召喚にまつわる話を聞いた今、この件がどれだけ大きな問題を抱えているのか想像するだけで頭が痛くなる。下手に掘り返さない方が良さそうであり、一刻も早く曖昧なまま風化してくれた方がありがたいぐらいだ。


「ええ。ジルユード様はとてもお偉い御貴族なのですし、何か知っていることがあれば御聞かせ願えませんこと?」


 しかしそんなジルユードの気持ちなど知ったことかとクランディは踏み込んできた。


「残念ながら僕は勇者個人とは顔も合わせたことがない。彼については伝聞でしか知らないし、だから公にされていることぐらいしか知らないのだけれどね」


「それでも私よりも詳しく知れるお立場でしょう? まさか今までユーキ様のことに関して何ら興味も関心もなく調べることもなかったとおっしゃられるの?」


「ふうむ。さすがにそれはないね。……それで、勇者の死を君はどのように考えているんだい?」


 当時あれだけ大騒動に発展した勇者の変事と呼ばれた事件に無関心でいられる者などいる筈もない。大混乱の渦中に叩きこまれた貴族となればなおさらである。だからジルユードはクランディが知りたいことのみを掘り下げることにした。そうすることで自分から余計な情報を出すことを控えようというつもりだった。


「私はユーキ様は謀殺されたのではないかと思ってますわ。それは結果的には成功したものの、ユーキ様の必死の抵抗にあってあのような事態になったのではないかしら、と」


「…………」


 クランディの言いようはほとんど断言に近かった。ジルユードは返答に窮した。


 勇者が謀殺されたという説は決して的外れな推測ではない。

 現在英雄扱いされているビィや勇者の遺児であるリードが一部から危険視されているように、平時においては民衆から崇められ支持を集めることができる個人など王侯貴族からしてみれば邪魔なだけだ。ビィが戦後に祀り上げられたのは勇者の死に方が問題だらけであったため、あからさまな英雄の排除説が出ないように視点を逸らす意味もあったにすぎない。

 それだけにクランディの言う謀殺の可能性は否定しがたい現実味がある。


 しかしジルユードは先ほどビィから聞いた話を思い出す。

 勇者とはもとより使い捨てにされる運命だった。この点に関して言えば最初から排除されることが決まっていたということでクランディの説をより有力にしているが、しかし寿命が限られていたという点から見ればわざわざ手を下す必要がなかったとも言える。

 放っておけばそう遠くないうちに死ぬ筈だったのに、わざわざ魔王を倒して凱旋した直後に殺そうとなどするだろうか?

 ただ、勇者を殺そうとして反撃にあってあの惨劇が発生したと言われればそこにも説得力があるようにも思えた。

 それにビィも勇者が王に対して戦争の責任を糾弾した可能性を口にしていた。

 立場ある者には面子というものが重んじられる。国の頂点に立つ王の面子に傷をつけるなど勇者といえども許されることではないし許してはならない。

 異世界の平民だった勇者には理解しがたく軽視しがちな概念だが、面子を守ることはとても大切なことなのだ。


 仮に庶民にも気さくな態度で接する王がいたとしよう。誰かから礼儀知らずな慇懃な態度で接されようとも怒ることなく笑って許すような王だ。

 その王は気安く親しみやすい良い王である、と捉える者もいるだろう。しかし逆に庶民の顔色すら窺わずにはいられない弱くて情けない王であると考える者もでてくることになる。

 前者は立場の弱い庶民、後者は貴族などに多く見られるようになる。つまりこの王は仕えている家臣から舐められているということであった。

 そしてそのような家臣は王を蔑ろにするようになる。裏でこそこそ法に反する不正を働くぐらいなら可愛いもので、表だって王の施政を批判し無能を嘲るようになれば末期症状だろう。

 そういった立場を弁えなくなった家臣こそが悪であり罰すれば良いだけだという意見は一見正しいように思えるが間違いである。そのような事態を最初から起こさせないことこそが肝心だからだ。

 そもそも弱い王というのは国にとっては致命になりうる問題であり、王が弱さを見せること自体が国に混乱を招く要因である。

 つまりこの場合最も悪いのは家臣に舐められるような行動をとり続けた王にこそある。

 故に立場ある者は面子に拘る。それを傷つけられて黙っていることはあってはならない。私事の範疇であるならばまだしも、公の場であればそれは絶対と言っても良い義務であった。


 では魔王を倒した勇者を労うというめでたい席で、主役である筈の勇者から王が糾弾されるような事態が起きた場合はどうだろうか。

 祝いの宴の席という争いを避けるべき場で主賓が主催者に泥を投げかけたようなものだ。

 そこは多くの貴族やその家族が参列している公の場。勝利の立役者であり最強の戦士でもある勇者といえど、立場は対等ではなく王が上であるなどということはその場の誰もが共通する認識だろう。

 いくら勇者といえども王に対して諫言をするなら時と場を考える必要があった。

 それができなかった以上は罰さない訳にはいかない。ここで勇者に己の立場を弁えさせることができなければただでさえ脆くなった国の基盤が崩れてしまう。

 そこまでジルユードは考えて首を振った。


「ないな。謀殺はありえない」


「なぜ? 納得いきませんわ」


「王宮には権謀術数渦巻いているのは確かだけどね。それでもあの宴の席で暗殺するなどということはないよ。もし誰かにそのつもりがあったとしても、あの日あの場所でというのはさすがにない。もっと時と場所は考えるだろうさ」


「…………納得、いきませんわ」


「僕は個人的には勇者が魔王の呪いを受けたという説を推している。魔王の最後の抵抗が我々人間をとてつもない窮地に陥れたということではないか、とね」


「――納得いきませんわっ!! ユーキ様が魔王の呪いなどに屈する訳がありません! あの方は魔王に勝ったのです! それはもう完璧に! 完膚なきまでに! その勝利にケチをつけるかのような物言い、ちゃんちゃらおかしいですわよ!!」


 怒声。突然クランディのあげた大声は強烈な怒気を含み、それを向けられたジルユードは恐怖を覚え身を竦ませた。そこに主の危険を感じたアルマリスが一歩前に出て危急の状況に備える。

 しかしジルユードはすぐに恐怖を押さえ込んだ。


「……だとしたら、勇者は、自分の意思であのような凶事を起こしたことになる」


 それでは勇者が大罪人であると認めたも同然だ。魔王の呪いだとか操られたという説はむしろ勇者を擁護するためのものだというのに。


「だからっ! っ、……ユーキ様は、そうせざるを得ない状況に追い込まれた、ということでしょう? あの場にいた連中が、ユーキ様に殺されても仕方のないことをしでかしたに違いありませんわっ」


「……クランディ。それ以上は言うな」


 ジルユードは苦し気に声を絞り出した。

 勇者の変事で犠牲になったのは当時の王や王子といった王族から高位貴族たち国の中枢にかかわる敬うべき面々である。それを殺されて当然のように主張するなど不敬にもほどがあった。本来であればジルユードはクランディを厳しく断罪すべき状況だ。

 それを咎める程度にすませようというのはこの村が特殊な環境だということもあるが、それ以上にクランディが黙って裁きを受け入れるとは思えなかったからであった。場合によってはジルユード自身の身が危険にさらされるだろう。今更ながらにビィですらクランディへの対応には苦慮していたことを思い出し、迂闊に自室に招き入れたことを悔やんだ。


「ちっ」


 その上クランディの舌打ちはあまりにも無礼だった。ジルユードは表面上は取り繕ってはいたが、内心では苦渋の表情をつくっていた。


「ふんっ。そういえばジルユード様は侯爵家の御方でしたわね」


「……それがどうかしたかい?」


「でしたら、真相を隠そうとするのも当然なんでしょう」


「……クランディ」


「話は以上ですわ。残念ながら聞きたいことは聞けませんでしたけれど、今はこれ以上は無駄なようですし、今日のところは失礼しますわ」


 ガタンと気が立っていることを隠そうともせずにクランディは立ち上がると、ジルユードの反応など確かめるつもりもないとばかりに踵を返し、乱暴に戸を開けて部屋を出ていった。




「ジル様に対して、なんたる無礼か……!」


 部屋を出ていったクランディに対して静かに怒りを顕わにしたのはアルマリスの方だった。

 アルマリスはクランディが背中を見せた際に不意をついて殺そうとすらした。気配に敏感な一流の戦士にだって殺意を感じさせずに近寄ることができる彼女ならば、あの隙だらけの状態からなら確実に殺せるだろう。だがそれを察したジルユードが止めたのだ。

 アルマリスは何故、とは聞かない。クランディをこの場で殺すこともまた大きな問題を起こすことになるのは間違いなかったのだから、主の判断に異は唱えない。

 しかしクランディのジルユードを敬うどころか下に見るかのような振る舞いには、常に冷静たらんとする彼女にしては珍しく怒りを鎮めることが難しかった。


 この村にはジルユードに対して敬語を使わないビィを筆頭に、侯爵家の令嬢相手にすべきではないおかしな言動や態度をとってくる連中が何人かいる。

 だがそれらは口調こそ褒められたものではないが、ジルユードをけっして蔑ろにするような事は言わないし敬う態度は崩していなかった。婚約者ではあるが実質的には犬猿の仲ともいうべきビィですら立場の違いは弁えているし、いざという時にはジルユードのために動くだろうことをアルマリスは疑っていない。だから今まで怒りを覚えるようなことはなかった。


「…………まったく。ビィから扱い難いとは聞いていたが、これほどか」


「ジル様、あの者、村に置くべきではないのではありませんか?」


「う、む……」


 ジルユードは初めクランディを味方に引き込むことができればビィへの牽制になるのではないかと考えていた。いつかあるかもしれないビィと対立する時への備えとしては申し分ないに違いない。

 しかしそれが簡単なことではないことが先ほどのさして長くはないやりとりだけで実感できてしまった。


「……危うい、ということはよくわかったよ」


 クランディは勇者の変事について語る時、完全に結論ありきだった。ジルユードから知っている情報を聞き出すという体だったが、その実自分の考えを否定するような意見には耳を傾けるつもりが初めからなかったのだ。

 これは当人がすでに疑いようのない根拠や証拠を握っているのならまだ良い。しかしクランディの場合は思い込みが大半だ。こうであって欲しい、こうあるべきだという妄想を現実だと信じたいだけに思えた。

 こういう思考に陥りやすい者というのは騙しやすく利用しやすくはある。しかし純粋な味方とするには危険すぎる。ちょっとしたきっかけで暴走しかねないのだから。


「ジル様が御命令下さればいつでも寝首をかいて御覧に入れますが」


「アルマリス。早まったことはするな」


「よろしいのですか? あの者、私には猛毒になるような気がしてなりません」


「それでも今はまだ慎重に見極めたい。性格的に難があるとしてもここには親しい者と一緒に来ているんだ。そうそう暴れるようなことはしないだろう」


「…………」


「それに、そう易々と殺せるとも思えん。軽々にけしかけて、あげくお前に万が一があったなら笑えん」


「ジル様……」


 ジルユードの判断にはアルマリスは懐疑的だった。

 この村にいる実力者としてはビィとグラムスの2人がいるが、その両者はアルマリスも迂闊に手を出せないことを自覚していた。どちらも常在戦場の気構えをとても自然に体現していて、のんびりとしているように見える時でもほとんど隙がない。

 だがクランディはそうは思えなかった。隙だらけなのだ。

 強いことは強いのだろう。ビィですら警戒していたことからも正面からやりあえば恐らく勝てないとは思う。が、それでもただ殺すだけならそう難しくはないように感じていた。


「一見隙だらけなのはよほど自信があるからだろうね。襲われてもどうとでもしてやれると。これが命がけの戦いを知らない者であれば鼻で笑ってやれば良いが、あいにくと彼女は戦場で何年も華々しく暴れまくった上で生き延びているのだよ。ビィが怪物と称した相手、軽く見るな」


 一方でジルユードはクランディが不意をうっても簡単に殺せるとは思えなかった。

 過去にはアルマリスにビィを暗殺するよう命じたが失敗した。その報告を受けた時、ひょっとしたらアルマリスは生きて戻ってこれなかったかもしれなかったことに気づいて愕然とした。怒りに任せてなんてことを命じてしまったのかと反省せずにはいられなかった。


「いざとなればあれの対処はビィとグラムスに任せればよい。まずは、周囲含めてもっとよく知ることだ」


「……了解しました。ですがジル様、けっしてあの者に気を許されませんように」


「わかっている」

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