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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
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騒動静まりて

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 薬の材料を届けて終わった気になっているビィたちだったが、リールにとってはここからが正念場だった。

 口頭でやり方を伝えて薬を作らなければならない。

 準備はすでにすませ作り方の説明もしていたが、任せっぱなしにできる筈もなくリールは神経をすり減らしながらできるだけの助言をして薬を完成させた。

 幸いだったのがカゼルマ病の特効薬というのが既知のものであったことだ。


「この匂い……そうか、黄色い大きな花の木ってエルカの木のことだったんだ」


 エルカの木の樹液は煮詰めると白い粉になる。

 その粉はエルカ粉という名の特殊な薬として知られ、その効能は魔力の暴走を抑えるものであった。それが特効薬として用いられるということはカゼルマ病は魔力の変調による病だということになる。

 魔力の変調は魔術などを影響を受けすぎたり使いすぎたりといった時に起きる症状の総称ではあるが、それが風土病として認識されるようなケースをリールは知らなかった。そしておそらくこの村で暮らしていた村民たちも知らなかっただろう。

 そこに疑問は感じたが、とにかくエルカ粉について一応の知識は持っていることで使用に関しての不安が薄らいだのは貴重であった。


「とにかく、まずはラビオラさんを助けないと」


 ラビオラの症状は発症時から大きくは変わっていなかった。

 しかし熱の上下の振り幅が段々と広がっていっているように感じられ、さらにそれがラビオラの体力を削っていた。

 たまに意識を取り戻すこともあったがそれも短時間であり食事をとることもできない。これが数日続けば命取りになっていたのは間違いない。恐ろしい病気である。

 発症から一日で薬が入手でき、ラビオラ自身がまだ若くここしばらくの栄養状態が悪くなかったがためにまだ余裕があっただけなのだ。


『リールちゃんは大丈夫? ずいぶん顔が赤いようだけど……』


「大丈夫です奥様」


 エルカ粉は煮詰めるだけでできるので焦がしたりしないように注意はいるが比較的作るのは簡単だ。だがカルタボの方はそうはいかない。

 従来の方法であればまだしも、今回は時期に適さない葉の効用を最大限に引き出す特殊な方法を用いる必要があった。実はそれは神経をすり減らす以外にもリールの体に変調をひきおこしていた。それは薬を作る過程で具合を確認するために煙をすったり葉を口にしたりしていたからだ。その自分の身で起きた現象でリールは薬の完成を確認もできた。

 それは強い効能でもってリールに活力を与えてくれていた。血行がよくなり体が火照っていたのだ。おかげで深夜から動きっぱなしであるにもかかわらず眠気も感じず精力的に動くことができる。


「リール姉ちゃん、少し休んだら?」


「大丈夫。元気いっぱいだから」


 だからこれは別に空元気という訳ではなかった。しかし妹からすれば心配になる。


「お姉ちゃんね、これでも患者さんの看病で数日寝なかったりとかも何度も経験してるのよ? けっこう慣れてるから平気なんだ」


 薬師としてはここが正念場だ。リールは気合を入れ直してラビオラの看病にかかることにした。




 ラビオラの容態が安定したのは翌日の夕方頃だった。

 時期か、発症してからの時間か、あるいは作り方の問題か、エルカ粉の効能は特効薬というわりには弱く、すぐには良くならなかった。ラビオラがそれでも快方に向かったのはリールたちの懸命な看病と活力を与えるカルタボの効能によるところも大きかっただろう。

 とにかく最悪の事態は回避し、これから村で起きるかもしれない同様の症状にも備えることができた。


 村の住人の間にはそれでも病に対する不安は残った。なにしろラビオラが苦しむ様を見て命の危機に瀕した事実を知っているのだから、特効薬があるからといっても病にかかること自体に恐怖するのだ。

 しかし薬師であるリールからカゼルマ病の特効薬であるエルカ粉を普段から少量ずつ飲用することで予防できる可能性が十分期待できると言われ、ある程度それも払拭されることになった。

 その分エルカ粉を早期にまとまった量手に入れる必要はあるが、エルカの木の密集地をすでに見つけてあるため手間さえかければ可能である見通しもすでに立っていた。



  ◇


「ラビオラ、もう平気だって聞いたから見舞いにきたよ。今回は災難だったね」


 女性用の家の中で寝かされていたラビオラに最初に会いにきたのは、ロージーという奴隷の中でも最年長の女性だ。

 歳が近いこともあり、またラビオラの口が悪いことも気にしないおおらかな女性であるため、ラビオラが一番親しいといえる相手だった。


「はぁ……。死にそびれちまったね。まあ死にたかったわけじゃないけどさ」


「死んだってなんにもなりゃしないさ。それよりもリールには感謝しなよ。ビィ様たちもがんばってくれたけど、あの娘がいなきゃあんた助からなかっただろうって話だからね」


 事実ラビオラは急造のエルカ粉だけでは治り切るまで体力が持たなかったかもしれないといわれていた。


「……もちろん感謝してるよ。はん、あの娘もただの穀潰しじゃなかったんだね」


「もう少し素直に感謝できないのかねえ。せめて本人にはありがとうの一言ぐらい言っておあげよ?」


 ロージーは苦笑した。ラビオラが本心から感謝していることはわかっているのだ。ただひねくれた言い方をしているだけで。


「まあでも、あんたには辛いことだっただろうけど、これでリールのことを馬鹿にできる娘たちはいなくなっただろうね。なにせもし自分が病になった時に頼らなきゃならないのはリールだってみんなわかったんだからさ」


「こんな事がないと気付かないなんて難儀なもんだよ、ホント」


「難儀なのはあんただろ? あんたが一番リールのこと心配してた癖にさ。若い娘たちには上から言ってきかせたって反発して余計に裏でこそこそしでかしかねないって随分気にもんでたじゃないか」


「……そんなこと考えた覚えはないね」


「ホントに素直じゃないんだから」


 またもや苦笑させられたロージーだったが、友人が無事復調していつもの悪態がまた聞けてホッとしたという面もあるので内心では喜んでいた。


「そういやあんた、例のキュウリの実験はどうするんだい? ジルユード様は別の誰かに変えることも検討するって言ってたけど」


「何言ってんだい。そんなのあたしゃ聞いてないんだ。だから続けるに決まってるだろ。お金もたんまり貰えるしね」


「今からそんな大金貰ってなんに使うつもりなのやら」


「そんなのあたしの勝手だろ?」


「はいはい、そうだね。まあしばらくは養生しな。数日は仕事しなくて良いってさ」


「……ルシーかレレンあたりに文句言われそうでいやだねえ」


「言いやしないよ。あの2人だってあんたのこと本当に心配してリールの手伝いしてたんだから」


「…………ふん。子供に心配かけるなんざ余計に肩身が狭くなるのさ」


 ラビオラはバツが悪いのか横を向いてしまった。

 ロージーはやれやれと肩をすくめ、ラビオラに毛布をかけ直してやってから家を出た。



  ◇


 夕方頃になって追加のエルカの木の樹液を採りに行っていたメンバーが帰還した。


 案内のセイジロウ、父ちゃん、ブレ、ドリット、そしてグラムスだ。ドリットとグラムスは村での留守番が多かったが、樹液の採取にあたって経路と周辺の安全の確保などもあるため今回はかりだされた。というよりも村の中で作業ばかりやらされていて飽きがきていたので立候補したのだ。運が良ければ狩りもできる。

 彼らが抜けてもビィが村に残っていれば村の安全は確保できるので了承された。


「結局なんにもなかったじゃねえか。くそっ、二虎とか俺の前にも出てこいってんだ」


「あんないかにも物騒なん出てこんで良かったわ……」


「いやセイジロウさん、知らないようだけどこのおっさんの方がよっぽど物騒なんだぜ?」


「ああん? 俺のどこが物騒だっていうんだ」


「……魔物が可愛く見える……」


『いつも思うんだけど、ドリット君ってなんでそんなに声小さいんだい?」


「思うよね? そんだけデカイ図体してるのにさ」


 男だけということもあって剣呑な雰囲気もなく比較的和気あいあいとうちとけていた。


「しっかしセイジロウ、おまえ面白い奴だな。見世物小屋開いたら繁盛するんじゃねえか?」


「その場合はずっと檻の中暮らしになりそうだけどね」


「やめてぇ~。ワイはもっと自由に生きたいんや」


「……見に行く……」


『いやでもセイジロウ君ぐらい愉快な人を私は他に知らないよ。おっと君は人じゃなかったね』


「おやっさんも大概だけどな」


 今まで付き合いのなかったセイジロウも、未だ評価が定まっていないとはいえエンゾキュウリが美味しかったことや道案内というきっかけもあってようやく彼らとまともに交流することができた。

 ビィが感じていたとおり基本的に温厚で陽気な男であるので、まともに接する機会さえあれば受け入れられる素養はあったのだ。


「なあおいブレ、この森ってそんなに危険か? やっぱ女だけであの木のとこ行かせるのは止めた方がいいのか? 距離的には問題なさそうだけどよ」


「ビィさんにも言ったけどそれは止めた方がいいよ。長年人がいなかったこともあって野生動物とかがけっこう好き勝手やってるからさ」


『動物だけじゃなくてねオバケも出るかもしれないよ。気をつけなきゃ』


「ああ似たようなの見たことあるわ」


「ワイもや」


『ホントに!?』


「……オバケは怖い……」


「ドリットはなんでその図体で……」


 なので少し会話がはずんでからはずっとこんな感じであった。

 セイジロウは屈強な男たちに囲まれ最初はとても緊張したものだが、ビィが戦友の中から付き合いやすさも考慮して村に残した者たちだ。萎縮しそうになったがかしこまらずにいつも通りフランクな態度で接したのが良かったようで、セイジロウはようやく友人が作れた嬉しさを味わっていた。


 今回のカゼルマ病の騒動、当初はセイジロウの立場をさらに悪くしかねない問題であったが、終わってみれば彼が今後村で平穏に暮らしていくためには必須ともいえる役割をはたすことになった。

 もちろんそこにはビィや他の者たちの尽力があったことをセイジロウは理解していた。


「……みんなええ人たちやな」


「あ? なんか言ったか?」


「ああ河童美人ってどっかで見たことあらへん?」


「「「ある訳ねえ(ない)!」」」


 ようやくセイジロウは村の一員として認められようとしていた。




「ところであの娘っ子は何やってんだ?」


「さあ?」


 視線を向けるとマカンが服の首の後ろを赤角に咥えられて持ち上げられており、ブルンブルンと振り回されていた。

 そして放り投げられた。


「あーっ」


「マカンちゃーん!?」


「あの赤角は殺して解体しなくていいんだよな?」


「ビィさんがそう言ってたな。マカンちゃんが屈服させて使役してるから問題ないって」


 実際には逆に使役されています。


「なら遊んでるだけか」


 食生活の不満から覚醒にいたったマカンが主従関係を逆転させるのにはもうしばらくの時間を要することになる。

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