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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
91/108

勇者の変事とは

  ◇


 後に勇者の変事と呼ばれる事件が起きたのは、勇者が魔王を倒して王都に凱旋した日の夜のことだった。


 憎き魔族の親玉たる魔王を倒した勇者の帰還に民衆は歓喜の声をあげてこれを迎え、王城ではさっそく勝利を祝う宴が催された。

 この宴は急遽開かれたものだ。まだ戦争の最前線だった防衛線の城壁には多くの将兵が残っていたし、この村にいるエステルの父親であるカモル男爵なんかも遠い自領にいたので参加などできる筈もない。

 だから本格的な国を挙げての祭りはまた後日として、この日は王都にいる貴族や国政に関わる重鎮で集まれる者だけを集めて勇者の功績を労う宴を開いたということだった。

 集まれるだけといっても、この時リーン王国で生存している貴族のほとんどが王都にいたのでけっこうな人数が参加していたのは間違いない。家督を継いでいる家長だけでなく、その息子や娘たちなんかもこぞって参加したようだから尚更だ。にぎやかな宴だったろう。

 ちなみに俺も参加資格があったらしい。勇者のおまけみたいな感じでな。

 ただ俺はこの時昏睡状態で治療院に放り込まれていたから不参加だった。後で事件のことを聞いて、参加できなくて本当に良かったと思ったものだ。そうでなければ俺も巻き添えになって死んでいただろうから。


 事件はその宴の最中に起きた。

 あいにくと証言が乏しく事件の詳細は未だに不明なのだが。

 とにかく起きた事実だけを端的に説明すると、宴に参加していた者たちが勇者によって皆殺しにされた。

 まあ生き残りもいるんで正確には皆殺しではないんだが、そう表現しても大差ないような事態になった訳だ。

 この生き残ったわずかな人たちの証言によって勇者の凶行が知られることになった。翌日には当の勇者本人も会場内で全身血まみれで死んでいるのが確認されているため、本当に生き残った者がいなければこの惨事を引き起こしたのは誰かわからず仕舞いになったかもしれない。


 しかし一応は犯人は特定された。勇者が犯人などとすぐには信じられない者もいただろうが、生存者の中に大魔術士として名を馳せていたダンクルマンがいたことによって信憑性が増した。ダン爺さんには信用があったこともそうだが、大魔術士ダンクルマンにして凶行を止めることは不可能だった、かろうじて一人の王子を逃がすのが精いっぱいだった、と言わしめたのだ。そんなことができるのは勇者以外はほぼ皆無と言って良い。


 とにかくこの事件によって王国の貴族の大半、宰相や大臣といった国の重鎮、それに国王陛下や3人の王子、2人の王女が亡くなられた。 

 せっかく魔族との戦争に勝利したと思っていたところで、一夜にして国の中枢が崩壊してしまった。当然の如く国内は大混乱だ。軍を掌握する将軍たちが防衛線にはりついていて巻き込まれなかったがため、軍の混乱が比較的少なく暴走しなかったのが不幸中の幸いだったといえるだろう。


 この一件でほとんどの貴族が代替わりせざるをえなくなった。跡取り含めて死んでしまい血筋が絶えた家も少なくないとか。

 身近なところで言えばジルユードの実家であるクロインセ侯爵家も例外じゃない。当主であるジルユードの父親と跡取りだった長男もこの事件で亡くなり、次男も戦死していたことから成人したての三男が跡を継ぐことになった。

 考えてみればジルユードも自宅で謹慎状態になってなければこの宴に参加して死んでいたかもしれないんだな。運の良い奴だ。


 そして国中が大混乱に陥っている中、新国王として即位したのが第4王子だったベークルッサ殿下なんだが、大変な苦労をされてきたのは間違いない。なにせ当時12歳。まだ成人すらしていなかった。

 俺は勇者の面倒を見させられていた時期に殿下と知り合い、乞われて戦場の話などをいくつか語らせてもらった。殿下個人の出来の良し悪しというのはいまいちわからなかったが、不思議と付き合いやすく感じる御方だったな。

 そんな縁があったせいか、戦後しばらく俺も新王に即位したベークルッサ陛下を手伝って国内の混乱の収束に尽力した。正直言えばさっさと次の魔王に擁立する候補を捜しに行きたかったのだが、そうも言えずに1年だけ付き合った。それでも陛下の元を去るのはなかなか心苦しい思いをしたものだ。


 そんなベークルッサ陛下が真っ先にしなければならなかったことの一つが勇者の処遇を決めることだった。

 魔王を討ち取った英雄ではあるが、同時に王侯貴族を皆殺しにした最悪の殺人鬼。とても予定通り英雄として祀り上げることなんてできる筈がない。

 勇者がなぜこのような凶行に出たのかは諸説唱えられており、有力だと言われているのが魔王の呪いを受けて正気を失っただとか、魔族に体を乗っ取られたという説になる。ただ俺に言わせれば、勇者はマカンですら問題にならないほどの巨大な魔力を持っていた。外部から呪いをかけるだとか乗っ取るだとか、そんな事ができる訳がないんだ。つまりそれほど説得力のある説は存在しないということになる。


 だから結局真相は不明なまま闇の中。しかし混乱のどたばたで口留めもへったくれもなく、事件の犯人が勇者であるということが早々に民衆に漏れたこともあって隠すこともできなかった。

 王侯貴族を殺した下手人は厳罰に処さなければならない。そうしないと新王はいきなり面子を失うことになる。

 かくして勇者は英雄の座を追われ、その姻戚と捉えられるようになっていたバランスト子爵家は巻き添えで取り潰しにあった。とばっちりもいいところだが、あの時はもう色々めちゃくちゃだったからなあ。誰にもどうしようもなかったんだと思う。

 それにバランスト子爵もこの時に死亡していて、やっきになって抗議の声をあげれる者もいなかったのだ。勇者に侍っていたミクレアも宴に出席していたと考えるのが自然だが、今もこうして生きているのだから勇者が見逃したということか? 彼女が生き残ったがゆえに余計に風当りが強くなったのかもしれないな。


 ただ今俺が一番気になるのは、ミクレアの足元にしがみついていた子供。ようやく歩き回れるようになったぐらいの幼児のことだ。黒髪だった。

 俺の知っている人たちは金髪や銀髪が多い。燃えるような赤髪や淡い空色の髪の奴も見たことはある。だが黒髪はいない。いや、1人だけしか知らない。

 俺が知らないだけという可能性も無いことは無いが、それでもごく珍しい髪色だということは間違いないだろう。

 そして俺が知っている唯一というのが、勇者だ。

 異世界から召喚されたという勇者だけが俺の知っている黒髪の人間だった。


「偶然、と考えるには色々重なりすぎているよな」


 ミクレアは勇者が気に入った女で、バランスト子爵はすでに嫁入りしたも同然の態度をとっていた。はっきり聞いた訳ではないが同衾する仲だっただろう。

 で、あの子供が2歳から3歳ぐらいだとすると、計算上は勇者との間に産まれた子供だったとしてもおかしくない。


 ……勇者の遺児がどこかにいるかもしれないと考えたことはあったがなあ。こいつはとんでもない火種になるうる。

 なぜここにやってきた?

 気にはなるが、関わらずにすむのであれば知りたくないところだよなあ。



  ◇


 場所は俺の暮らしている小屋へと移る。


「……ビィ、ひどい所に住んでいますね」


 中に招いた時にミクレアからはそんな一言を貰ってしまった。

 まあ、なにしろ元馬小屋だ。屋根は低く窮屈さを感じるし、足元は土がむき出しのままだから彼女らは腰を下ろすのも躊躇している。適当にそこらに束にしている藁の上にでも座ってくれよ。

 ただな、こんなでも屋根の無いところで暮らすよりよっぽど良い環境なんだ。戦場に出たこともないお嬢様にはわからんかもしれんがな。


「ミクレア様、この村は復興の最中なんですよ。十分な生活環境整えるってのもこれでなかなか大変なんでさ。特に家なんていうのは建てる労力がバカにならねえ。一時しのぎとしちゃこれでも上出来だと思いやすがね」


「そういうものですか。そうですね。ビィ、失礼なことを言いました」


「いや、家としちゃたいしたものじゃないのは事実だからな」


 ミクレアをたしなめたのは護衛の兵士ガーランだった。

 仕草や態度からしてもあまり品のある感じではないので庶民の出だろう。そのわりには雇い主のミクレアにも親し気で、ミクレアの方も彼の言を素直に受け入れているのに少し驚いた。


「ビィさん、あれはビィさんが狩ったのか!?」


 そう尋ねてきたのはマカンよりも少し幼い感じの少年だ。名前はキオという。さっき紹介されたがクランディの弟だそうだ。会って早々俺のことを観察する目線を送ってきたが、今は年齢相応に目を輝かせていた。


「ああ。冬に近くで出たんでな。何かわかるか?」


「わかんねえ! でもすげえ強そうだな!」


 キオが指さしてはしゃいでいるのは二虎の毛皮だった。肉食の魔物の毛皮は獣避けにもなるがそれ以外にも色々な用途がある高級品だ。なので売り物としてオージに引き取ってもらうことも視野にいれているが、とりあえずキレイに処理できた分は壁際に吊っていた。


「ふうん。二虎ですわね」


 クランディにはわかるようだ。


「は? 二虎が出たってこの辺やべぇじゃねえかマジかよ? いやそれでこんだけ毛皮がキレイな状態ってありえんのか……?」


 二虎と聞いてガーランの顔色が変わっていた。魔物の中でもかなり狂暴な部類で、1匹現れただけでそうとうな被害が出ることもあるのを知っているんだろう。


「ガーラン君、毛皮がキレイだと何かおかしいのですか?」


「ビストンさんは狩りとかしたことねえか?」


「あいにくと」


 ビストンと呼ばれたのは身なりの整った初老の男、ビストン・クライマンだ。元々バランスト家で執事をしていた男で、家が取り潰された後もミクレアに仕えているらしい。


「俺は二虎とはやりあったこたぁねえけどよ。怖い魔物だってのは聞いた覚えがある。すげぇんだぜ、殺すのだって一苦労だ。味方にだってたいてい少なくない犠牲も出る。それでも恐怖を押しのけて数を頼りに遮二無二切って突いてと繰り返してなんとか仕留めて、はぁ助かったってな」


 二虎とはやりあったことはないと言っているがずいぶんと実感のこもった言葉だ。たぶん他の強い魔物との戦闘経験があるんだろう。ガーランぐらいの年齢なら戦時中に魔物との実戦経験がない方がおかしいが、肉食の魔物は数が少ないこともあって遭遇したことない奴もそれなりにいる。


「それがなんだよこの毛皮。なんでこんなにキレイなんだよ。普通ズタボロになってるもんだろうがよ。どんな殺し方したんだ、毒でも盛ったのか? ってな驚きだ」


「なるほど。ビィ様は毒を使われたので?」


「いや、不意をついて首を落とした」


「……話には聞いてたが、アンタすげぇな」


「おおーっ、ビィさんはすっげえな!」


「キオ。お姉ちゃんだって二虎ぐらい殺せますわよ?」


「あー、姐さんなら捻り殺しそうだよな。まともに想像できるから逆に怖え……」


 確かにな。

 しかしガーランといいビストンといい、よくまだミクレアに仕えていられるな。バランスト家の私財は没収された筈なのにどうやって給金を払っているのか気になるが。


「……二虎の毛皮かあ。売り物にしたらどれくらい値がつくんすかねえ」


 ボイはオージの元で働いているだけあって金銭的な価値が気になるようだ。後でこいつに熊や鹿の皮も査定させてみるのも面白いかもしれない。


 マカンがジルユードを連れてくるの待つ間、みな小屋の中をうろちょろしながら時間を潰している。ほとんど動いていないのはミクレアと黒髪の幼児だけ。旅の疲れもあるんだろう。ミクレアは腰を下ろしてうつむきがち。幼児はそんなミクレアによりかかってうつらうつらしている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凶事であることは触れられてきましたが、これは予想できた中でも最悪レベルでした。 原因すら不明のまま政治的中枢を失っているのに、よく国の形が保てたと感心します。軍がしっかりしていたんですねえ。…
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