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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
89/108

ドリット

  ◇


 長く廃墟となっていたロンデ村で暮らしていく生活基盤を築いていくために必要な物というと、まず挙がるのは食料の自給自足のための田畑だろう。

 その田畑に関しては、奴隷の女集が中心となって荒れた畑跡を耕しなんとか作物が育つ土壌を整えつつある。あとは実りという結果さえついてくれば軌道に乗るに違いない。もっともそれが難しいのが農業というものであるが、それは心配しすぎても仕方ないところでもあった。

 しかし村で生活していくのには食料さえ手に入れば良いという筈もなく、他にも必要とされる物は多い。

 その中で特に求められているのが住居だった。


「……ふんっ!」


 全身に筋肉をまとった巨漢のドリットが斧を丸々とした巨木に叩きつけた。反対側に先につけた切り口と合わせてトドメとなり、その重量を支えられなくなった木はグラと傾きズシンと重い響きとともに倒れた。


「…………よし」


 結果に満足してドリットは小さく頷いた。続けて倒木から太い枝を落としていく。


 村で建築に関われる人間は少ない。元々男手が少ないこともあり、さらに他にもやらなければならない仕事も多いため、最初に男女別に2件の家を急ピッチで建ててからは専業となっているのはドリットだけであった。

 

 そのドリットは毎日愚痴もこぼさず一人黙々と仕事をこなす。

 他の男たちに仲間意識は持っているが、こうやって1人で仕事に精を出すのがドリットはけっして嫌いではなかった。

 彼はその体躯に見合った怪力の持ち主だ。

 普通は数人がかりで運ぶような重たい丸太も平気で1人で担ぐ。重量的には一度に2本だって持ち上げることができるのだが、それでは運びにくいので1本ずつ運んでいるにすぎない。それぐらいの筋力を誇り、普段は鈍重なイメージがある男だが、重量物を抱えても足取りが乱れない様は逆に軽快感すら感じさせた。


 ドリットは物静かな男であり、見た目に反して気が小さいところがあってあまり争いごとを好まない。もちろん大戦を生き抜いた戦歴の持ち主であるので戦うべき時に臆するようなことはないが、自ら率先して何かをすることは好まない性質でもあった。

 頭を使って人に指示出しするようなことも得意ではなく、誰かの指示で動いた方が本人としても気楽に感じる。

 だからといって指示されたことしかしない訳ではない。手が空けばできることを探してテキパキと仕事を進める。とても生真面目と言って良い。サボり癖があり周りの足を引っ張る者など生き残れやしなかったのだからこれもおかしな事ではない。

 ただ責任ある行動や立場につくことは極端に嫌う傾向にあった。


 その傾向は生来の性格によるものではあるが、特に顕著になったのが戦時中に一度部下を持った事に起因している。


 怪力の巨漢であるドリットは戦場でも目立つ存在だった。

 魔物の突進すら正面から受け止めてみせた彼はビィやグラムスのような華やかな功績こそなかったが、着実に戦場で戦功をあげていき、やがて10人の部下を任せられるに至った。

 当時の彼はそれを面倒にも感じたが嬉しくも感じていた。自分が人から認められた一つの証だ。この部下たちを大事にしようと思った。

 が、その後すぐ起こった戦いで彼の部下は全員が死んだ。

 その一番の原因は魔物の数が味方よりも圧倒的に多かったからだ。大きな物量差を覆すのはそれ以外によっぽどの好条件がなければ不可能に近い。敗北は必至だった。

 しかしそれ以外にもドリットが自覚している要因があった。それは彼の部下への指示対応の不味さであった。魔物の群れとの交戦中、彼には部下を気遣ったり適切な指示を飛ばす余裕が全くなかったのだ。

 目の前の敵に対応するだけで精一杯だった。そして気が付けば皆死んでいた。

 激しく落ち込んだ。それがドリットにとってはトラウマとなった。

 自分だけならともかく、他者の命まで預かることはもうできなくなってしまっていた。


 以後彼は一兵卒の立場に甘んじることになった。命令するのではなく、される立場でひたすら任務に没頭した。

 自分には人を率いる能力はないと認めることは辛くはあったが、それが難しいことであることを知れたのは悪いことではなかった。

 そう、人を率いて命を預かるということはとても難しいことなのだ。


 例えばロンデ村にいる中で戦場で大勢を率いる能力を有していると言えるのは実のところジルユードただ一人である。

 ビィとは部隊の運用法に関して揉めに揉めて対立した彼女であるが、それは状況が特殊なだけでジルユードの能力が低かった訳ではない。むしろビィの方が能力的には不足していたのは本人も認めている。

 大戦で数々の戦果をあげて英雄扱いされているビィにしても、けっきょくは50人程度の指揮がせいぜいだった。本人が前線に出ようとするため、それ以上の数となるとどうしても全体に目が届かなくなるからだ。かといって差配だけして後方でじっとしているのも性に合わない。

 ビィの場合はそれで誰からも一目置かれる戦功を築いていたため勘違いされがちだが、大人数を率いる将となった場合、彼は多くの部下を死なせまくる愚将となったかもしれない。




 ドリットは日夜大工仕事に精を出していた。


 主な仕事の計画は元大工の棟梁であった老人ロットミルが立て、その指導のもとドリットはひたすらに木を切り木材を加工し組み立て家を組む。

 現在メインでとりかかっているのはジルユードとビィの新居だ。

 これは今までのやっつけ仕事ではなく、それなりに見栄えのするきちんとした一軒家にする予定であるためかなりの手間と時間がかかる。

 だから完成を急がず必要に応じて手を止め別の建物を先に手掛けることもあった。

 それが敷地面積で言えば2畳ほどしかないセイジロウの小屋、ビィがやりかけだった燻製小屋の修理、紙の製造小屋やつい最近ではボース用の馬小屋などなど。そしてそれ以外にも廃屋の解体などもしている。使える資材の回収と、新たに建築する時に土台を再利用するためなのだが、これらもかなりの労力を必要とする。 

 これらは全てがドリット1人の仕事ではなかったが、彼がなかなかにハードなスケジュールを組まされているのは間違いなかった。

 ちなみにその予定を組んでいるロットミルはすでに大きな力仕事ができる体ではないため、ある程度作業が進むまでは別の場所で炭焼きや燻製小屋の火の監視をしたりしている。これも大事な仕事だ。


 そんなだから時折り他の誰かがドリットの救援にやってくることは珍しいことではない。


「えっほ、えっほ」


 頻度で言えばグラムスが手伝う日が一番多い。最近はボースが連れてこられることもある。しかし今日はマカンがお手伝いの日だった。


「…………転けないようにな」


 ドリットは大声を出すことになんだか気遅れしてしまうため小声で話しかけるのが癖になっているが、それでもしっかりと聞こえたようでマカンは通る声で返事をした。


「おけ。えっほ、えっほ」


 頭の上に丸太を抱えたマカンがドリットの前を歩いていた。ドリットの方が歩幅が広いこともありすぐに抜かして前に出た。


「デカおっちゃん、はやいぃぃ」


 それが癇に障ったのか、マカンが早歩きになって追いかけてくるのがわかった。事前に警告したのに転げないかドリットは不安になってしまい歩を緩める。


「…………」


 ドリットから見てマカンは不思議生物だった。

 力自慢の彼からしてみると、こんなにも小さな娘が重たい丸太を1人で持ち上げられるのがもう信じられない。しかもそのまま普通に歩いている。とんでもない身体能力だ。

 筋力こそが自分の価値のようにも信じ鍛えてきたドリットは、低身長で細身でありながら男顔負けの力を発揮することがどれほどありえないことなのかをよく知っていた。

 実はこのマカンの怪力をドリット程に異常と感じている者は他にいない。

 グラムスなどは自分が超人というか変人の部類であるので、妙な奴ですませてしまうし、奴隷たちもビィの弟子だからすごい子なんだぐらいで納得してしまっている。まあ他に陽気な河童やビィの両親を名乗るスケルトンといった濃い面子がいたために霞んでしまうのは仕方ないのだが。


 とにかくドリットは、警戒心を覚えるとかいうことではないのだが、この娘はいったいなんなのだろうかと気になって仕方なかった。


「あうちっ」


 ドタンと大きな音を立ててマカンが転んだ。ドリットに追いつこうと足を速めてバランスを崩したようだ。


「……大丈夫……か?」


 小さな女の子が丸太に押しつぶされたのだ。マカンを鍛え上げているビィから頑丈な子だとは聞いていたが心配してマカンの元に戻った。


「……デカおっちゃん……」


 ぐぐぐっとマカンが倒れたまま顔をあげる。


「うしろのことはきにするな。ここはマカンにまかせてさきにいけ」


 そしてマカンは腕をドリットに突き出し親指を立てた。


「…………死ぬなよ」


 ドリットも親指を立てた拳をマカンに向けた。

 2人はニヤッと笑った。


 ドリットがくるりと反転してしばらく歩くと、背後から「よっこらしょ。……えっほ、えっほ」と声が聞こえるようになった。


 面白い娘だなあとドリットは思った。マカンの怪力がどうとかなんだかどうでも良くなった。



  ◇


「いつも任せっきりで悪いな」


「……いい。大丈夫」


 ビィと顔を合わせればドリットを気遣う声をかけられるのが常だった。ドリットはこうして人に気遣われることが少ない。

 巨漢である彼はどうにも人の何倍も働いて当然のように思われることが多く、また見た目の威圧感が強いこともあって気楽に話しかけられない者も多かったのだ。


「マカンはしっかり働いてたか?」


「……働いてた。助かってる」


「そうか。それなら良かった。明日もマカンをつけるからよろしく頼む。……ああ、くれぐれもあいつに材料の運搬以外の作業をさせる時には気を付けてくれ。下手に組み立てとかやらせると妙な形状に組みあがるかもしらん」


「……気を付ける」


「それと、最近おかしな言葉を覚えては使おうとしてくるから、もしあいつが変なことを言い出したら適当にあしらっておいてくれ。うっとうしいなら無視してもいいから」


「…………わかった」


 昼間のあのやりとりは良かっただろうか。

 少し悩んだドリットだった。

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