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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
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危惧①

 予定外に間が空いてしまいましたが投稿再開します。

 章ラストまでは一気にいくつもりです。

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 話が一段落ついた後、ビィとジルユードは一行を当面の住居となる場所へと案内した。男女別に用意された建物だ。そこに荷物を運び入れ、それから夕食の時間に村で働く面々に簡単に紹介をした。

 当然ながらこの場にはセイジロウやスケルトン夫婦の姿はない。オージの部下であるボイにはセイジロウたちを紹介するつもりがないため、今晩は姿を隠すように指示を出していたからだ。

 仮にボイが出立した後ならば旅の足となる馬車がないため、河童やスケルトンという存在に強烈な忌避感を感じたところで村から出ることも容易ではない。できるだけ村に留まらざるを得ない状況を作り上げてからの方がなし崩し的に許容しやすくなるだろうことは現住民たちが証明している。


 反対にミクレアたちに関しても受け入れられにくい要素はある。

 この村の住人のほとんどは奴隷身分だ。ミクレアは立場的にはすでに平民であるし、奴隷というのも雇用形態の一つにすぎないためそう上下を意識する必要は本来ないのだが、少ないとはいえ従者に護衛の男までついているとやはり違う立場の人間であると思わせられる。そんな女性と大部屋で一緒に生活すると言われれば困惑もするだろう。

 そしてクランディだ。並みの男以上に鍛えられた体躯を誇る彼女の威圧感は凄まじいものがある。戦士としては卓越しているビィやグラムス、それに巨体のドリットなども村にはいるが、やはり同じ部屋で寝泊まりする相手というのは特にそういう物々しさを意識してしまう。

 以上の理由から女性陣からは2人を敬遠する雰囲気ができていた。


 ついでに言うと男の方もあまり好意的ではない。

 なにしろ男用の住居は女性用のそれよりも狭いのだ。現在5人で暮らしているが、そのうちエステル用に大きくスペースをとっている住居である。そこに子供も含むとはいえ4人の追加であった。

 男よりも人数が多く元から大きめに作っている女性用住居なら2、3人増えたところでどうにでもなるが、男用の住居はそれほど余裕がないためあからさまにグラムスなどは不満顔をつくっていた。

 ただ奴隷の女性たちが身分や暴力への警戒心を抱いているのに対し、こちらの男性方では逆に新参者が威圧され肩身の狭い思いをするということで全く同じとは言い難い状況ではある。

 しかしこれは時間とお互いの歩み寄りで改善すべき事例だとビィもジルユードも判断したため、今のところは特にどうこうするつもりはなかった。


 そんな感じで少々緊張感ある夕食が終わるとそれぞれの寝床へと皆戻ることになった。




「あー、ええっと、ジル……ユード様? よろしければお時間をいただけませんこと?」


 住居に入るなりジルユードを捕まえてそう尋ねたのはクランディである。初め言いよどんだのはジルユードの名前を口にするのを慣れていないため間違っているかもしれないと思っていたからだ。ジルユードは高位貴族ではあるが庶民からすれば特別名前が知られている有名人ではない。


「かまわないよ。では僕の部屋で話そうか」


 ジルユードからしてもクランディは初見の他人である。しかし<岩鋼女>の二つ名は何度か耳にしてきたし、女の身で武芸に精を出していたジルユードからは男の中にあって戦場で存在感を示し続けていたというクランディには敬意を抱いてもいた。

 さらにビィがクランディを警戒している、つまりはその実力を高く評価している点についても興味をそそられる。

 扱いが難しい人物かもしれないが、もしも取り込むことができれば頼れる味方となるだろう。ビィに対しての抑止力にもなるかもしれないとくれば友好的に接して損はないと思えた。

 だからクランディから接触してきたことを渡りに船と捉え快く応じる構えを見せた。


「できれば2人きりでお話ししたいのですけれど」


「おや、僕と君は親しい友人同士だったかな? まあ彼女は会話の邪魔はしないので気にしないでくれたまえ」


 ただし快く応じるとは言ってもそれは完全に無警戒でという意味ではない。

 クランディが立場が上の相手にも手を出した前例があることや、暴れ出せばビィでも手を焼くことになるという人物評は軽くはないのだ。ジルユードの唯一の側近である頼れる従者アルマリスを傍から離すつもりはなかった。


「ふうん。まあ、そういうことでしたら」


 クランディはアルマリスにチラリと視線を向け、たいした興味は惹かれなかったのかすぐに視線を戻した。

 その態度には表情にこそ出さないもののアルマリスは少々腹を立てていた。

 自分が軽く見られたことに対してではない。クランディがジルユードに対しても軽く見ている節が見て取れたからだ。一応は敬う姿勢を見せてはいるが、そこには貴族へあってしかるべき畏怖や敬意の感情が読み取れない。

 それもその筈、クランディは己が強者であることを信じて疑っておらず、自分に対して難癖をつけてくるような相手は例え貴族だろうと殴り飛ばしてやるという気構えを持っていた。

 その結果命のやりとりになろうとも勝つのは自分だという絶対の自信があるのだ。だからどんな相手に対しても不遜でいられる。


 歴史を紐解けばクランディのように思いあがって身を亡ぼすことになった者は数知れず、いつか彼女もその仲間入りをするかもしれない。その時になって己の過ちを知ることになるかもしれない。しかし現時点においてクランディの抱く自負を砕くことができた者は一人しかいなかった。

 そしてその唯一こそが勇者であり、彼女の特別だった。




 ジルユードの個室に通されるとクランディは勧められるままに椅子へと腰かけ、アルマリスが淹れたハーブティを一息に飲み干す。優雅とはかけ離れた飲み方だったが、戦場暮らしが長いクランディにそのようなものを求めるつもりもないジルユードも気にすることはなかった。


「ジルユード様は私のことは御存知ですの?」


「<岩鋼女>の勇名は僕にも届いているよクランディ。戦場で輝いている同性の活躍には少なからず励まされたものだ」


「それは光栄なことですわね。ジルユード様も戦場に立たれたことがございますとか。軍を率いるのは貴族の責とはいえ、ジルユード様のお立場なら自ら強く望まない限りはそのような御役目につくことはありませんでしょう? ご立派だと思いますわ」


「ふっ。ありがとう。ただ僕の場合は君と違ってただの一度戦場に出た切りだ。そこで自分の力不足を思い知らされ、あとは終戦まで腐っていた。最後まで戦い抜いた君が眩しく感じるよ」


「……まあっ。ジルユード様のような御方からそのように言ってもらえるとは、とても嬉しいですわ」


 そのクランディの言葉と同時に発せられた気配にジルユードではなく後ろで控えるアルマリスがゾッとするような悪寒を感じた。

 アルマリスはクランディについてはジルユードよりも多少は詳しい。

 戦場で華々しい活躍をした最高の戦士の1人であり誉ある二つ名持ちだ。しかしそんな評価とは裏腹に女性としては不遇であると言える。本人は人一番女としての幸せを掴みたいと思っているが、周りがそういう目で見てくれないのだ。

 理由としては男の集団に混じろうとも他を圧倒するほどの強者だということもあるが、やはり一番はそのゴツイ見た目だろう。体もそうだが顔もゴツく野性味あふれて男性的な顔立ちなのだ。

 そんなクランディからすると女性としての魅力溢れている存在が眩しくて仕方ない。妬ましくて仕方ない。嫉妬で女性を殴り殺したということはなかったが、騒動の種には事欠かなかったらしい。


 一方でジルユードは女性の身でありながら男のような強さに憧れた。本人は男に産まれたかったと公言したこともあるぐらいだ。男装しているのもそういった意識の表れの一つだが、そうしていても女としての存在感が薄れないほどに魅力に溢れていた。

 ジルユードの言うクランディが眩しいという言葉は嘘ではないが、絶対に手の届かない己の理想を体現しているジルユードからそんな事を言われてもクランディにしてみれば逆の意味にしか聞こえなかった。それが一瞬だが護衛を務めるアルマリスが危険を感じる気配すらまとわせた。


「ただ正直に言えば君について知っているのは風の噂程度のものだった。さきほどビィからもう少し詳しく聞かされ、噂の何倍も凄かったのだということは知ったばかりだよ。すまないね」


「……いえ。ジルユード様はビィとはずいぶんと仲がよろしいようですわね?」


「そう見えるかい?」


 ジルユードとしては心外だと言いたいぐらいだ。しかし政治的に強い意味を持つ結婚が決まっている婚約者と不仲であるという噂が広がって欲しくもないのも事実だった。


「それにしても、あのビィがよくもジルユード様のような御方を妻に迎えることができましたわね」


「君はビィとは知り合いだと聞いているが、僕たちの婚約をあまり快く思っていないのかな?」


 ビィの名を出した時に棘を感じたジルユードはそう尋ねた。ビィは戦士としては一流でも女関係は問題だらけだと思っている。クランディがそういう面を知っていればビィの婚約者相手に同情的にもなるのかもしれない。


「正直に申し上げれば、分不相応でございましょう?」


 そして返ってきたのは想像以上にストレートな批判的な言葉だった。もちろんこれはビィがジルユードの相手として不足だと言っているのだ。


「あまり婚約者殿を悪く言われたくはないが、確かに生まれ持った立場が違いすぎるからね。僕もこの話が持ち上がった時には驚いたよ」


「やはりビィが英雄だなんだのと騒がれるようになったのが理由ですの?」


「まあそうだ。侯爵家の縁戚に連ねても良いと思えるぐらいには英雄と呼ばれたことには重みがあるのだよ」


 これは隠しても仕方ないことなので正直に政略結婚であることを話す。貴族にとっては当たり前のことである。恋愛というのは平民だけに許された特権だとも思っている。それを羨ましく思ったこともあるが、さりとて平民だからといって好きになった相手と必ず結婚できる訳でもないことぐらいはわかっているので、相手を選べない不自由を嘆くことはなかった。

 もっとも、殺してやるとすら思った相手に嫁がなければならなくなった時には軽く絶望したが。


「……はっ。ビィが英雄、ねえ」


「む?」


 ジルユードは政略結婚についてクランディから続けて何か言ってくるのかと思った。しかし彼女の示した反応はビィが英雄扱いされていることについてだった。それもなにやらあまり良い感情を持っていないように受け取れる。


「何か言いたいことでもあるのかい? 言っておくが、あれの功績は本当にたいしたものだよ。忌憚なく述べるならば、君よりもずっと上だし、個人としては並ぶ者がいない」


 これは半分誇張ではある。ビィの功績が盛られていることもあるが、戦争においては軍を率いて勝利に導いた将の功績こそが最も大きいと捉えられるのが普通だからだ。

 とはいえ、軍を率いてもいないのに戦局を変える働きをしてきたビィの戦功が抜きん出たものであることもまた事実であり、そうした者が目立つのも確かだった。


「そんなの、ちゃんちゃらおかしいですわ」


 だがクランディは鼻で笑ってみせた。


「あんなユーキ様の後を金魚の糞みたいについてまわっていただけの男が英雄ですって? それは本来ユーキ様にこそ捧げられる称号ではありませんか!」


 勇者マツヤマ・ユーキ。クランディはその勇者に恋慕していたというビィの言葉をジルユードは思い出した。


「…………魔王を倒した勇者の働きはなくてはならないものだった。それは誰もが認めるところだ。しかし勇者は――」


 大罪人だ、と言おうとしたジルユードの言葉をクランディが強い語調で遮った。


「――私、ユーキ様の死の真相を調べていますの」

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[一言] いつも楽しく読ませていただいてます。 更新ありがとうございます
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