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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第四章 勇者の変事
81/108

のんびりと

 1話だけ更新します。

  ◇


 今日は朝から濃い霧が立ち込めていた。どれくらい濃いかというと、ほんの1メートルも離れればそこにある物すらほとんど見えなくなるぐらいの濃さだ。とても外に出て何かができるような状況ではない。

 この霧はおそらく丸1日続く見通しだ。

 冬から春に代わる時期には毎年たいてい1、2度こんな霧がこの地域にはやってくる。季節の変わり目の気候変動がどうとかそういう奴なのだろう。

 これほどの霧の中で下手にうろつくと村の中だろうと遭難しかねないので、今日は一日小屋ですごす日となった。こういう日があることは事前に通達していたので村のみんなも物珍しさはあっても右往左往することは無い筈。畑も今はまだ何も植えていないので気にすることもない。


 という訳で朝起きてから外の様子を確認して外に出るのは諦めたら、薄暗い中、囲炉裏に薪をくべて火をおこし、備え付けていた備蓄食料で簡単な朝食を用意してマカンを起こす。


「うまー」


 あまりろくな料理ではなかったが肉さえあればマカンは満足するので楽なものだ。傷みだしていた干し肉を大量に消費し山盛りにしてやればガツガツ食べてくれた。ちょっと前まで肉を一切食わせなかったのでこんな肉でも文句一つ言わずに美味しそうに食いやがる。

 その様子を見ていたら俺も食欲が増したようで一緒にたらふく食った。本当は夕食分もまとめて作ったつもりだったのだが、まあいいだろう。


 それから今日どう過ごすかを考え、なんとはなしにマカンの要望にそってみることにした。


「おいっちにぃ、おいっちにぃ」


 ふみふみふみふみ。リズムに乗ってマカンが足踏み。


「おいっちにぃ、おいっちにぃ」


 ふみふみふみふみ。マカンが踏むのは寝そべっている俺の背中だ。


「……うーん、意外と効くなあ」


 これはマッサージという体をほぐしたりする一種の治療法らしい。情報元はセイジロウだ。

 あいつの書物の中にこのマッサージ法とやらを図解付きで解説している物があり、マカンが興味を持って実践したいといいだしたのがきっかけだった。

 もちろん俺はそんな胡散臭いものには付き合わないと拒否したのだが、つい先日ジルユードが実験台になったらしく「実に良いものだったよ。だというのに貴様の頭ではまるでそれがわからなかったのだな」などと言われ、アルマリスからは「ビィ様には甲斐性というものがございませんから」などと蔑まれた。

 そこまで言われれば俺としても意見の一つもするために実際に体験しておかない訳にもいかない。それで良い機会だとマカンにマッサージとやらを披露してもらっていた。


「おきゃくさんこってますねー」


 その物言いはなんだと言いたかったが、叱る程ではないか。


「ごくらくにつれていってあげますねー」


 セイジロウの持っている知識がバカにできないのはわかっているのだが、こういうところがいまいち真面目に扱う気になれんところだよなあ。

 先日も変身がどうたら言って騒いでいたが、あれと同レベルかもしれないと思えばかかわるよりも身を引くのも仕方ないと思うのだ。


 その後もしばらくマッサージをマカンから受けた。

 足で踏まれるだけでなく、関節を曲げたり伸ばしたり、肩をもみほぐされたりとけっこう色々されたが、まあ悪くはなかった。


「よし、じゃあ俺もマカンにマッサージしてやろう」


「ぎゃー」


 見よう見まねで踏んだらマカンが潰れたカエルのような悲鳴をあげた。やはりこれはこういう体格差でやるべきことではなかったか。




 日々忙しなく生きているとそれが当たり前の生活になってしまうのだが、ふとした時にのんびりとした時間を過ごせればそれがとても贅沢な時間に思えてくる。


「ふぁぁ……は、ふ」


 あくびをして背すじを伸ばす。じんわりと体に血が巡っていく感じがして意識が少しずつ覚醒していった。久しぶりに気がたるんでいるが悪い気はしない。


 頭を振って眠気を覚ます。

 久しぶりに昼間からうたた寝をしていた。疲れがたまっていた自覚はなかったが、朝から体のこりとやらをほぐした効果か、短時間だが心地よい眠りを満喫できた気がする。


「…………ぶつぶつ」


 ふと視線を動かせば、その先ではマカンが本を開いてぶつぶつ言いながら1人で読んでいた。

 まだ完全に文字を読めるようになった訳ではないが、今読んでいる本はすでに何度か読み聞かせた本なので内容は頭に入っている筈だ。その記憶と照らし合わせながらの復習を1人でしている。

 こいつに俺の眠りを邪魔しないようにという心配りができるとか、そういうことを夢見てはいけない。

 俺と一緒だと読み間違えた時に突っ込みが入り、しかも同じような文を何度も間違えたりすると罰則が加えられたりするのを嫌がって1人で読んでいるのだ。

 それでも、こいつも少しずつ手がかからなくなってきている……と思いたいなあ。たんにエステルとカルナールの手間が増えてんだよな、たぶん。


「……しっかり読めてんのかねえ」


 しばらくマカンが本を読んでいるのを眺めた後、久しぶりに剣などの刃を研ぐことにした。

 刃物は切れ味が命、とうるさく主張する奴もいるが、それは正しくはない。例えば俺の主武器であるブロードソードは通常の物より肉厚で頑丈に作られている。その分刃先は鈍く切れ味は悪い。

 だがそれでいいんだ。砥石を使って研ぐ時にもあまり鋭くなりすぎないように注意しているほどだ。

 刃先を研ぎ澄ますと確かに切れ味はよくなるが、その分もろく欠けやすくなる。一度でも硬い骨でも断とうものなら刃がボロボロになりかねず、それでは剣の寿命も短くなるというもの。それに2度3度と生き物を切れば血のりや脂がついてどのみち切れ味は鈍る。そして鈍っていようが、重さと速さと膂力があればぶった切ることはできるのだ。連戦を意識するのであれば切れ味にこだわるのは愚かというものだろう。最悪鈍器代わりだ。

 だがじゃあ切れ味とは気にする必要はないのかといえばそんなこともない。

 俺が使っている短剣などは切れ味が鈍れば途端に使い勝手が悪くなる。例えば獣の皮をはぐ時、肉を切り分ける時など鋭くない刃先では切り口が歪になり皮や肉の質が落ちる。切るのにも無駄に力が必要になり、そうすると加減を間違えて怪我の元にもなったりする。

 もっとも短剣の中でも髭を剃ったりする刃が鋭すぎるとそれもまた怪我のもと。

 つまりは用途に合わせて適切な切れ味が求められるということだな。


「ビィせんせ」


「おう。なんだ?」


 ちなみにマカンにも専用に短剣を持たせている。護身用に日頃から身に着けている筈だ。

 その短剣だけはマカンに手入れさせているのだが、最初に教えて数日後には刃が半分ほどのサイズになっていて驚いた。なので今持っているのは2本目だったりする。

 刃を研いでどこまで鋭くできるのかを追及していたらやりすぎたらしい。


「ゆうしゃはわるいやつ」


「お前からしたらそうだろうなあ」


 今マカンが読んでいるのは勇者が登場する物語の本だ。

 内容は確か、川で婆さんが洗濯していたら大きな桃が流れてきて、その桃を中心に爺さん婆さんが三日三晩祈りを捧げると桃が消滅して代わりに赤ん坊が現れる。で、そのピーチボブと名付けられた赤ん坊が実は勇者で、大人になったら魔族領に攻めこんで悪い魔族を叩きのめして山ほどの財宝を奪って凱旋してきてハッピーエンド。そんな話だった。

 子供の頃には何の疑問も持たなかったものだが、魔族を人間と対等の存在と考えればまんまやっていることが強盗なんだよな、この勇者は。

 リーン王国の政策ゆえか、魔族を見下し搾取すべき相手として描いているのはあの大戦争を経験した身としては愚かしく思えて仕方ない面はある。王国はこれと同じことをやろうとしたら逆襲されてしまったのだ。もっと教訓めいた内容に変えるべきなんじゃないだろうか。

 まあもっとも、魔族に強い恨みを抱いている多くの者たちは逆に今でもこういう風潮を固辞しようとしているものかもしれない。


「ゆうしゃがまおうをたおした」


「そうだな。魔王も強かったが、勇者の方が上だった」


「ビィせんせは、ゆうしゃしってる?」


「知っていると言えば知っているなあ。王国が召喚した勇者の世話を焼かされたからな」


 なんで俺がと何度思わされたものか。

 あいつ我が儘だったから正直言って嫌いだった。

 武術なんて何も身に着けていないど素人のくせに戦いを舐めていたのも腹がたった。王国の現状には顔をしかめ、傷つき命を落とした者には悲痛な表情を向けたりしていたが、どこか他人事のように見ている風だったのに苛立たされた。

 なのに強かったんだ。それはもう圧倒的に。

 自分が強いとわかっているから態度も尊大になるんだろう。

 そんな勇者の機嫌を取らされながら世話を焼かないといけないことがあの時はひどく辛かったな。魔物の群れに囲まれて窮地に陥っている時の方が楽だったかもしれんと思うぐらいだった。


「ゆうしゃはどしたの?」


「死んだ。魔王を倒して戦争が終わった後、わりとすぐにな」


「なじぇ?」


「なんで、かなあ。正確には俺もわからんのだ。なにしろその時は一緒にいなかったからな」


 勇者の死にざまについては聞き及んでいるが、正確な死因に関しては知らない。勇者が死んだというその日もまだ、俺は決戦の日からずっと医療所で昏睡状態だった。起きた後に本当は戦勝でわいている筈の王都内がとんでもない動乱に陥っていてひどく驚いたものだ。


 ただ勇者が何をしでかしたのか、ということを聞いてもそれに関しては妙に納得してしまった。まあそうなるか、という感じだった。


「ともかく、ゆうしゃしんでよかった」


「……そうかもな」


 色々思うところはあるが否定はすまい。

 単純に勇者が嫌いだったからという理由ではない。

 勇者がもしも今も生きていれば、その余勢をかって魔族領に再侵攻をかけようと言い出す奴らがいなかったとは保証できん。そうしていれば今こうしてマカンを次期魔王に擁立しようなんてとてもできなかっただろうし、そうなればさてどうなっていたことやら。

 まあもっとも勇者が今になっても生きている、という可能性自体は最初からなかったんだがな。

 あの野郎のことは好きになれないが、それでも不憫な奴なのも確かだ。

 こちらの事情で一方的に召喚されて戦争に利用され、最後は恐らく怒りと絶望の中死んでいったのだろうから。

 ちょいと予定が狂い、というか、だいぶ書き進めていたんですがどうにもデキが気に入らないので書き直すことにしました。

 という訳で本格的な更新はまた1~2か月先ということで。

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