とりあえず、まとめる
◇
小屋に戻った俺とジルユード。
俺たちが戻ってくるのを待っていた面々は適度にくつろいでいたようだったが、居住まいを正して再び座り直した。
「待たせてすまないね。ビィと君たちへの対応を協議してきたのだけれど、この村に君たちを受け入れてもいいのではないかという方向で話がまとまった」
「! ありがとうございます、ジルユード様。ビィ」
「とはいえ、無条件でという訳にはいかない。なにしろこの村には余裕がないからね。ミクレア殿が今までどのような生活を送ってきたのかは知らないが、ただ子供の世話を焼いていれば衣食住が勝手に提供されると考えられては困る」
「……それは、何か仕事をしろ、ということですね?」
「そうだね」
頷くジルユードに少し恐縮しながらも次に口を開いたのはミクレアの従者ビストンだった。
「お嬢様はお体も強くありませんしリード様のお世話もございます。金銭をお支払いするということでお嬢様の労務は免除するということにはまいりませんでしょうか?」
「そういう訳にはいかない。この村で生活するのであればこちらとしても客人として扱うつもりはないのだよ。ここでは外から物を仕入れるのにも苦労するのはわかるだろう? 自分の食い扶持ぐらいは自分でなんとかするぐらいのつもりでなければ困る」
「しかし、その……いったいどのような仕事をしろと申されますか?」
ビストンには困惑の色が見えた。ミクレアは正真正銘のお嬢様だったからな。貴族ではなくなってから3年、その間はそれなりに苦労しただろうが、それでもこのやりとりから庶民に混じって働いていたという訳ではなさそうだということがわかる。
ジルユードもお嬢様だが、こいつは戦場に出てくるような女だ。汗水たらして働くことにも抵抗がない。
「仕事の内容に関してはこちらで決めさせてもらう。希望があるなら内容次第では検討させてもらうけれど、基本的には僕かビィが割り振った仕事に従事してほしい」
ジルユードが視線をこちらに送ってきた。
「さすがにリードみたいな幼児を働かせるつもりはないが、キオぐらいの年齢ならもう働けるだろう。できる仕事をしてもらうつもりだ。住居だって不足しているし畑だって耕さなきゃならん。森の外の獣にも警戒が必要だし、ジルユードの発案で紙づくりなんてものにも手を出している。やらなきゃいけない仕事は山ほどあるのに、働くのが嫌だと言うのならこの村で匿う話は無しだと思ってもらおう」
「見くびってもらっては困りますわね。働かずに生きていけるなんて甘っちょろいこと考えてはいませんわよ。ねえ、キオ?」
「うん、姉ちゃん。それに俺が小さいからってそこらのガキと一緒にされちゃたまらないや」
労働力という意味で一番期待できるのはクランディだったのでそちらに意識が向いたのがわかったようだ。だがこいつが本当にこちらの指示通りに働いてくれるか疑問があったのも確かだが。
そしてキオはずいぶんとやる気を見せている。マカンよりも若そうな少年だが、あのぐらいなら日頃から下働きぐらいはさせられているだろう。もっともそうたいした労働力になるとは思っていないが。
ただ彼ががんばってくれればマカンにも良い影響が出るかもしれないな。あいつは見栄っ張りなところがあるから良いところ見せようとはりきるかもしらん。
「……家が無くなってより甘えは禁物であると心得ております。よしなに」
ビストンが難色を示すも、クランディやキオに促される形でミクレアも少々ためらいがちではあったがそう了承した。リードの世話もあるし本人もろくに労働経験などなさそうだが、こちらとしても食って寝るだけの無駄な人員を抱えたくなどないんだよ。
「それで、この村で暮らすにあたって他にも覚えておいてもらいたいことがある」
さあここからが本題だ。真剣な表情で一同を見回し、意識して重い雰囲気をつくって話を続けた。
「俺たちがわざわざこんな国の端の方にある辺鄙な場所の村を復興させているのは、ここが俺の故郷だったという感傷からだけじゃない。表沙汰にできない実験的な試みをするためだ」
「実験的な試み……?」
「その詳細については極秘事項だから語るつもりはない。この村の中でもそれを正しく知っているのは俺とジルユードだけだ。ただ暮らしていれば確実にその一端には触れることになるから、この村の中のちょっと普通ではない事例について色々思うこともあるだろう。だがそれについて否定的な態度や行動は慎んでもらう。また、村の外の者に情報を漏らすのも厳禁だ」
そこまで言って俺はボイ少年に目を向けた。ボイはオージの部下であってミクレアの関係者ではないことを思い出した。
「ボイ、お前はこの後どうする予定だ? 1日2日休んで王都に戻るか?」
すぐに村を出るのであれば別に彼にまでここから先の話をする必要はないだろう。
「いえあの、できれば夏頃に商会長たちが来るまで逗留させてほしいんですが……。その分の食料とか物資は運んできてますんでお願いします。僕だけだと盗賊に襲われたらどうにもならないんですよ~」
オージは夏頃に来る予定か。
確かにボイ1人だけで馬車を走らせるのは道中危険だ。積み荷がないから2頭立ての馬力を考えれば襲われても簡単に逃げきれそうだが、それは相手に馬がない場合だしな。
「仕方ないな……。だがそうなるとお前にもこの村の内情を知っても黙っていてもらうことを誓ってもらわないといけなくなる」
「ええっと、その、だ、大丈夫っす。何があるのかぜんぜんわかんないですけども、商人たるものお客様の秘密を他人に漏らしちゃいけないって教わってますからっ」
中には平気で秘密の情報の売買をしてる商人もいるがな。それに他所には出さなくても商会内じゃ情報を共有しようとして話してる場合もあるだろう。
軽い気持ちでは困るんだがなと思ったところでジルユードが口を挟んできた。
「ボイと言ったね? この村の秘密は本当に極秘事項なのだよ。状況次第では口封じにもっとも確実な方法をとらなければならないぐらいには僕たちも外に漏らしたくない秘密になる。ああ、妙な疑いをかけられる前に言っておくと、これは陛下のお許しを受けてクロインセ家が主導で進めている計画だ。そして他の貴族からの干渉すらも困るので関与させるつもりがない。ここまではわかるね?」
ゴクリとボイが息を飲んだ。口封じのもっとも確実な方法とは殺害するという意味になる。思っていた以上に重大な秘密に触れようとしていることに気が付いたという様子だった。
「他の者も肝に銘じておいておくのだよ。この村で僕とビィが行っていることの邪魔はするな。情報を外部に漏らすな。もしそれが守れなかった場合はクロインセ侯爵家を敵にまわすと思ってほしい。必ず後悔することになるよ」
「うう……」
思った以上に強い語調でジルユードは脅しをかけた。怖いもの知らずなクランディはどこ吹く風だが、ボイはもとより他の面々も一様に顔を青ざめている。衰えたとはいえ王国有数の大貴族を敵に回すなど、たいした後ろ盾のない個人からしてみれば恐ろしい話だろう。
脅す側である俺は当然恐れを抱くことなどないが、それとは別に驚きは感じていた。ジルユードがクロインセの名を出してまで皆の前でフォローを約束してくれたことに関してだ。
こう皆の前で言ってしまえば、もしも魔族とともに生活しているなどの情報が出回り他の貴族などから糾弾された場合にもクロインセ家が矢面に立つことになってしまう。最悪国敵の汚名を受けて窮地に立たされることになるだろう。
今更かもしれないが、そこまでこいつは覚悟していたのかと驚いたのだ。
「さて、それを踏まえて改めて皆には覚悟を問わせてもらおう。この村の中で僕とビィがしていることの邪魔はしない、口外しない、この2点を誓えるのであれば村で暮らしていくことを正式に許可するものとする。……どうする?」
◇
けっきょくボイはジルユードの脅しに屈し、一泊だけして村を発つことにした。可哀想だが秘密というのは漏れるものだ。知ってしまえばついうっかり漏らしてしまわないか心配しながら生きていかなければならない。
オージがボイをミクレアたちの移送に使ったということは口が堅いと信頼しているのかもしれない。しかしオージはスケルトンやら河童やらが住み着いていることを知らないからな。人間にしか見えないマカンのことがばれる危険性自体はもとから低いのだから、しばらく滞在させるぐらいはかまわないだろうと考えたのかもしれない。だとすればやはりリスクは下げたい。
「帰りの道中襲われたらどうしよう……」
「盗賊というのはどこにでも現れる訳じゃない。人の往来がほとんどない場所はむしろ安全だ」
ボイが不安を感じるのも当然なのでできる限りのアドバイスをすることにした。
この村から次に人が暮らしている村や街までの区間は、人も荷物もほとんど動かないので、賊が道を見張っている危険性が低くむしろ安全だ。だから最初にたどり着く村か街にしばらく滞在しても良いし、雇えるのならそこで護衛を雇っても良いだろう。
「裏切られたらって考えると人を雇うって簡単じゃないんですよ~」
「あくまで護衛を雇うのはできたらって話だ。王都にまで戻るのであれば遠回りになろうと比較的治安の良いルートを選んで戻るという手もある」
「うん。それならばボイ、バルヘラル平原に向かうと良い。あそこは国軍が砦を築いて駐留している。主にまだ王国内に残っている魔物への警戒のためだが、盗賊たちにとっても近づきにくい土地の筈だよ」
「……確かにあそこまでは行けそうっすけど」
バルヘラル平原は王国の中央付近で、現在復興が進んでいる地域としては東よりになる。だからそこまでは盗賊の出没はまずないだろう。周辺には大きな穀倉地域があるのでなるべく治安維持にも気を配られている筈だ。
「僕が砦に詰めている将官とその土地の領主に向けて手紙をしたためよう。可能ならば王都に戻る間の護衛もつけてくれるように頼んであげるよ」
「え、本当ですか!? それは助かります!」
「その代わりと言ってはなんだが、できるだけ早く王都に戻って欲しい。オージが出立する前にして欲しい事や追加で仕入れて欲しい物があるのでそれを伝えてもらいたいのだよ」
「わっかりました! そういうことでしたら任せてください!」
「ああ、頼むよ。ビィ、貴様もオージに言伝があるのなら手紙でも書くが良い」
「む。……そのために使う紙がない」
「それぐらいは用立ててやる」
そういうことなら書くか。ボイを戻すことについてもそうだし、ダン爺さんにも一言いってやりたいからな。
「それで、私たちはどこで寝泊まりすれば良いんですの?」
一方でクランディやミクレアたちはこちらの要求を呑んで村に滞在することを望んだ。
俺の個人的な意見として言わせてもらうと少し懐疑的なところがあるんだがな。彼女らが嘘をついているという意味ではなく、こちらの見せたくないモノを見て、あまりに予想外だろう現実に直面して本当に騒ぎ立てないのかっていう点で信用できない。
初見で問題を起こしそうなのはクランディだが、こいつが何かしでかした時に押さえ込めるようにあらかじめ手配をしておかないといかんな。
「当面は男女別の家があるからそこで暮らしてもらう。リードはまだ小さいからミクレアと一緒に女性用の家で良いだろう」
「そうだね。ただどちらも今でもあまり広々としているとはいいがたい。少々窮屈な思いをすることになるけれど、それは堪えてほしい」
今のところ一番スペース的に余裕があるのは俺の小屋になるんだが、ここに常に他人がいる状況というのは好ましくないんだ。父さんたちやセイジロウたちのことが知られるのはもう仕方ないが、マカンの正体に関することだけは知られる訳にはいかないからな。
「人が増える以上は建築作業を急がなければならなくなったね」
それも嫌なんだが、クランディがやる気になってくれれば捗りそうでもあった。
今回の更新分はここまでです。
続きは、先に別作品を少し更新する予定でいますが、そこまで空けずに投稿したいです(希望




