受け入れるべきか①
◇
ミクレアがこの村にやってきたのは、ここなら自分たちを匿ってもらえるとダンクルマンに言われたから、ということのようだ。
立地的に魔族領に近いこともあってこの村の周辺には生きた人里が存在しない。ジルユードがどこかで村を復興させているということぐらいは情報が流れているだろうが、俺とマカンの事情もあって詳しい場所は明かされていない筈。ここなら早々見つかるまい。
だから俺もこの村でマカンを鍛えているのだし、うちの両親やセイジロウともかろうじて共存できている。逃げ込むには最適なのは確かだろう。
が、それは他所からきた者を簡単に受け入れて良い理由にはならない。むしろ追い返す理由としても十分だった。
「ミクレア殿は王都から遠く離れたこの村に潜み、御子を狙う輩の目から逃れたいということのようだが」
「はい」
「あえて聞いておこう。王家や有力な貴族の元に身を寄せる、あるいはウランダ公の元に参じようという気はないのかな? ここまでやってきたことを踏まえればミクレア殿がそれらを選択しなかったことはわかっている。しかしもし頼れる相手が思いつかなかっただけというのであれば、君が良ければクロインセ侯爵領にて匿うように弟に手紙を書こう」
それはつまり隠れるのを止めて表舞台に出る気はないのかという質問だった。
ミクレアは法的には逃亡を選択しなければならない立場にない。仮にウランダ公爵の元へと出向けば息子ともども大切に扱ってもらえるだろう。ただしクロインセ家をはじめ王家側の貴族に庇護を求めた場合はどうなるかわからん気がする。
この質問にはミクレアの現在の王家に対する不信感を計るものもあるに違いない。
彼女が勇者の子を愛おしむのであれば、理由は不明だが勇者の死に関わりさらにはバランスト家を潰す裁定を下した国に対して不満を抱え込んでいても不思議はない。リードの命を狙いかねないなら尚更そうなのではないか。そうであれば反王家を掲げる奴らと手を結ぶ理由としては十分だと思える。
王家側からも姿をくらまし逃げようとするのは理解できるが、その姿勢はいつか反王家に傾く可能性も残しているということだ。
ミクレアが悪い訳ではない。悪いのは状況だ。それは彼女らを匿う者にとっても同じことなのだ。
「国に庇護を求めれば、私とリードは暗殺される不安に怯え続けなければなりません」
「姉の私が言っても信用ならないかもしれないけれど、弟のルイヴィスはそのような暗躍には加担しないよ。実家を頼ってくれるのなら悪いようにはしないと誓おう」
「しかしそれではクロインセ家の立場が悪くなるのではございませんか? 英雄として祀り上げられたビィに加えて勇者様の忘れ形見であるリードをともにクロインセ侯爵家が手中に収めたとなると、けっして小さくない疑惑が起きましょう」
「…………」
ジルユードが黙ったということは否定できないということか。
前に言っていたな。リードだけじゃない。俺も反王家の旗になれてしまうらしい。
そんな2人を抱え込めば、クロインセ侯爵は王家に対し良からぬことを考えているのではないかとあらぬ疑いをかけられ続けることになる。そうミクレアは言っているんだ。
陛下と現クロインセ侯爵の仲は悪くない。陛下が俺のことを相談したというぐらいだからむしろ良好と言えるだろう。
しかし疑われるようなことをしてしまえば、2人がどう思っていようが周囲がその関係を歪めてしまう。クロインセ侯爵の発言や行動にいちいち裏の意味を勘繰るようになるからだ。侯爵のすることに対して国が反対しようとすれば反旗を翻すかもしれない、と。
「そうなった時、クロインセ家は私たちを本当に守ってくださいますか?」
その疑いを晴らすもっとも簡単な方法は何か? 決まっている。ミクレアとリードを殺して差し出せば良い。ジルユードはルイヴィスは暗躍には加担しないと言っていたが、そうすることが国も家も守ることにつながるというのならむしろ正しい貴族の在り方としてはやるべきことなんじゃないだろうか。
「困ったな。大きな事を言った後だが、それでも守りきるとは言えそうもない」
ジルユードとしても苦笑してそう返すのがせいぜいのようだ。
恐らくどこかの貴族を頼るということはミクレアもダン爺さんも検討はしているだろう。その上で安心して頼ることができる相手はいないと判断した。
つまり王家側を頼らないのは、王家に対してのわだかまりや恨みがあるかどうか以前の話だったということだな。
「ではウランダ公の方はどうだ? 王家を支える立場の私としては決して勧められる選択肢ではないが、君がそれを選ばないのはなぜだ?」
「この子を政治の道具にしたくはないからです。まだ幼い我が子を争いの渦中に放り込むようなマネはしとうございません」
「それでも当面の身の安全は計れると思うが?」
「当面とおっしゃいましたね? その先がどうなるのかはわかりかねますが、もしも打倒王家がなったなら。その時はやはり勇者様の御子はウランダ公爵にとっても邪魔になるのではございませんか?」
「……うん。その可能性はなくはないね」
実際問題、施政者にとって英雄というのは扱いが難しい。象徴として扱われる旗印は民から見ればなにかにかけて頂点に立つ人物も同然だ。まるで王よりも上のように崇められかねない者などいても厄介なだけなのだ。困っている時にはすがりたいが、そうでない時には邪魔になる。
特に反王家の象徴として利用し打倒王家をなして新たな王朝を建てたとしても、後に別の誰かがその英雄たる人物を再び担ぎあげてしまえば再度の反乱にも正当性が生まれてしまう。
俺も知らない間に大戦の英雄だとかにされているらしいが、もしも俺が積極的に政治に関わろうとしだしたなら誰に危険視されて命を狙われるようになるかわかったものじゃない。
「ジルユード様。どうか私たちをこの村で受け入れてもらえますよう、重ねてお願い申し上げます」
ミクレアは深々と頭を下げた。後ろの連中も合わせて頭を下げる。
「…………」
ジルユードは悩んでいる。
当然だ。
勇者の子など迷惑なだけなのだ。
ミクレアの事情もわかるが、だからといって同情だけでは受け入れる理由にはならない。
「…………」
唯一検討に値するのがミクレアの後ろ盾にダンクルマンという大人物がいることだろう。これは安易に無視できない。
ジルユードはちらりと俺の方に視線を向けてきた。俺とダン爺さんの間につながりがあることを知っているからだ。ジルユード自身もこの村に来る途中まではダン爺さんと同行していたというから全く知らない仲ではない。
勇者の遺児という火種を拒絶するのは当然の反応だ。それでダン爺さんが怒り狂うことはないと思う。ただ良好な関係を続けるのは難しくなるかもしれない。
「……少し時間をもらいたい。ビィと相談させてもらう。アルマリス、お前はここにいてくれ」
そう言ってジルユードは立ち上がった。相談は小屋の外で行う。
◇
「ビィ、どう思う?」
「難しいな……。率直に言えば拒否して追い出すべきだ。受け入れることによる不利益が大きすぎる」
小屋の外に出て、中の連中に声が聞こえないように少し距離をとって俺とジルユードは相談を始めた。
「それはわかるのだけれどね。貴様はミクレア殿とは知り合いではないのかい? 助けたいとは思わないのか?」
「親しいってほどじゃない。大きな危険を顧みずに助けてやるような義理はないな」
非情なようだが、誰でも彼でも体をはってまで助けてなどいられないんだ。
「では受け入れらない、出ていけと言えば良いのかい? そこに何も不都合はないのか?」
「無いとも言えん。一つはダン爺さんがからんでる件だ」
「うん。僕もそれは気になっていた。そもそもダンクルマンはなぜミクレア殿を匿ったのだろうね? あの御仁ならたまたまということもありそうではあるけれど……」
ダン爺さん女好きな面があるからなあ。ミクレアは美人だし、単純に困っているから助けてやろうとしただけという可能性は否定できない。しかし、たぶんそうじゃない。
「恐らくだが、ミクレアが勇者のせいで大きな被害を受けたと考えてるからだと思う」
「それは家が潰されたことに関してか?」
「そうだ」
「なぜそれをダンクルマンが気に掛ける?」
「ダン爺さんは『勇者召喚』に一役買っているからだ」
「国一番の大魔術士たる御仁だからね。別に驚くべきことではないが」
ジルユードはいまいちピンとこないという表情だった。まあそれはそうだろう。召喚に関わっていたからといって、その勇者の愛人や子供の世話を焼かなければならない道理はない。だいいち主導したのは国であり教会だった。それらが放逐しているのに、なぜダンクルマンが、と思うだろう。
「その上でダン爺さんは勇者の凶行を止められなかったことを悔やんでいた」
「それは知っている。だが勇者を止めることなど誰にもできることではないだろう?」
「正直に言えば俺だって止められたとは思わない。でもな、ダン爺さんはああいうことが起こるかもしれないことを前々から危惧していたらしいんだ」
「何ぃ?」
ジルユードの目つきが鋭くなった。
勇者の変事による被害はとてつもなく大きい。こいつの父親や兄だって亡くなっている。
未だ真相が謎に包まれている変事についての言及となれば目の色も変わるか。
「ダンクルマンは……あれを予兆していたというのか? だというのに警告もせずに放置していたというのか!?」
「落ち着けっ。ダン爺さんが知っていたのは変事が起きることじゃない。勇者が陛下や王国に不満を覚え対立するかもしれないということと、その後勇者が死ぬことになるという点だ。そのことをわかっていたのはダン爺さんだけじゃないし、それに誰もあんな凶事になるなんて思ってもいなかっただろう」
「どういうことだ……? 勇者が邪魔になるのがわかっていて暗殺する計画でも立てていたと? いや、それ以前になぜ対立など……」
「対立の原因は、そもそもの戦争の発端にある。勇者がそれを知れば陛下を糾弾するかもしれないことは予想できた」
「……ビィ、貴様は、戦争の発端は何か知っているのかい? いや、愚問か……」
愚問だな。一時王都の民にも噂という形で広まったし、ジルユードが俺の上官として隊が編成された時点では詳しく知っていた。
「勇者の野郎はな、人間絶対主義という訳じゃなく、魔族の立場や言い分というものも気にしていたんだ。もっとも王国側が滅びる手前で悠長なことを言っていられなかったからとにかく撃退優先で戦ってはいたがな。だが奴がなぜ魔族が王国に攻めてきたかを知れば、心情的に魔族の味方をしてもおかしくなかった。そういう奴だったんだよ」
そして戦争を起こした責任がリーン王国側にあると知れば例え陛下相手だろうと食ってかかるぐらいはしかねないと思っていた。正義感が強いというより、怖いもの知らずだったからな。だから奴の耳にそういう余計な情報が入らないようにも苦慮してたんだ。
「…………」
ジルユードだって他人事じゃない。
クロインセ侯爵は主戦派だった。発端となった魔族領への侵攻を後押しした有力な人物だ。戦争に関して大きな責任を負っている。
当人は亡くなったとはいえ、侯爵家が存続している以上は一族として背負い続けなければならない咎とも言えるかもしれない。




