閑話:魔王少女チェンジ・マカン
4章開始前のリハビリ話(´・ω・`)
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◇
「かるぱる、けるぱる、ぱよよよよ~」
村の一郭でマカンは木の棒をぐるんぐるんと手を軸にして回転させ、それから自分もくるっと一回転、ピタッと静止して腕を大きく広げた決めポーズ。
一連の流れは意味不明ではあってもそれなりに形にはなっていた。
「……できぬ」
しかしマカンには納得がいかないようだった。眉間に皺を寄せて何がいけなかったのかを考える。
「マカンちゃんは何をしているんですか?」
そんなマカンの様子をしばらく前から眺めていたエステルが尋ねた。ちなみに首をコテンと傾けて唇に指を当てる可愛らしい少女の如きしぐさだが、こんなでも男の子である。
「へんしんしたい」
「へんしん……?」
「これ」
何のことを言っているのかさっぱりわからないエルテルに向け、マカンが見せたのは地面に置いていた一冊の本だった。
サイズは小さく、王国には出回っていない光沢のある上質の紙にカラフルな絵柄の表紙という、明らかにこの世界では異質の本。さらに書かれている文字はエステルには読むこともできない謎言語である。
「この本はなんですか? なんだかすごく可愛らしいですね」
エステルがその本でまず目を惹かれたのは表紙の絵だった。現実にはありえないくらいにくりくりとした大きな目をしている可愛らしい少女の姿が描かれていた。
「おっちゃんのほん」
「えっと……かっぱさんですか?」
つまりこれはカノベと呼ばれる異世界の本であった。
エステルはセイジロウが異世界からの迷い河童であることは知らないが、何やら不思議な道具をいくつも所有しているらしいことは聞きかじっていた。
「これ」
マカンはページをめくる。1ページ目から数ページは表紙と同じ少女が様々な格好でポーズを決めている姿が描かれていた。いわゆる本文の見せ場などの内容を抜き出してイラスト化しているあれだ。
そしてマカンが指さしたイラストでは他のおとなしめな衣装とは違う、ヒラヒラとした派手な衣装でステッキを振り回している感じの姿だった。
「まほうしょうじょ」
「はあ……」
よくわかっていないエステルに向けてそこからマカンの力説が始まった。
このイラストの少女が謎の言葉を唱えてポーズを決めるとあら不思議、色々な魔法が使える魔法少女に衣装替えするのだ!
「ん-、マカンちゃんは魔法が使いたいんですか?」
「そらがとびたい」
「うわぁ、変身するとお空も飛べるようになるんだぁ」
飛べない魔法少女もいます。
ちなみにマカンは魔法少女に変身できれば自分が普段隠している火魔法を人に見せても良いのではないかと思っていたりする。
「ふうん、それでマカンちゃんは変身の練習をしているんですか。うふふ、頑張ってくださいね」
できっこないとはわかっていてもとても楽しそうで微笑ましい光景である。ぜひ近くでマカンが飛んだり跳ねたりする姿を見ていたいなとエステルは思った。
「エルもいっしょ」
「……え、私もですか?」
「おけ」
「でもあの、私は少女じゃないんですけど……」
「いっしょにまほうしょうじょになって」
「う、うーん……」
ここで嫌と言えないのがエステルの良いところに違いない。
◇
「かるぱる、けるぱる、ぱよよよよ~」
「かるぱる、けるぱる、ぱよよよよ~」
マカンとエステルは2人並んで不思議な呪文を唱えて木の棒を振り回してポーズを決めた。当然ながらそれでどうこうなる筈がなく、マカンがエステルに指導したりして何度も挑戦していた。
「なかなかうまくいきませんねぇ、マカンちゃん」
といってもエステルは少し楽しそうだった。
「……なじぇ?」
しかしマカンは変身できないことが不満であった。習った通りにしているのになぜできないのか。
「この言葉やポーズは間違っていないんですか?」
エステルが尋ねたのは、彼にはカノベに書かれている文字が読めないからだった。さらにこのイラストだけでは変身ポーズは完全に省かれているため何のヒントもありはしないのだ。しかし聞かれたマカンだって読めない筈なので、マカンがどうやってこれが正解だと思ったのか聞いてみた。
「おっちゃんにおそわった」
「河童さんですかぁ」
エステルはマカンに振り付けの指導をしているセイジロウを脳裏に思い描いてみた。マカンがする分には可愛らしいものだが、セイジロウがこんな仕草をしている姿は不気味の一言に尽きる。
「うーん」
マカンは腕を組んでうんうんうなりだした。最初から変身なんてできないと考えているエステルと違い、マカンはできる筈だと信じていたからなぜ成功しないのかを真面目に考えているのだ。
そもそもマカンにとって本に描かれている物語というものは完全な創作物であるという認識がなく、実際にあったことや起こりうることを描いたものであると考えていた。
実際にこの世界の本とは過去の経験談などや現実に即した物が多いためマカンの勘違いも仕方ないところもある。この辺、文明が進めば進むほど妄想がはかどり現実にはありえない物語が世にはびこってしまうものなのだ。セイジロウの持ち込んだ物を自分たちと同じ基準で考えてはいけないのであった。
ただ魔法や魔術などという不可思議なものが存在する世界で生を受けた幼いマカンにそれをわかっていろというのも酷な話だ。エステルとてこれがセイジロウの持ち込んだ物ではなく、どこかの著名な学者が書いたと言われれば内容を信じてしまっていたかもしれない。
「とりあえずもう一度やってみませんか?」
「おけ」
もっとも成否にかかわらずなんだかんだで楽しんでいた。
そうやってしばらく。
「あ、マカンちゃん、と、えっとエ……なんとか様」
「おっちゃん」
「わっ、河童さんっ」
マカンとエステルがああだこうだ相談しながら変身ポーズを決めているところに通りかかったのはセイジロウである。
ちなみにエステルとセイジロウはこれまでまったく面と向かって会話したことはない。お互い遠目で目にしていた程度で、どれぐらい疎遠であったかと言えばどちらも名前を覚えていないぐらいであった。
セイジロウからはエステルは貴族というお偉い立場のお嬢さんという認識であり、自分の立場の低さから下手にかかわると面倒にしかならないので最近まで避けてきていた。ただここしばらくの立場の改善から少々気が大きくなっていたために今日は逃げなかったのだ。
「えっとあのー、いつも一緒の男の子は今日はおらへんの?」
「その……カルくんは、ビィさんのお手伝いで……」
もじもじしながらも一応返答するエステル。
エステルの御供をしているカルナール・ロデはたいていエステルと一緒にいるが、村での生活に慣れてきたこともありたまに別の仕事を請け負うことも増えてきた。これはこの2人だけが村の中でたいした仕事をしていないことに申し訳なく感じていたため、以前から何か用事があれば申し付けてくれと言い続けていたからである。
村に来た当初はスケルトンや河童といった得体の知れない存在が徘徊していることに警戒心も抱いていたが、徐々にそれも緩み、村の中が安全な場所だと思えるようになってきたからでもあった。
ただいざこうしてセイジロウを前にするとエステルは些か反応に困ってしまっていた。
正直に言えば怖いのだが、しかしセイジロウが村の一員として認められようとしている現在、彼を拒絶するような反応をしてしまうのは良くないのはわかっていた。それにマカンを前にして怖がっている姿をあまり見せたくないなとも思ったのだ。これでも男の子なのである。
だからエステルは表情を若干強張らせながらも努めて笑顔で友好的に対応していた。
「あー、そないか。ほな今ビィさんに用事頼みにいかんほうがええかな。後にしよか」
「おっちゃん」
「ん、なんやマカンちゃん……って、あれぇ? なあちょい待ってマカンちゃん、あのそれワイの本ちゃうの!? なんでマカンちゃんが持ってんねん!」
「おっちゃんのせなかにおちてるのひろった」
「それ普通にワイの背嚢あさっとるよな!?」
セイジロウが寝ている時、マカンはたまに背嚢に手をつっこんで中身をあさっていたのだ。
「ごめん……」
「……いやまあ、ええんやけど」
常識的に考えて怒ってしかるべき案件であるが、セイジロウはマカンが自分がどれだけ言ってもまったく懲りないことを学んでいた。世の中諦めが肝心である。
「で、その本がなんや?」
「へんしんできぬ」
「……あー、変身か。そっか、マカンちゃんは魔法少女に憧れとるんやね」
さすがにカノベの持主だけあってセイジロウの理解は早かった。なにしろマカンにあれこれ聞かれて変身のプロセスを詳しく解説したのもこの男なのだ。
納得の表情で頷き、セイジロウはこの遊びに付き合うことに決めた。
「なるほどな。でもなマカンちゃん。魔法少女いうのはな、そう簡単に誰でもなれる訳やないんやで」
「そなの?」
「そや。魔法少女に変身できるようになるには何パターンかあるんやけどな、例えば珍獣と契約して不思議パワーを授かったりとかや。それと魔法の変身道具を使うっていうのも王道やね」
「へんしんどうぐ?」
「これのことですよね、マカンちゃん」
エステルが言っているのは手に持っていた木の棒だ。カノベの主人公は魔法のステッキを持っていた。
「あかんでー、そういう代用品じゃな。やっぱ本物を持たなあかん」
「えっと、そうですよね」
苦笑気味なエステルである。遊びにそこまでリアリティを求められても困るのだ。
「というわけでワイの持ってる本物を使わしたろ」
「え?」
セイジロウは甲羅型背嚢を地面におろして中身をガサゴソ。取り出した色々な物をマカンとエステルに見せだした。
「これが魔法少女カッパー・ミランの魔法のブローチや。でもってこれが魔法少女ミラクル・クリンのミラクルタクト。こいつは初代女王戦士のクイーンティアラで、あ、これもあったわ、魔法筋肉少女グレート・マッチョネスの10キロ・ダンベル2個セット」
「魔法少女ってそんなに何人もいるんですか? あと変な物が混じっているような……」
「わかっとらへんなあ。ええか、魔法少女業界も大変なんや。一時期あっちこっちで似たようなのが乱立しおってな、ワンパターンやのうてなんやインパクトがないと見向きもされへんようになってもうた。しょせん子供向けや思うて舐めとったらあかんで。もはや魔境の域に達しとる」
「はあ……」
「おっちゃん、これ」
どう反応したら良いのかわからないエステルと違い、セイジロウの力説を半ば聞き流していたマカンはなんとなく良さそうな魔法の変身道具を手にとった。
「ほう、それにするか。ほな任しとき。ワイがしっかりそれの使い方レクチャーしたるで。ちょっと厳しいけどな、変身したかったらついてくるんやで!」
「おーっ」
「お、おー……」
こうしてマカンとエステルの変身訓練は熱を帯びることになるのだった。
◇
そして。
数々の試練を乗り越え、ついにマカンは――!
「へん~~しんっ。――とうっ」
腕を伸ばした状態で弧を描くようにぐるんと回し、それから大ジャンプ。マカンは空中で身をひねって回転しながらお腹に巻いたベルトの中央の羽を指でクルクル回した。
「そこやマカンちゃん! 変身ベルトが回転して体の中に妖気エネルギーが満ちおったで!」
「すちゃっ」
華麗に着地した時、そこに立っていたのはもはやマカンではなかった。
「かめんかっぱー!」
特徴的なクチバシのついた河童の仮面をかぶったその少女は仮面カッパーなのだ!
「決まったーっ!」
その見事な変身模様にセイジロウは大喝采をあげた。
「説明しよう! これの原作キャラのタゴナカ・カズヤは元人間なんやけど正義の組織キューリーによって改造された改造人間なんや。ベルトの力で仮面カッパーに変身することで何倍ものパワーや妖術が使えるようになるんやで。その力で農作業を手伝ったり子守りしたり売り子したりとか大活躍するんや!」
「うえーん、助けて仮面カッパー」
そこに路上でうずくまってしくしく泣きながら助けを呼ぶいたいけな少女風少年が現れた。
「どしたの?」
助けを呼ぶ声に駆け寄り、優し気に話しかける仮面カッパー。
「うえーん、貧しくってもう何日もご飯を食べてないんです。お腹が空いて動けないよー。助けてー」
「これたべる?」
「ううん、虫はちょっと……」
変身しても平常運転であった。
「……ところでマカンちゃん。今更ですけど、魔法少女とは関係なくなっていませんか?」
「だいじょぶ。マカンはあと2かいへんしんする」
「わあ、そうなんだあ」
これからしばらく、変身ブームに火がついたマカンに村人たちが散々付き合わされることになるのだが、それはまた別の話である。




