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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第一章 ビィとマカン
8/108

ビィの目的

  ◇


 3日かけて壁作りを終えた。

 最初はもっと簡単に作るつもりだったのだが、やり始めるとこだわりがでてきてしまい意外と手を抜けなくなってしまったのだ。

 この両側の壁に設置した扉なんてなかなかの出来だろう。スムーズに動くのを確認するとニヤリとしてしまう。

 完全に壁の隙間を無くすことはできていないが、ネズミ程度のサイズの動物でもそう簡単には入ってこれないぐらいには塞ぐことができた。とりあえずはこれで良しとしよう。

 後は雨の時のことを考えて屋内で火が使える準備と、床かな。

 便所も用意しておきたい。やるべきことはまだまだある。ふふん、どうしてくれようか。


「ビィせんせ、なまにくくいて」


 マカンからは狩りに行こうぜという催促がきていた。まあ食料に余裕があるうちに肉の確保に時間を割くのは悪くはない。干し肉つくったりするのにも時間かかるし、この村近辺に危険な動物や魔物がいるなら駆除もしておきたい。

 小屋の壁作りが終わったのだから次はそれでもいいか。

 そう思っていた時だった。


 奴らが来た。




『……来ちゃった』


 日が暮れる前の暗くなり始めた時間帯のことだった。

 小屋の中で窓から外で黒ウサギ相手に格闘しているマカンを眺めていると、突然後ろから声をかけられてビクリとした。


「えっと……母さん?」


『そうよ。息子が近くにいるのにちっとも会いに来てくれない母さんよ』


『父さんもいるぞ』


 注意して見れば確かに黒い影が2つ浮かんでいた。


「なんでまた」


『そりゃおまえ、ここ数日全く家に帰ってこないから心配してだな』


「いや用事がなかったんだ」


 他にやることもあったし。


『用事がないと親と顔を合わせようともしないなんて……っ!』


『どこで育て方を間違えたのかしら……』


 うぜえ。確かに少し悪かったかなという気もするけど、なんというかこの2人のファントムに会うと俺の中の大事にしていた両親像が崩れてしまうので積極的に会いたいと思わなかったのだ。


『ビィは、ここに住むことにしたんだね』


『家にいてくれないのは寂しいけど、あんな風になっちゃったら仕方ないわよね』


「ああ。当分はこの村にいる予定だ。なんとか暮らしていけそうだしな」


 不足している物は多いが、最低限は確保できた。

 ここにしばらく根を下ろす決断を下したので魔導具によって生み出された鳥を飛ばして仲間にもそのことを伝えたばかりだ。

 ここいら一帯は現在多くの人々が生活している土地からはだいぶ離れているが、前人未到の地というわけでもない。道中もたいして危険もなかったのでそのうちあれこれを届けに来てくれる手はずになっている。


『そうか。じゃあ父さんたちもここに住むから』


「やめてくれ」


『部屋は2人で一部屋でいいからね』


『陽がささない位置がいいなあ』


「部屋なんてつくってる余裕ないから」


『……それはおまえ、甲斐性が無さすぎるじゃないか?』


『両親との同居をいやがるなんて……。母さんたちの老後の面倒は見てくれるつもりはないのかしら?』


『父さんたちには、おまえが人の道を踏み外さないか見守る義務があると思うんだ』


「わかった、落ち着いて話そうか。そもそも父さんと母さんに老後があるとも思えないし、まるで俺を犯罪者予備軍みたいに言うのも止めてくれ」


 それと人の道を踏み外して人外の存在になってしまったのはそっちだろうに。


『おまえがあの子と2人きりでいたいという気持ちはわかる』


『私たちだってそうだったものね?』


「……わかってないだろ絶対」


『でもね、父さんたちとももっと時間とって欲しいんだよ!』


『せっかくずっと待ってた息子が帰ってきたのに。お話ししたいこといっぱいあるのに。ビィが今までどこでどうしてたのとか聞きたいのに』


『ビィが会いに来てくれないで母さんと2人きりだと……年甲斐もなくいつまでたっても新婚生活みたいな心境でいてしまうだろう!?』


『もう嫌だわアナタったら子供の前で……』


 もう嫌だなんだこの両親。


 俺はため息をついた。

 なんというか殺伐とした生活が長かった俺にとっては真面目に相手するのが少々面倒くさく感じる2人だったが、言ってることの一部ぐらいは理解できなくもない。

 生活基盤を整えるのが優先だとは思ったが、両親をないがしろにしてしまったのも事実だ。

 そもそもファントムというよくわからない存在になってしまった2人がいつまでも不変のままという保証もない。俺が知らない間に豹変してしまったりとか消えていなくなってしまったりすればそれはそれで後悔するに違いなかった。


「……わかったよ。粗雑にしてゴメン。明日時間とって会いにいくよ。俺が村から出た後のこととかいっぱい話すよ」


 そう言って今日のところはお帰り願った。

 この2人はマカンに悪い影響与えないか心配だ。



  ◇


 俺が15年ぶりに故郷の廃村に帰ってきて住み着こうとしているのは村の復興という目的のためではない。

 そもそもの話、10年以上に及んだ魔族との戦争によりリーン王国は国土の3分の2を失い数えきれないほどの死者をだした。人口が激減してしまったのである。

 勇者が魔王を倒したことで魔族の軍は瓦解しそこでとりあえず戦争は終わった。

 魔族は別にリーン王国の国土を占領するのが目的ではなく人間の殲滅のために戦っていたので、魔王が死んだ後は速やかに魔族の領土に戻っていった。魔族の尖兵として使われていた無数の魔物も引き連れて戻ってくれたために人類は滅びずにすんだ。


 それから王国は復興のための取り組みを始めた訳だが、安定した食料の確保のためには農村の復活が急務だった。

 そのため各地の村の生き残りに故郷に帰って復興させるための支援なども打ち出されたが、それとて王都に近い場所が優先される。一旦西の端に生活圏を追いやられ数を減らした民衆が、再び元の国土全域に広がる利点などなかったからだ。


 そういう意味でこの地は王国には見捨てられているといえる。なにしろ王国の東の端ではないが魔族領にほど良く近い危険地域ともいえる場所だ。村の生き残りも俺以外にまだいるのかも不明だし、戻ってこようと思う者など恐らくいないだろう。

 当然ながら普通に考えたら物流だって悪い。

 多くの作物がとれるようになったとしてもこの村だけで完結してしまっては国としては意味がない。だから本来であればこの村が復興するとしてもそれは数10年、あるいは100年以上先のことになる筈である。


 だからこそ俺はこの村に帰ってきた。

 一応はリーン王国の領土内であり、魔族がいない土地。そして王国民がやってくることもまずないだろうという立地がこれから俺がやろうとしていることにとっては都合が良かった。


 俺がやろうとしていること。

 マカンを育て上げるためにだ。


 父さんにはすぐに気付かれてしまったがマカンは人間ではない。魔族だ。

 長い戦争が終わったとはいえ民衆の中の魔族への恐れと怒りの念は未だ根強い。再び戦争を再開したいなどと思っている者はほとんどいないだろうが、俺のように魔族の少女を育てようとしている人間に対して共感を覚える者もまたほとんどいないだろう。

 マカンが魔族であることが知られれば、俺とマカンに対して凶行に走る者が必ず出てくるし、それを考えれば人が多く住む場所で生活などしていられない。

 また、魔族領に入るのも危険だった。

 マカンは場合によっては魔族からも狙われる可能性がある。

 俺が一緒にいるからというのもあるが、マカンが将来的には目障りになるだろうことを察した実力者にとっては排除対象であるからだ。


『ビィは、その子をどうしたいんだい?』


 父さんからの質問に俺は即答した。


「俺はマカンを次の魔王に育てあげる」




 魔族は多くの人外種族の集まりの総称である。

 様々な種族にはそれぞれの生活習慣があり、けっして全てが足並みを揃えて生きていけるような者たちではない。それを1つにまとめられるのは絶対的な存在である魔王だけだ。魔王がいる時だけ魔族は一枚岩として存在していられるのである。

 だから勇者によって魔王が倒されることであっさりと魔族はリーン王国との戦争をやめ祖国に帰った。


 この仕組みは王国を救ってはくれたが、同時に未だ窮地であることを表している。

 仮に次の魔王が再び王国を滅ぼそうと考えれば、すぐさま戦争が再開されてしまうことになるからだ。そうなってしまえば今度こそ人間は絶滅に追いやられてしまうだろう。

 なにせ勇者はすでにいない。

 勇者を召喚した術士たちもいない。

 王国に受け継がれていた勇者召喚の秘術は失われてしまったのだ。

 リーン王国が今後も存続していられるかは次の魔王が握っていると言っても過言ではないのである。


 ならば次の魔王は誰がなるのか。

 実はこれはまだ決まっていない。

 魔王は世襲制ではないため先代の魔王も王太子を定めたりといったことはしていないし、決定権も持ってはいなかった。

 候補はいるが未だ未定なのだ。

 そして次の魔王が即位するのは早くとも8年後だ。

 これは先代の魔王の思惑によりそうなった。先代は勇者に倒される前に、もし自分が討ち取られるような事態が起きればその時点で人間との戦争を止めることと次の魔王の選定には最低10年の間を空けるということを認めさせていた。

 これには勇者を止める力がなかった場合に魔王候補が次々と討たれてしまうことを危惧したからといった理由がある。それだけ勇者を危険視していたのだ。


 人間への敵愾心に燃えている者が次の魔王になったらリーン王国は滅ぶ。

 それは恐らく覆せない。リーン王国と魔族の総力にはそれぐらいの差があるのだ。たった10年では人間が取り戻せる力などしれている。

 ならば王国が生き残るにはどうすればいいのか。

 人間との敵対関係を望まない者が魔王になれば良い。言うだけなら簡単なのだ。実際にはほとんどの魔王候補は人間を激しく憎んでいるため放っておいたらまずそうならないが。

 そもそもの話、前の戦争が起きた理由からして王国が魔族領に侵略して略奪と殺戮を行ったのが原因だった。一般には知られていないがこれはれっきとした事実だ。それによって魔族の怒りが爆発した結果だったのだ。


 だが10年を越す戦争によって魔族も疲弊している。戦争を嫌う感情も確かにあるし、人間に好奇心を持っている種族もいる。

 俺はそういった事情を鑑みて、人間に敵対しない魔王の擁立を目指すことにした。

 次期魔王の擁立とさらりと言ったが、もちろんそんな簡単なものではない。それもただの人間が行おうとするならなおさらだ。

 だが俺はやると決めて行動を開始し、魔族領に忍び込んでいくつかの種族と接触を持つことに成功した。


 そうして出会ったのがマカンだった。




『経緯が色々省かれてるから詳しいことはわからないけど、お前が苦労してきたのはわかるよ』


『……大変だったのね』


『私たちに何ができるとは言わないけれど、おまえがやろうとしていることを全力で応援させてもらうよ』


『がんばりなさい、ビィ』


「…………」


 俺がやろうとしていることはリーン王国内でも表沙汰にできないことだ。次代の魔王にするために魔族の少女を育ててるとか言える訳がない。足をひっぱるトラブルの種にしかならない。

 特に馬鹿な貴族だとかが絡みだすと途端に破綻しかねない。

 だから俺は少数の知人にだけ協力を求め、自身は兵士を辞めて身軽な立場になって秘密裏にこの目的達成に向けて動き出した。


 俺が2人にこの事を話したのも、この地で当分マカンを育てるつもりだったこともあるが、父さんがマカンが魔族であることを見抜いた上で俺を批難しなかったからだ。2人の命を奪った魔族に対して理解を示してくれそうだったからだ。


 今語った内容はまだ概略だけ。今まであったこと、これから起こりそうなこと、詳しく説明すればもっと色々とんでもない話になってしまう。逆にあれこれ省いたことで不審をもたれても仕方ないとも思っていた。

 しかし2人はそこまで含めて察してくれたようだ。


 正直涙が出そうなほど嬉しかった。


「ああ……。これからも大変だと思うけど、俺、がんばるよ」


『そうだね。がんばりなさい』


『そうよね。本当に大変だと思うわ』


『ああ、本当に本当に大変だろう。――黒ウサギにコケにされる女の子を魔王に育て上げるってどんだけだろうね?』


 ……あー、それは言わないでほしかった。

 というか見てたのか。

 いいじゃないか微笑ましくて。

 あんなでも本気だしたら凄いんですようちの子は。

 いやホントになんでマカンに対しては黒ウサギがあそこまで好戦的になるのかもマカンがケチョンケチョンにやられるのかも少しだけ不思議なんだけども。


「……あれはきっと、その……小動物相手にじゃれてるだけなんだよ」


 最初は肉を食いたそうにしていたから、愛でる気持ちがあるのかどうかは疑問だが。


 とにかく俺はマカンを次の魔王にする。そのために全力を注ぐ。ただそれだけだ。2人も応援してくれ。

 2人からはもちろんだという意思が伝わってきた。




『ところで次期魔王というからには、あの子は魔王の娘とかそういう立場なのかい?』


「いや、別にそういうんじゃない。魔族は実力主義だから血よりも能力や人望が優先される。だから魔族なら誰でも魔王候補に名乗りあげること自体は可能だと言える」


『そうなのか……』


『……アナタ、何を考えてるの?』


『――決めた! 父さんも魔王を目指すよ』


「真面目な話してるのに、いちいちオチつけんのやめろ」

 本日投稿文はここまでです。

 残りは一章完了分までは連日投稿予定です。

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